アンチ・批判コメントを受けたときの気持ちの正体は何? SNSで否定的なコメントを受け取ってしまったら…

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2021年06月25日 20:11  ダ・ヴィンチニュース

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写真高橋暁子
高橋暁子

 こんにちは。臨床心理士/公認心理師の白目みさえと申します。平日は精神科でカウンセラー業務をしながら、SNSなどで漫画の連載をさせていただいております。皆さんは、日頃SNSを使っていてお困りのこと、ストレスを感じることがありませんか? 本稿では臨床心理士の視点から、「アンチ・批判コメント」について私の思いをお伝えできればと思います。

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臨床心理士/公認心理師 白目みさえ

臨床心理士・公認心理師として精神科に勤務するとしごの母で、生粋のオタク。基本的に白目をむいて育児をしていて、その様子をカルタにしたものを増産している。ライター、イラストレーターとしても活動中。著書は『脱力系育児マンガ 日々白目むいてます』(SBクリエイティブ)。

 アンチと呼ばれる方が全員批判コメントを書くわけではありませんが、この記事では「アンチコメントを書いた人」を「アンチ」と表現させていただきます。

アンチ・批判コメントとは

アンチ・批判コメント

 わざわざ説明するほどでもないかもしれませんが、SNS上の誰かの発言に対する誹謗中傷、否定的な内容のコメントのことを言います。

「死ね!」「殺す!」「キモい!」のようなわかりやすいものから、それなりに論理的に正論を交えながら「あなたがいかに間違っているか」をこんこんと書き連ねてくるものまで多岐にわたります。

 私なんかもありがたいことにたくさんのフォロワー様に応援していただき、いろんなサイトで連載のお話を頂戴したり、書籍化までさせていただいて、本当に感謝が止まらない毎日を過ごしております。ただ、ときどき辛辣な批判コメントを頂戴することがあります。

 人の感情はそれぞれなので、どう感じるかは自由ですし、それを否定するつもりはありません。「言うてこんでええやん」とは思いますけど。「人気がある証拠」と言ってくださる方もいらっしゃいますし、「気にしないのが一番」「無視しとき!」とアドバイスくださる方もいます。

 でもアンチ・批判コメントをもらったことがある方なら経験があると思うのですが……頭ではそうだと思えていてもなかなか気持ちが切り替えられないですよね。それはこんな現象が起きているからだな…というのを私の実体験をもとに分析してみました。

アンチ・批判コメントを受けたときの気持ち

 私の場合、最初に目にしたときはすべてを放り出したくなるような、存在を消去したくなるような、心臓をえぐられるような、自分のすべてを否定されたような気持ちになりました。これまで積み上げてきたものがすべて崩されるような感覚。自分がやってきたもの何もかも、人格ごと否定されたようでした。たったひとつのコメントなのに、この世のすべてが敵になったような孤独感や恐怖感も抱きます。

 そして、こんな心ないトゲだらけの言葉を投げつけられるような、自分は無価値で大切にされることのない、どうでもいい人間なんだという感覚もありました。大袈裟かもしれませんけど、やはりアンチコメントにはこれくらいのパワーがあります。アンチコメントを受け取ったことのある多くの人が、一度はこれに似た感覚を味わっているのではないかと思います。

この気持ちの正体は何?

 人の脳の中には「ミラーニューロン」という神経細胞があり、これによって「感情」が「共鳴する」と言われています。「ミラーニューロン」とは、相手の行動を見るだけで、自分も同じ行動を取っているかのように反応する、人間の脳内の神経細胞のひとつ。

 たとえば、目の前の相手がりんごを手にとった場合。自分は実際にりんごを手にとっていなくても、見ているだけで脳内ではりんごをとった相手と同じ反応が起きているそうです。

「察しの良い人」「共感しやすい人」っていますよね。相手が手を少し動かしただけでティッシュをさっと差し出すことができたり、相手の話を聞いているだけで自分も泣いてしまったり。もちろんこれらの現象すべてがミラーニューロンで説明できるわけではありません。推理能力や想像力、そして思考の構築方法などいろいろなものが組み合わさって、このような現象が起きています。

 でもどうやらこの「共感能力」のもとにあるのは、相手の脳内で起きていることを自分もトレースしたかのように体験してしまう「ミラーニューロン」の作用が関係しているのではないかと考えられているのです。

 このミラーニューロンは誰にでもあります。相手が発したもの。たとえば「態度」「表情」「体の動き」「文章」などからでも、このミラーニューロンは発動すると考えられます。

 たとえば緊張している人の横にいると自分まで緊張してしまう経験はありませんか? 「怒ってないよ」と口では言っていても、(絶対怒ってるやん)というのが分かってしまい、こっちもなんだか怒りを感じてしまうことはありませんか? このように「相手の感情」というのは、できる人には割と簡単に「共鳴」できてしまいます。

 さて本題に戻しましょう。

 アンチコメントを受けて私が感じた感覚。それは「アンチ」の感覚とシンクロしてしまったと考えられます。

 そもそもアンチコメントを受け取るような人は、誰かの共感を得るような形で世に出ています。その時点でそれなりに共感能力が高い人と考えられますので、裏を返せばアンチにもシンクロしてしまいやすい方と言えるでしょう。

その「きもち」は誰のもの?

 冒頭で私がアンチコメントを受けたときの気持ちを書きました。

すべてを放り出したくなるような
存在を消去したくなるような
心臓をえぐられるような
自分のすべてを否定されたような気持ち
これまで積み上げてきたものがすべて崩されるような感覚
自分がやってきたもの何もかも人格ごと否定されたよう
たったひとつのコメントなのにこの世のすべてが敵になったような孤独感や恐怖感
そしてこんな心ないトゲだらけの言葉を投げつけられるような
自分は無価値で大切にされることのないどうでもいい人間なんだ

 とても傷つきましたし落ち込みました。でも普段通りの生活をしていると、その気持ちは少しずつ消えていったのです。なぜ消えたのかというと「自分のきもち」ではなかったから。ではこれは誰の気持ちだったのかというと「アンチのきもち」です。

 人は基本的に聞いたことのない言葉やセリフは使うことができません。アンチコメントは多くの場合、悪意のあるニュアンス、明確に相手を攻撃するニュアンス、そして相手を否定するニュアンスを含んでいますが、これはアンチがどこかでその言い回しを学んだということになります。とはいえ、どこかで目にしたくらいでは自分の中には残りません。とすると、アンチ本人が「誰かから言われた言葉」であると考えられます。(誰かが誰かに言っているのをアンチが見て共鳴したという可能性もあります)

 例えが古いかもしれませんが、かつて「不幸の手紙」や「チェーンメール」というものがありました。受け取るとすごくショックでドキドキして「不幸になったらどうしよう」と思ったものです。これって誰かから「不幸」をバトンで渡されているようですよね。人の怨念が詰め込まれてどんどん膨らむ風船を渡されたような感覚です。

 アンチコメントも同じで、多分最初は「アンチ」も「アンチコメントのようなこと」を誰かから言われているのです。その「嫌なきもち」をコメントに込めて、バトンとしてまた誰かに渡しているに過ぎません。嫌なものが詰まった風船を必死に誰かに渡しているだけ。

 先ほどの私の傷ついた感覚は、「アンチのきもち」に「共鳴した」だけなのです。

自分の中にある「アンチのきもち」が消えない理由

 アンチコメントを受けた方の傷つきは、一時的に「アンチのきもち」に共鳴しているだけなので、時間が経てば少しずつ薄れていきます。緊張している人の隣にいると緊張が移りますが、その人から離れるとリラックスできるのと同じ原理。

 もしその感情がいつまで経っても消えない場合。それはどこかで「自分のコンプレックス」と重ね合わせてしまったり、「自分が悪い」と考えてしまったりして、感情に自分を寄せていってしまった可能性があります。

 具体的に言えば「自分に悪いところがあったのでは」と反省をはじめてしまったり、自分の落ち度を探しはじめてしまったりしているかもしれません。そうすると、自分が最初に感じていたのは「他人の感情の単なる共鳴」だったとしても、「自分にもそう感じるべきところはある」と理由づけすると、「自分のきもち」として変換されてしまうので、いつのまにか他人の感情が自分のものになってしまうのです。

 でもそこに共鳴する必要はまったくありません。「わーこの人こんな気持ちで毎日生きてるんだ。大変ね」と「アンチのきもち」のまま自分の中からお引き取りいただいて構いません。

アンチコメントをもし受け取ってしまったら…

 まず傷つくのは当然です。そこを「自分が弱いからだ」などと思う必要はありません。
アンチが傷ついていて、あなたの共感能力が高いのですから。むしろ自然現象です。

 膨らんだ風船を渡されて、自分で止めてしまったり誰かに渡してしまったりするとそのゲームに参加したことになってしまいます。でもそんな訳のわからないゲームには参加せず、そっと風船を置いて去ってもいいのです。「アンチのきもち」は「アンチ」のものなので、持ってきてはいけません。そっとその場に置いてきてください。

 ここまで読んだって気持ちはすぐに晴れないかもしれません。こんなこと書いてる本人も毎回モヤモヤしてますから。

 でも「自分のきもち」にしなければ、必ず消えていきます。まずは「思い当たる節」を探すのをやめましょう。あなたの中にはないから。無理やり悪いところ探し出さなくていいから。もし、よっぽど心当たりがあるのなら、そのときだけ反省してください(笑)。

文=白目みさえ

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  • まずけんか腰は人として、ダメ。それとダブスタも永久に平行線だから無理。そもそも会話しようと言う意思がないならただの罵倒だから書き込むの止めたら?
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