海老名香葉子、雑草を食べて生き抜いた時代の女は「コロナなんかに負けません!」

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2021年07月04日 16:00  週刊女性PRIME

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週刊女性PRIME

マシンガントークで取材に答えてくれた海老名香葉子さん

 御年87歳にして林家一門を束ねる“おかみさん”、海老名香葉子(87)さん。取材時も京都の講演から帰ってきたばかりの中、マシンガントークで元気に答えてくれた。

みんなのために弱ってなんかいられない!

先日もアメリカ大使館から東京大空襲の追悼のお手紙をいただいたことで、取材がいっぱい来て忙しくて忙しくて……熱が38.5度出たんですよ。コロナだー! って、せがれたちが大騒ぎしましてね。

 結果は陰性でしたし、どこも痛くも痒くもなかったんですけど、念のために入院したら、疲れが出てしまったみたいで3日間くらい眠りっぱなし。で、起きたらケロッと元気になりました。そのまま10日入院させてもらいましたけどね、休みに行ったみたいなもんですよ! アッハッハッハ!

 そんなお元気の秘訣はズバリ「心丈夫でいること」だと語る香葉子さん。

「心が弱ってへなへなになっちゃうとだめですよね。あたしはね、“親は偉い”で通してますから。子どもたちを一生懸命育てて、お弟子たちの面倒を見てきたあたしは偉いんです!(笑) 人様には言えないけど、心の中ではそう思っているの。みんなのために弱ってなんかいられない、死ぬ直前まで一生懸命働こうと思っています」

 例えばハガキを一枚書くことや、ちょっとしたお土産を渡すような小さな気遣いも「働くこと」のひとつだそう。

 現在は長男の正蔵さん夫婦と同居、次男の二代目三平さん夫婦もお隣に住んでいる。取材時にもお孫さんや正蔵さんの帰宅があり、家の中はいつでもとってもにぎやか! 毎晩の家族そろって食べる食事が何よりも楽しみだとか。

コロナになんか負けませんよ!

 現在は笑い声あふれる家の中心である香葉子さんだが、幼いころには東京大空襲を経験し、両親家族のほとんどを失いながらも激動の時代を生き延びてきた。そんな彼女はこのコロナ禍をどう見ているのか?

コロナのこの時代、みんな仕事がない、物がないから大変だって言ってるでしょう? あたしは戦災孤児ですからね、雑草を食べて生きたんです。

 親を亡くした小学校5年生の女の子が、焼け跡でお鍋を拾って、壊れた水道管から水をくんで、煙が出ているところに行って火をもらってきて……はこべ、あかざ、つるむらさきなんかを、味もなにもつけないで、それで空腹をしのいだの。

 だからね、今はなんでも、例えば新聞紙一枚だってありがたいと思います。戦中をくぐり抜けた人はみんな元気です! コロナになんか負けませんよ!」

 そんな芯の強さを持って生きてきた女性である香葉子さん。現在、気になる男性は?

恋愛なんて……テレビに出てる孫が好きな俳優さんだとか、立派な人だなと思う人はいますけど、恋愛は対象外。あたしは夫(初代林家三平)以外の人は知りませんから。

 お見合いで結婚したんですけど、ほんとに勝手なことばっかりする人で……向こうもそう思ってたでしょうけど(笑)。いろんなことがありましたが、芯からあたしのことを思ってくれた人は夫以外いませんの」

 それもそのはず、大家族を守り続けているのが、何よりの愛情の証拠だ。最後に変な質問してしまって、どうも、すいません!

PROFILE●海老名香葉子(えびな・かよこ)●1933年、東京本所生まれ。1940年、東京大空襲にて肉親と死別。初代林家三平の妻にして、一門を代表する“おかみさん”として知られる。エッセイストや作家として、自身の体験や、戦争体験を伝える活動や講演などで現在も全国を回る。

(取材・文/高松孟晋)

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  • 飢饉があって食べられるものを植えてた昔の人の知恵の上に生き抜いたって話だと思うの。
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