桐生祥秀は「ピンなしスパイク」卓球はAIで映像分析 アスリートを支える最新技術

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2021年07月24日 11:30  AERA dot.

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写真桐生祥秀(右から2人目)は右アキレス腱痛の影響で、日本選手権男子100メートルで5位。それでも400メートルリレーのメンバーに入った (c)朝日新聞社
桐生祥秀(右から2人目)は右アキレス腱痛の影響で、日本選手権男子100メートルで5位。それでも400メートルリレーのメンバーに入った (c)朝日新聞社
 東京五輪では、アスリートたちを支える最新技術にも注目したい。桐生祥秀選手はピンなしのスパイクで臨む。悲願の金メダルを目指す卓球ニッポンは、試合映像の分析でAIを活用する。AERA 2021年7月26日号から。

【写真】陸上スパイクの概念を一新するピンのないアシックスの「メタスプリント」

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 陸上では、従来の概念を覆すスパイクシューズが登場する。スポーツ用品メーカーのアシックスが5年がかりで開発したピンなしの「メタスプリント」だ。

 陸上のスパイクといえば、靴底に金属性の突起がついたものが常識とされた。地面を捉え、推進力を生みだすために必要とされてきたからだ。革新的なスパイク開発のきっかけは選手の声だった。開発チームの小塚祐也さん(33)は明かす。

「ピンがトラックに刺さり、抜ける感覚があると聞き、そのわずかな時間のロスをなくせば速く走れるのではないかと考えました」

 工学部出身の小塚さんは、大学で理学療法を学び運動分析ができる高島慎吾さん(35)とともに設計に着手した。ピンの代替となるのは六角形が集まった「ハニカム構造」。走行中に必要な箇所へ突起を設け、裏全体で地面を捉えて推進力につなげる。

 通常、靴底には合成樹脂を使う。だが、ピンの代わりとするには強度が足りない。そこで炭素繊維強化プラスチックに目をつけた。ただ、加工が難しい。

 行き詰まっていたときに出合ったのが石川県小松市に本店がある繊維メーカー、サンコロナ小田だった。同社は独自の糸加工技術を持ち、レースカーテンやウェディングドレスなども製造。その技術を炭素繊維に応用し、複雑な形状を簡単に量産できる「フレックスカーボン」の開発に成功した。求めていたスパイクがようやく形になった。

 18年末には、日本人で初めて100メートルを9秒台で走った桐生祥秀(25)に試走してもらった。足裏の感覚が繊細だというリオ五輪男子400メートルリレーの銀メダリストの意見を聞きながら、約40足改良を重ねて19年にレースで履けるまでになった。

 ピンの抜き刺しがなくなる時間短縮に加え、金属スパイクと比べて軽いという利点もある。アシックスの実験では、同社製スパイクシューズと比較して100メートル換算で0.048秒速く走れる。最初は「不安だった」という桐生も大会で好タイムをマーク。開発の2人に話したという。

「地面からの反発を感じやすく、もうピンありには戻れない」

 東京五輪では、日本が金メダルを目指す男子400メートルリレー(8月5日に予選、6日に決勝)のメンバーに選ばれた。出場すれば、ピンなしスパイクの走りに注目が集まりそうだ。

■厚底が長距離界に革命

 東京工業大学の宇治橋貞幸名誉教授はこう話す。

「陸上競技はシューズやトラック素材を含めたさまざまなテクノロジーの影響を受けてきました。短距離だけではなく、中・長距離でもシューズの力が大きく表れます」

 長距離界に革命を起こしたのがナイキの厚底シューズだ。リオ五輪でプロトタイプ版を履いた選手が好記録を出し、翌年に発売されると記録を大幅に更新する選手が相次いだ。世界陸連は20年1月に規定を変更。靴底の厚さは40ミリ以内、大会で履くには4カ月以上の市販期間が必要といった規定ができた。

 十種競技の元日本記録保持者で、名古屋学院大学准教授の松田克彦さんはこう話す。

「確かにシューズは年々進化し、ナイキの厚底シューズは履いただけで前に重心移動できるような革新的な技術も入っている。ただ、ナイキがすべての長距離ランナーに合うわけではなく、例えば体重や筋力のある人はふわふわしてうまく走れない。体形や足型を確認し、自分の走りを生かせるシューズを見つけることが大事だと思います」

 リオ五輪で3個のメダルを獲得した卓球では、日本選手団副主将の石川佳純(28)や張本智和(18)らが日本勢悲願の金メダルを狙う。その日本代表が近年導入したのが、国立スポーツ科学センター(JISS)とIBMが開発したAIによる試合映像の分析システムだ。

 17年、将棋や囲碁界でプロ棋士がAIに相次いで敗れた頃、JISSの研究員でリオ五輪前から卓球日本代表をサポートしていた尾崎宏樹さん(43)が、倉嶋洋介監督(45)から「AIを使って卓球を強化できないか」と相談を受けた。

■分析をAIがサポート

 当時のスポーツ界ではAIを活用する事例が少なかった。尾崎さんらは、手作業でしていた試合映像の分析をAIでサポートするのはどうかと提案した。

 相手が打った球を打ち返すまでわずか0.3秒ほど。相手が打ってから対応するのでは間に合わない。相手の動きや表情を見て展開を予測し、駆け引きすることが重要だ。試合前にライバルの映像を見て相手の戦術の傾向や癖などを把握する。

 ただ、生の映像はタイムアウトなどプレー以外の時間も多い。日本卓球協会が保管する映像は約4万試合と膨大。選手が未編集の映像を時間をかけて見たり、時間が足りずに見るのを諦めたりすることもあったという。

 尾崎さんはJISSやIBMのエンジニアらに協力を依頼した。だが、映像が鮮明でないものもあり、撮影アングルもバラバラ。プレーシーンを切り出すのは容易ではなかった。半年ほどかけてプレーシーンや得点を検出するアルゴリズムを開発し、19年から現場で活用が始まった。映像に得点推移グラフを重ね、どこで得点の差がついたのかを見つけやすくした。

 同協会アナリストのリーダー、山田耕司さん(46)は言う。

「国際大会では夜の10時、11時まで試合がある。その後に食事や睡眠、体のケアなどもしなければならない選手にとって、45分の試合映像が15分で見られるというのはとても大きい。アナリストにとっても基本的な分析が済んでいる段階から作業を始められるので、より高度な分析ができるようになりました」

 コロナ禍で実戦が減った分、映像を見るのはより重要になる。尾崎さんは言う。

「AIを活用することで人間にしかできないことに時間を割いてもらいたいと思った。先進的にAIとの共存を模索している将棋界のように、スポーツでも選手の役に立つAIの活用が進むといい」

 最初の決勝種目は26日の混合ダブルス。伊藤美誠(=みま、20)・水谷隼(=じゅん、32)組に期待がかかる。(編集部・深澤友紀)

※AERA 2021年7月26日号より抜粋

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