いま大人たちは子どもたちのために何ができるのか? 文芸書ランキングに見る“居場所”への課題

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2021年07月25日 09:01  リアルサウンド

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 6月期の文芸書月間ベストセラーランキング、本屋大賞を受賞した町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』に続いたのは林真理子の『小説8050』だった。


参考:6月期ベストセラー【単行本 文芸書ランキング】(7月1日トーハン調べ)


 タイトルから想像されるとおり、8050問題――子供が50代になってなお、80代の親が支え続けなくてはならない状況を示す社会問題をとりあつかった小説だ。世間でも一挙に注目をあびた元農水事務次官による長男刺殺事件をきっかけに広く知られるようになったが、林真理子が着想を得たきっかけのひとつもまた、この事件だったという。


 原因の多くはひきこもりの長期化。同作の主人公・大澤正樹は80代ではないけれど、中学2年生の夏休み終わりから7年間、引きこもり続けている息子・翔太の存在に頭を悩まされている。


 隣家の家主が死んだあとも、引きこもり続けていた息子の存在がしれたとき聞こえた〈8050っていうやつだね。年とった親の年金めあてに、引きこもりの子どもがべったりくっついているというやつ〉という声に対し、妻・節子の漏らした〈あれって、うちの三十年後の姿なのよね……〉というセリフにぎくりとした読者も多いのではないだろうか。2019年、内閣府は、自宅に半年以上閉じこもっている40〜64歳は、全国で推計61万3千人いるとの調査結果を発表した。そのうち76.6%が男性で、ひきこもりの期間が5年以上の人は過半数を占めている。


 〈いくら世間に多いことだからって、こういうことはアクシデントなの。災難なの。災難は災難としてちゃんと対処しなきゃいけない、っていうのが私の考えだわ〉という5つ年上の長女・由依のセリフもまた、弟に向けられたものとしてはあまりに手厳しいが、せっかく決まりかけている結婚も破談になるのでは、と危機感を覚えるのも無理からぬことである。そうして一家は、20歳になった長男をどうにかしようと動き始めるのだが、物語は、引きこもりのきっかけとなった中学時代のいじめ問題にも波及していく。


 〈描写がリアルでとても他人事とは思えない。これと同じことが自分にも起こったら、いや、起こっていた可能性もあったはずだ――〉と俳優・三浦友和が書評を寄せた同作。その切実さが、子をもつ親たちの心をうち、堂々2位の獲得となった。


 子ども時代に負った傷を、大人たちが解消しようとする……という共通点をもつのは6位にランクインした辻村深月の『琥珀の夏』だ。



 物語は、〈ミライの学校〉の敷地だった場所から、ひとつの白骨死体が発見されるところから始まる。親元を離れた子どもたちが共同生活を送るその〈学校〉は、〈問答〉などの教育によって思考を言葉に変える力を養う教育を施していた。だが、いくら自主性と自立性を育むことが目的だからといって、幼い子どもたちだけで暮らすことが本当に正しいことなのか? 〈問答〉なんてものは、ただの洗脳じゃないのか……。と、〈ミライの学校は〉は、ある事件をきっかけにカルト集団として批判され、世間の注目を集めた存在だ。


 そんな場所から出た、白骨死体。もしかして行方不明の孫なのでは……と依頼をもちこまれた弁護士の法子もまた、かつて〈ミライの学校〉で過ごしたことのある子どもの一人。小学校になじむことのできなかった法子は、夏のあいだだけ招かれるその場所で、はじめての友達と居場所を手に入れたのだった。そんな法子もまた、白骨死体の正体を、かつて強烈に結びついたことのある女友達なのではないかと疑っている。物語は、過去の回想と現在をいったりきたりしながら進み、白骨死体の正体、そして〈ミライの学校〉が子どもたちにもたらしたものをあかしていく。


 自宅の自室と、カルトと言われてしまいかねない集団。その二つはまるで異なるけれど、学校という囲いから、耐えがたい孤独と苦痛から、逃れるための唯一の手段だったという意味では、翔太と法子はとてもよく似ている。子どもたちが健やかに大人になるため、いま大人である自分たちに何ができるのか、ということを両作はともに問いかけてくる。


 ちなみに続く7位『黒牢城』は米澤穂信のデビュー20周年を記念するにふさわしい一作で、次期直木賞候補との呼び声も高い。荒木村重と黒田官兵衛を中心に描きだされる、戦国時代が舞台の本格ミステリ。こちらも注目されたい。


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  • 辻村深月さんの「琥珀の夏」は、居場所について考えさせられる奥深い作品なので、読んで損はなし。
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