イタリアに行ってオヤジを探したい ハーフ芸人が生き別れた父を探す旅を映画に、撮影費用をクラファンで募る

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2021年07月25日 12:40  まいどなニュース

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写真2019年1月31日、母の誕生日の大切な1枚(武内剛さん提供)
2019年1月31日、母の誕生日の大切な1枚(武内剛さん提供)

セピア色の写真に写った2歳の自分と黒人男性。イタリアのどこかの街の動物園といいます。お笑い芸人のぶらっくさむらい(武内剛)さん(40)の中に、カメルーン人のお父さんの記憶はありません。最初で最後に会ったのはもう35年以上も前。以来、父子は別々の場所で生きてきました。新型コロナウイルス禍で身辺がざわつく中、ふっと芽生えた「オヤジ、今何してるんだろ」という感情。自由に渡航できるようになったらイタリアに渡りたい、そしてオヤジを探したいー。脚本のないロードムービー、見てみたいと思いませんか。

【動画】38年間会っていない父を探す旅をドキュメンタリー映画にしたい

お笑い芸人「ぶらっくさむらい」として、ハーフ芸人あるあるや自身の容姿もネタに、R-1グランプリ2017で準決勝に進み、「エンタの神様」「ゴッドタン」「おはスタ」などに出演した武内さん。「パドレ(イタリア語で父)プロジェクト」と題して、2歳の時に一度会ったきりのお父さんを探し、その旅をドキュメンタリー映画にする計画を進めており、製作費をクラウドファンディングで呼びかけています。

 武内さんの両親はイタリアで出会いましたが、日本人のお母さんはシングルマザーとなることを選び、武内さんは名古屋で生まれ育ちました。現在以上にハーフという存在に好奇の目が向けられ、周囲に反発し母に迷惑をかけることもあったという10代、渡米しNYの演劇学校で学ぶことで、他者との違いを気にすることがなくなったという20代、帰国し芸人として活動した30代―と年齢を重ねてきた武内さん。コロナ禍でイタリアの医療崩壊が伝えるニュースに不意に頭をよぎったのは、写真の中でしか知らないお父さんの存在でした。「このまま顔を見ることもないのかな」と考えた時、「会いたい」という気持ちがこみ上げました。

 消息を調べると、イタリア・ミラノに住み、奥さんと子供がいるという情報を得ました。2009年にイタリアの小さな街で開催された映画祭の審査員に、父と同じ名前を見つけました。お母さんに確認すると、「間違いない」とのこと。出会った頃、お父さんは「ドキュメンタリー映画の監督になりたい」という夢をよく語っていたそうです。武内さんに聞きました。

お父さんの手がかりはある?

 ―お父さんの手がかりはあるのでしょうか

「20年近く前に父と一緒にビジネスをやっていたという方とFacebookでつながりました。でもその方も長い間連絡をとっていないそうで、そこから先は分かりません。でも「必ず君のお父さんを見つけるから期待して待ってろ!」と言ってくれました」

 ―幼いころや少年期、武内さんはお父さんについてどう考えていましたか

「ずっと母子家庭で育ち、父親は自分の世界に存在しない人物という感じでした。14歳の頃、母の知人を通じて、「GOのことを一日も忘れたことはない」などと私たちを思うメッセージが届いたのですが、正直あまりピンときませんでした。でも、母は、僕と父が一緒に写った写真を見せながら「とても優しくて良い人」「勤勉で真面目な人」「あなたのことを愛していた」といった話をしてくれました。あまりその時の感情は思い出せませんが、やっぱりうれしかったんじゃないでしょうか」

 ―クラウドファンディングのサイトでお父さんからのお手紙の画像があります。

「僕が2歳頃、届いたものです。当時は国際電話もとても高額で父と母は手紙でやり取りしてました。母が育児ノイローゼ気味になってしまいネガティブな内容の手紙を送っていたようなのですが、母を励ますため前向きな内容の言葉が書かれていました。父はなんとかして関係を続けるのを希望していたみたいですが、母から手紙を書くのを辞めてシングルマザーで育てていくことを決意したようです。僕はイタリア語はできないので、イタリア人の友人が手紙の内容を訳してくれました」

 ―今回のプロジェクトをお母さんは

「母は認知症がかなり進行しているので、こちらの伝えることを理解し期待したようなレスポンスは返ってこないのですが、なんとなく心で母は理解しているのではないか、と思います」 

―「ずっと探していたパズルのピース」と表現しているお父さんと会えたら

「結末がまだ分からないので、なんとも言えないのですが、どんな結果になろうとも心が満たされて、また新たな人生の章に向けて歩き出す事ができるのではないか、と思っています」

     ■

40歳までにTVで売れなかったら、所属事務所を辞めようと思っていた武内さんは2020年、フリーになりました。コロナ禍でライブやイベントが相次いで中止になり、「これからは個人でどれだけ動いて仕事を持ってくるかが勝負だ」と決断しました。「一人で営業するのは嫌いではないのでフリーになって今のところ楽しいです。でも自由で制約がない分、責任も全て自分が背負います。そこは今までいた事務所に感謝しています」と話しています。

(まいどなニュース・竹内 章)

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