いとうまい子が“研究者”に転身 深夜に塀を乗り越える「青春」も

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2021年07月26日 11:30  AERA dot.

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写真白衣姿もサマになる(撮影/小野田尚武)
白衣姿もサマになる(撮影/小野田尚武)
 44歳で大学進学を決意したタレントのいとうまい子さんは、芸能活動と主婦業を両立させながら進学を重ね、56歳の今は博士課程で基礎老化学を学びながら、AIベンチャーの研究員をしている。「学ぶことが楽しくて仕方ない」という元アイドルが最先端の研究者に転身した理由とは?

【写真】いとうまい子さんと大学院で開発した「ロコピョン」

*  *  *
 草木も眠る丑三つ時。東京大学の塀を乗り越えて外に出る二つの影。元アイドルのいとうまい子さんと東大の大学院生である。研究で遅くなり門を閉じられてしまい、仕方なく決行された脱出行動だった。早稲田大学大学院人間科学研究科の博士課程に在籍中のいとうさんは、去年から東大との共同研究で食品由来の抗老化成分の探索を行っている。この日は仕事で遅くなったが、実験室に立ち寄っていた。

「もう夜の12時を回っている時間だったのですが、わからないことを聞くために実験室の若い学生さんにメッセージを送って質問したんです。そうしたら『実験室にいるんですか?』と返事が来て、『それなら今から行きます』って言ってくれたんです」

 しかしすでに大学の門は閉じられている。どうやって来るつもりかと聞くと、「何とかして行くから大丈夫」という言葉どおり、その学生は深夜にもかかわらず実験室に駆けつけてくれた。「門は閉まっていたので、塀を乗り越えてきました」と笑う学生と作業を終えた。しかし門が閉まっているので帰るに帰れないと思っていたら、その学生が「大丈夫だからついてこい」と言う。

「学生さんについていくと『ここの塀が一番低い』と教えてくれました(笑)。2人で乗り越えて外に出たんです。“タレント活動でできなかった青春をやり直してるんだなぁ”って実感した瞬間でした。後で聞いたら、深夜でも開いている門はあったそうで(笑)。おかげでいい冒険ができました」

 門の外に出たとはいえまだ深夜。助けてくれた学生に、「どうやって帰るつもりなの? タクシーで送るわよ」と言うと、その学生は「学生の分際ですから、タクシーには乗りません」と平然と歩いて帰っていったという。

「それを聞いてからですよ。私も学生の分際なので、タクシーに乗るのをやめました(笑)」

 今では、このようにすっかり研究者生活が身に付いたいとうさん。大学進学を考えたのは、芸能生活25周年を迎えた44歳のときだった。

「いつも周りのお世話になっているばかりだったから、何か恩返しをしたいと思ったときに、大学に行って恩返しのための土台になるものを探したいと思ったのがきっかけでした」

 相談を受けた夫は「やってみたらいい」と即答。「私にできるかしら」と聞くと、「できるよ。だって18歳の子もできるんだから」と言われ、軽い気持ちでチャレンジした。選んだのは興味があった予防医学が学べる早稲田大学人間科学部健康福祉科学科のeスクール(通信教育課程)だった。面接では「芸能人は入学してもすぐにやめるから入れたくない」と言われたが、「絶対頑張ります」とアピールして合格した。

「通学しないで自宅で学べるからと、軽い気持ちだった。でも、毎週日曜日の夜はレポートの締め切りに追われ、しかもeスクールだから相談するクラスメートもいない。孤独でした。すぐに、仕事が忙しいとか体調がよくないなど、レポートを出せない理由ばかり考えてしまう時期がありました。最初の1年は完全に初期の思いを見失いそうになっていましたね」

 学生生活の長い“ブランク”のせいか、学ぶこと自体もすんなりいかなかったという。

「とにかく覚えられなかったんです。授業が終わった瞬間、砂が指の隙間から滑り落ちていくみたいに記憶したことが消えていく。年齢のせいなのか、学問から長い間離れていたからなのかわかりませんが、授業でやったことが身に付かない」

 危機を乗り越えたのは発想の転換だった。あえて土日を「勉強しない日」に決め、毎日決まった時間に勉強するスタイルにしたら、楽になったという。

「勉強する時間をスケジュール化したら、この厄介な授業のレポートをいかにしてクリアするかみたいなゲーム感覚が生まれて、なんか楽しくなってきたんです。いつのまにか、もっと知りたい、もっと学びたいという気持ちになっていました」

 その後は順調に進級。だが、ゼミを選ぶ3年目に転機が訪れた。目指していた予防医学の教授が退職し、予防医学のゼミに進めなくなってしまったのだ。同級生に相談すると「ロボット工学」のゼミを勧められた。想定外ではあったが、勧められるままに希望を出すと、面接で厳しく追及された。何しろプログラミングさえできないのだ。

「でも予防医学とロボット工学は融合できるし、プログラミングについては『私はできないけれど、できる人はいっぱいいるのでその人たちの力を借りればできる』って説得して、ゼミに入れていただきました」

 ゼミ時代に制作した高齢者にスクワットを習慣づけさせるためのロボットが、ロボット展で企業の目に留まり、「一緒に研究しよう」と誘われた。それがきっかけとなり、大学院に進学。足腰が弱って動けなくなる「ロコモティブシンドローム」対策になるロボット「ロコピョン」を完成させた。通信制の4年間から通学制の大学院に進み、生活も変わった。地方での仕事を終えるとダッシュで新幹線に飛び乗り、地下鉄や学バスを乗り継ぎ、埼玉のキャンパスに駆け込む日々。ゼミの友人たちとの飲み会にも参加した。

「おつまみに山盛りの唐揚げを頼むような若い人の飲み会でしたが、彼らからしたら母親世代の私を『まいまいさん』と呼んで、分け隔てなく接してくれました」

 大学院生活はあっという間に過ぎ、2016年からは博士課程に進んだ。専門は基礎老化学。選んだ道はまた別分野だった。現在は博士課程6年目。東大との共同研究だけでなく、ロコピョンをきっかけに声をかけてくれたAIベンチャーでフェローの業務も行っている。

「勇気を出して大学進学という第一歩に踏み出したことがすべての始まり。一生懸命やっているうちに少しずつできるようになり、自信もついてくる。学ぶことを通じて思わぬ出会いがあり、そこからまた新しい未来が生まれてくる。今振り返ってみると、近いところから一歩ずつ進むことができたことが、ここまで続けられた理由だと思います」

(本誌・鈴木裕也)

※週刊朝日  2021年7月30日号

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