ビッグバン・ベイダーが語ったアントニオ猪木とのファイナルマッチの壮絶秘話。滴る血と汗に涙も混じった

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2021年07月27日 11:11  webスポルティーバ

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 1996年1月4日、東京ドームで行なわれたアントニオ猪木vsビッグバン・ベイダー戦は、アントニオ猪木の数多ある試合の中でも衝撃的な一戦となっている。

 アントニオ猪木の引退ロードでの1戦であるにも関わらず、容赦なく襲い掛かるビッグバン・ベイダー。1987年12月の両国国技館大会にて、3分弱でアントニオ猪木からフォールを奪ってしまった衝撃的な日本デビュー戦を彷彿とさせるものがあった。

 2018年6月に逝去したベイダーは、この試合について自伝『VADER TIME ベイダータイム 皇帝戦士の真実』(徳間書店)の中で、秘めた想いを語っていた。最大のライバルであり、恩人でもあったアントニオ猪木と交わした"約束"とはーー。

※本稿は、ビッグバン・ベイダーの自伝『VADER TIME ベイダータイム 皇帝戦士の真実』(徳間書店)の一部を再編集したものです。

【レジェンドから無謀な要求】

 ビッグバン・ベイダーは、試合前のアントニオ猪木との会話を以下のように述べている。会話の内容から猪木へのリスペクトが非常に高かったことも伺える。

「おそらく力道山を除いて、猪木以上の伝説を残した日本のレスラーはなかなかいない。そのことはファンも理解しているのだ。この時、猪木は 35年間のキャリアを終えるファイナルカウントダウンシリーズという引退ツアーをしていた。俺との一戦も同シリーズに含まれていた。年齢をものともせず、猪木は俺との一戦をタフでとてつもないものにしようと決めていた。さすが猪木だ。描くシナリオは猪木が創造した邪悪なモンスター"ビッグバン・ベイダー"の持つ強大さと凶暴性を猪木が鎮めるというあらましだ。

 猪木は、初めて日本にビッグバン・ベイダーが登場したのと同じように、引退試合でも可能な限りハードに彼自身のことをぶちのめせという。『わざとらしかったり、弱いと思われるような試合ではなく激闘を見せたいんだ』猪木は言った。『全身全霊を注ぐよ』俺は当時52歳だった恐れ知らずのレジェンドに誓った」

【熱狂するファンに圧倒されながらも猪木を滅多打ちに】

 試合会場の狂気的な熱気、そして猪木を硬直させた殺人ジャーマンスープレックスについても打ち明けている。 

「東京ドームがものすごい熱気で溢れていた。先に俺が入場してリングで待つ。それから猪木の入場だ。一気にファンが沸き立つ。俺がこれまで経験した中で最大級の歓声だ。熱狂的反応が逆に怖くなった。あまりに圧倒されたので、この時は俺も感覚がおかしくなってしまって、うっかり足を滑らせてリングから床に落ちてしまった(誰も見ていないといいのだけれど!)。

 試合開始のゴングと共に、俺はすべての見せ場を披露していった。幕開けにいきなり猪木の十八番であるビンタを食らわせた。俺は徹底して暴れるつもりだった。さらに俺は、モンスターぶりを見せつけてやった。マスクを脱ぎ捨て、投げっぱなしのジャーマンスープレックスをかけた。猪木があまりに酷く受けたので、彼を殺してしまったかと思ったほどだ。技を食らった猪木は、1分ぐらい動かなかったのだ」

 技を繰り出した本人すらも「殺してしまった」と思うほどのジャーマン。ファンが青ざめたのも当然である。また、凶暴なベイダーが、熱狂的なファンたちの声援に圧倒され、足を滑らせていたエピソードは意外な一面であろう。

【「俺を血まみれにしろ!」血と汗と涙の混じったラストマッチ】

 殺人ジャーマンから蘇った猪木との試合終盤の展開や、試合後の感想についても細かく述べている。

「その後は、猪木が逆襲する番だ。俺たちは場外に出た。早速、猪木が椅子を持ち出して俺の頭をぶん殴ってきた。脳天から血が流れる。やっとの思いでリングに戻ると、猪木が『俺を血まみれにしろ!』と檄を飛ばした。俺は、猪木の期待に応えるべく、精一杯の打撃を放つ。ついに猪木も流血した。ホラー映画の形相だ。猛烈にパンチ、キック、頭突きと猛攻を交わすうちに、血と汗が滴り、気がつくと涙も混じっていた。




 見せ場は続く。俺はコーナーポストに登ると、ロープ2段目からベイダーボムを血だるまの猪木に浴びせた。さらに、最上段まで登ると、今度はトップロープから力いっぱいのベイダーサルトを連続してお見舞いする。猪木はすべてはねのけた。応酬の果てのエンディングは、猪木がボディスラムで俺を投げ、腕ひしぎ逆十字固めを極めると、俺からギブアップを奪って勝利を収めたのだった。

 前述の通り、この時、アントニオ猪木は52歳だ。14分を超える激闘を戦い抜き、色褪せることのない衝撃の戦いぶりを見せてくれた。最後の戦いができたことは、共に最高の喜びだ」

 最後まで無謀な提案をしたアントニオ猪木と、その"約束"を120%のパフォーマンスで実行したビッグバン・ベイダー。血と汗だけでなく涙が混ざっていたところに二人の関係性が垣間見える。ファンを震撼させた壮絶なラストマッチの裏には、両雄同士の強い絆があったのだ。

 自伝の中では、アントニオ猪木との思い出の他にも日米のレジェンドレスラーやプロレス団体の裏事情など、当事者ならではの目撃情報がリングパフォーマンス同様に遠慮をすることなく赤裸々に語られている。逝去してから3年が経っても、ベイダータイムは色あせない。

このニュースに関するつぶやき

  • 52歳で「あのジャーマン」を受けたアントンの時もだが・・・。ある意味第一戦からは退き、"温め"役だった馬場さんが「殺人魚雷」相手に轟沈したときも涙が止まらんかった。
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