『竜とそばかすの姫』『いとみち』映画と違うアプローチで描かれる小説の「音」とは

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2021年07月28日 07:01  リアルサウンド

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 7月16日に公開されるや、観た人たちを感動の渦に引きずり込んでヒットしている細田守監督の新作アニメ映画『竜とそばかすの姫』。公開直前に刊行された、細田監督書き下ろしの小説版を読むと、鈴という主人公の少女が感じていたことや、その周りで起こっていた出来事が丁寧に描写されていて、物語のさらに奥深いところまで入っていくことができる。


 50億人もの参加者がいるというネット上の仮想世界〈U〉にあって、人気急上昇の歌姫ベル。その正体は、高知県の山間部に暮らす鈴という名の女子高生だった。“中の人”が誰でどんな環境にあっても、人を魅了する能力があれば人気者になれるVTuber(バーチャルYouTuber)と同様、〈U〉の世界でベルの姿となった鈴は、人目を引く美貌と洗練されたファッション、そして圧倒的な歌唱力で屈指のスターになっていく。


 映画では、数日で人気が爆発したようにも見受けられたが、小説版では、鈴が友人のヒロちゃんに誘われベルとなり唄い始めてから、半年近く経っていたことが分かる。ネットであっても、なかなか一夜では大スターにはなれないものだ。もっとも、ヒロちゃんによるプロデュースが奏功してバズを起こし始めてからは、一気にトップスターへと上り詰める。これも、ネットならではのサクセスストーリーだ。


 誰にだってなれるし、何だってやれるし、サクセスだって味わえるネット世界の可能性を見せてくれる作品として、『竜とそばかすの姫』に惹かれる人は結構いそう。もっとも、それだけがヒットの理由ではない。自信を失っていたり、引っ込み思案だったりする人が、ずっと頑張ってきたこと、積み上げてきた努力を前に出すことで、自分を取り戻して周りも喜ばせる展開に、共感を抱く人が多いからだ。


 〈U〉で暴れ回って嫌われ者になり、正体を暴かれようとしている竜と出会った鈴は、貧相な正体を知られたくない自分を竜に重ね、興味を覚えて近づいていく。その果てに鈴は、ベルとして存在し続けることが困難になりかねない、とても大きな決断を迫られる。そこで鈴の背中を押したのが歌だった。展開の詳述は避けるが、歌の力を通して鈴は自信を取り戻し、悲しみに沈んでいた人たちに勇気を与える。そんなストーリーが、先の見えない時代に生きている人たちの心を揺さぶるのだ。


 億単位の聴衆に向けてベルが唄うシーンは、映画でもクライマックスの部分だが、小説版では、恐怖し葛藤しながらも声を出し唄おうとする鈴の内面に触れられ、応援したい気持ちがせり上がってくる。小説版に対し、「脚本のト書きでセリフの間をつないだだけなのでは……」といった先入観を抱いてる人も、今回は、綴られた言葉によって昂揚する気持ちを体感できるはずだ。


越谷オサム『いとみち』(新潮文庫)

 田舎に暮らす引っ込み思案の少女が、音楽によって自分に自信を付けていくストーリーの映画が、実はもう1本上映されている。横浜聡子監督による実写映画が公開中の『いとみち』だ。


 原作は、『陽だまりの彼女』の越谷オサムによる小説で、主人公は青森に暮らす相馬いとという少女。祖母譲りの濃い津軽弁を話すこともあって、他人とコミュニケーションを取ることが苦手だったいとは、高校進学を機に一念発起し、青森市にあるメイド喫茶でアルバイトを始める。


 「お帰りなさいませ、ご主人様」という決まり文句が、いとの場合「お、お、お………、おがえりなざいませ、ごスずん様」になってしまうところは、小説で読んでも、映画で津軽弁のセリフ付きで観てもなかなかのインパクト。地方あるあるの面白さを味わえる。


 もっとも、それは『いとみち』の面白さの一側面に過ぎない。もっと大きな感動は、やはり音楽によってもたらされる。メイド喫茶に危機が訪れた時、いとは演奏している姿がかっこ悪いからと封印していた三味線を引っ張りだし腕前を披露する。『竜とそばかすの女王』のクライマックスと同じ感動が湧き上がるシーンだ。


 『竜とそばかすの姫』の場合、映画で鈴が唄って聴衆を感動させるシーンを小説版で追体験”することになるため、歌の場面に来ると頭にシーンが思い出されて、感動がせりあがってくる。だから音楽そのものを文章で描くより、鈴の内面や周囲で見守っている人たちの思いで補完し、映像と文字の総合力で音楽の力を感じさせたとも言える。


 『いとみち』では、アクシデントを乗り越え、いよいよ演奏という場面で、三味線の音色が響く描写、いとの指に伝わる振動の描写を繰り出し、音楽へと関心を引きずり込む。そして、いとによる三味線への思いなどを交えつつ描写して、気分を盛り上げていく。音楽が聞こえてくるような描写だ。


 映画では三味線を実際に演奏してみせることで、説得力を出そうとした。いとを演じた駒井蓮は青森出身でも三味線は未経験。9カ月におよぶ特訓を受け、名人も評価する音色を響かせるまでになった。一聴の価値ありだ。


■書誌情報
『竜とそばかすの姫』(角川文庫)
著者:細田守
出版社:KADOKAWA


『いとみち』(新潮文庫)
著者:越谷オサム
出版社:新潮社


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