人生は「遺伝子」「環境」「両親」と関係がない!? 鏡リュウジさんが今だから伝えたい「運命の感覚」とは

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2021年07月30日 17:00  AERA dot.

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写真「本書はあなたが生きていくうえで大事な『何か』を表現している豊かなメタフォーとして読んでほしい」と訳者の鏡リュウジさん(撮影:説話社会議室にて)
「本書はあなたが生きていくうえで大事な『何か』を表現している豊かなメタフォーとして読んでほしい」と訳者の鏡リュウジさん(撮影:説話社会議室にて)
「まったく同じ遺伝子を持ち、同じ環境で育った双子が、なぜ“同じ人間”には育たないのでしょうか?」

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 アメリカのユング派心理学者、ジェイムズ・ヒルマンの『魂のコード』(朝日新聞出版)を翻訳した占星研究家の鏡リュウジさんは、その不思議についてこう答える。

「それは巨大な樫の木がすでにたった一粒のどんぐりに内包されているように、あなたの中には生まれながらにあなただけの魂が存在するから」

 鏡さんにヒルマン心理学の魅力、そして「おすすめの読み方」を語ってもらった。

*  *  *
■セラピールームから抜け出した「魂」の心理学

『魂のコード』がアメリカで出版されたのは1996年のこと。専門的で難解な本ばかり出していたヒルマンが初めて一般向けに書いた「元型的心理学」の本で、全米ベストセラーになりました。

 ヒルマンは心理学、精神分析の界隈では昔からブリリアントな存在です。日本でもその影響は大きくて、ユング心理学の泰斗・河合隼雄先生の「たましい」という有名なアイデアも、ヒルマンとの親しい交流の中から醸成されたものだと思います。ヒルマンは知識人としては一流で、あのエラノス会議の常連講演者でもありました。日本からは鈴木大拙、井筒俊彦らが参加していた、世界の名だたる識者が集って語り合っていた会議です。ただ、かつてはその知名度は専門家の中にだけとどまっていて、この『魂のコード』の大ヒットで一般の読者にも知られる著者になったんですね。

 幸運にも僕はその日本語訳を手がける機会をいただいた。98年に河出書房新社から刊行され版を重ねてはいたんですが、残念ながらその後絶版になっていました。それがこの度、新装版として復刊される幸運に再び恵まれたというわけです。

 ヒルマンが創始した元型的心理学はユング心理学の一分派です。彼は、個人の人生を「セルフ(自己)」を中心に分析するユング心理学を「セルフの一神教である」と批判的にとらえ直し、それを乗り越えようとしました。つまり、「こころの、そして世界のさまざまなイメージをそれ自体で大切にしよう」というのがヒルマンの立場なんですね。

 ヒルマンは大きな力をもっている近代の還元論的、因果論的な世界観を挑発します。本書の主題もその一つ。あなたという人間は、遺伝子や環境(とりわけ両親)の相互作用によって組み立てられるものではないということ。あなたの人生には、それが始まる前から「何か」が存在しているということ。そうでなければ、「私とは何者なのか」という、本来心理学が答えるべき素朴で根源的な問いには決して答えられないのではないかというのがヒルマンの「挑発」なのです。

 その「何か」について、ヒルマンは『魂のコード』の中で「魂」「運命」「守護霊(ダイモーン)」「召命(コーリング)」、そして「どんぐり」というメタファーなど、あえて科学の言葉を捨てた上で、元型的な神話のイメージを駆使し、素晴らしい手際で説明していきます。

 ルーズベルトやジュディ・ガーランド、ヒトラーなどさまざまな有名人の伝記を参照しながら、プラトンをはじめとする哲学者などの言葉も自在に引用し、次々と「科学的な心理学」の貧しさを看破していくヒルマンの記述スタイルは、まるで鮮やかなページェントを見ているようで、ぐいぐい引き込まれてしまいます。

 ヒルマンはいわばアカデミズム界、あるいは心理学世界の問題児、トリックスターでもあるんですが、要は「狭いセラピールームから抜け出して、イメージの心理学をもっと広い世界に展開していかなければいけない」というのが彼の一貫した態度でした。結局ヒルマンはあるとき、分析的治療もやめてしまいます。

■余裕を失っているいまこそ「運命の感覚」を取り戻そう!

 ヒルマンが『魂のコード』で一番言いたかったのは一人ひとりのかけがえのなさ、ほかの誰とも比べられない存在ということ。「平凡な魂はない」と、さまざまな事例をひきつつ言葉を変えながら繰り返し説明しています。

 そして「人間は発達なんかしない」というのも元型的心理学の立場です。現代の心理学は当たり前ですが、子どもから大人に成長していくという時間経過に則した発達論的なモデルを使っています。そうではなくて、「すでに魂がそこにある」と無時間的にイメージしようというのがヒルマンの主張です。だから『魂のコード』では、盛んに「グロウ・ダウン」という言葉を使っています。すでに存在する、しかし、この人間世界では完全には感知しえない永遠的な「何か」を、この限定された時間と空間、肉体の中で実現、展開させていくという、常識を反転させた人生観です。ヒルマンの真骨頂はこういう「観点の反転芸」にあります。

 トラウマを与えるような体験とか統計上の平均値とか、紋切り型の精神分析や何か計量化できるものにあなたの人生を還元してしまうのはもったいないよ、と説いているわけです。あえて言うなら、自分が受け持つ、あるいは選び取った「運命、召命の感覚」を回復させるということでもあるかもしれません。

 ヒルマンはその主著とも言える『魂の心理学』(Revisioning Psychology)において「魂の働き」には4つあると言います。1つが病理化。病を通して魂はその存在をあらわす。この世界に対する違和感が病であり、それは魂の働きによるというわけです。2つ目が人物化。神話の世界にいろんなキャラクターがいるように、魂は物事を擬人化させる。3つ目が脱ヒューマニズム。魂は石にでも何にでもその存在を感じさせます。そして、4つ目がシーイング・スルー(見透かす)。魂を通していろんなものを見ていくと、その見え方が変わるということ。

 このシーイング・スルーが、神話的なイメージを通してさまざまな人生を分析する『魂のコード』を正しく読み進めるポイントです。文字通りの世界を生きているとしんどかったりするけれども、それを別の世界のイメージに落として観点を変えてみると、これまでと違うように世界が見えてきて、あなたの人生を「かけがえのないもの」として実感できるようになる。その意味で『魂のコード』は励ましの本と言えるでしょう。

『魂のコード』でヒルマンは、子どもの教育についても繰り返し言及し、別の世界の見方を提示しています。初版の発行当時、子育て中の知り合いの女性が「この本を読んで助かった」と言ってくれました。子どもをどういうふうに育てたらいい子になるのか、自分が悪影響を及ぼすんじゃないか、そんなことばかり考えてすごく悩んでいた。でもこの本を読んで、「子どもは勝手に育つんだ」と、とても気持ちが楽になったと。

『魂のコード』が出版された90年代後半の日本社会は、まだ精神的に余裕がありました。経済的にも今日より豊かだった。それでも「生きづらさ」を感じる人は少なくなかった。あの頃から20余年、精神的にも経済的にも日本社会からすっかり余裕がなくなって、ますます「損得勘定」に反するような世界の見方が許されなくなって、さらに「生きづらさ」を感じる人が増えていると思います。

 こうした意味でも、『魂のコード』で語られている神話的なイメージは、初版の発行当時よりも、いまこそ必要とされるメッセージだと感じます。

■たかが同じような人生、されどかけがえのない人生

 たしかに自分の人生は自分のものなんだけれども、結局は他の人の人生とまったく違うような新しいことは何もなくて、でも人間は、それを自分だけの1回限りのスタイルで生きることしかできません。

『魂のコード』の復刊にあたって解説文を寄せてくださったユング心理学の第一人者、河合俊雄先生は、こうした枠組みを「どんぐりの背比べ」と表現しています。ヒルマンの言い方だけだと、「自分は特別なんだ!」と自我のインフレーションに陥る危険もなきにしもあらずなわけですが、日本ではこの慣用句にあるように、それを相対化するような表現がある。僕の言い方だと「たかが」と「されど」の間。人生には、普遍性と個別性が同居しているんですね。

 占星術は、この普遍性と個別性の関係を説明するわかりやすいメタファーと言えるでしょう。占星術は天動説で星の巡りをとらえます。必ず太陽は1年で地球の周りを1周するし、月は28日で1周、土星だったら29〜30年で1周します。どの人も29〜30歳の時に生まれた時と同じところに土星が1周してくるからサターンリターン、どの人にとってもその年齢はある種の転機になります。

 ホロスコープを見ていると、これは自分だけじゃない、みんなに同じような運命があったという思いに至ります。「太陽の下、何も新しいものはない」。辛い時にはこれは励ましになります。みんな乗り越えてきたんだ、と。ただ、これが行き過ぎると、結局自分なんて大勢のなかの一人にすぎない、となってしまう。でも面白いことに、太陽、月、水星、金星……と、全部ホロスコープに書き込むと、何万年たっても、同じ星の配置はリピートしません。
いま、この瞬間の星のめぐりを生きることができるのは自分だけなのです。「たかが」と「されど」でしょう?

 これが人生における普遍性と個別性の関係です。要するに、たかが同じような人生、されどかけがえのない人生ということなのですが、それを1枚のホロスコープは同時的に表現できるんですね。

 素朴な星占いもヒルマン的に言えば大切なたましいの働きと関連しています。星占いで、○○座生まれの人の今年の運勢と言っても、みなさん、それを文字通り信じることはあまりないでしょう。でも、ベタには信じないけれどもどこか気になる。気になるのは、自分の一部を星に託している感覚があるからではないでしょうか。それはとてもわかりやすい魂の感覚、ダイモーンの感覚だと思います。

 じつはヒルマンの主張のバックボーン、考え方の素地は占星術と同じです。古代の神話では「人間は、魂がくじ引きで選んだ運命とダイモーンをもって生まれてくる」とされていました。そして、そのダイモーンは星と同一視されていた。つまり、その人だけの星があるという占星術の思想は古代の新プラトン主義の哲学に依拠しているわけです。

 ヒルマンの依拠している思想も、じつは新プラトン主義です。要は『魂のコード』のバックボーンは占星術と同じなんですね。僕が翻訳者に抜擢されたのには、そんな理由もあったのかもしれません。ちなみにヒルマンの息子さんは占星術師になっていて、僕は20年以上前、親子共演のトークイベントを見るためだけに、西海岸まで駆けつけたことがあります。

『魂のコード』にしろ占星術の本にしろ、単に文字通り読んだら「なんてバカみたいなことを」で終わってしまいかねません。逆にベタに信じてしまっても困りものです。実際、本書をニューエイジ的スピリチュアル本と勘違いする人もいて、苦笑することも多いのですが…

 なので、あなたが生きていくうえで大事な「何か」を表現している豊かなメタファーとして読んでほしいと思います。

『魂のコード』にはソウル・メイキング、魂をつくるという表現も出てきます。これは19世紀のイギリスのロマン主義の詩人ジョン・キーツから来ている言葉ですが、彼はネガティブ・ケイパビリティという言葉も使っています。端的に言うと「わからないものはわからないままにしておこうよ」という構えです。これが大事だと思います。

 とかくエビデンスとか効率とか平均値とか、そんなことばかりをみんなが気にするようになって、占いの世界でさえ、損得勘定の自己啓発セミナー化しています。それではあまりに寂しすぎます。たまにはまったく違う『魂のコード』のような視点から世界を見て、人生や人間の豊かさを感じてほしいと思いますね。

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