地獄を知るNON STYLEが語るコロナ禍「芸人生活で一番ヒマも変化した」

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2021年07月31日 11:00  AERA dot.

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写真インタビューに応じたNON STYLE(撮影・中西正男)
インタビューに応じたNON STYLE(撮影・中西正男)
  一日の新規感染者数が1万人を超えるなど新型コロナ禍は深刻さを増すばかりですが、2008年に「M−1グランプリ」を制したお笑いコンビ「NON STYLE」にも大きな影響が出ています。昨年開催予定だった20周年記念ツアーも延期に。「これまでの芸人生活で一番ヒマになった」とも言いますが、それでも前を向き続けられるのは井上裕介さん(41)、石田明さん(41)が声を揃えて「地獄だった」と語る09年の経験があるからでした。

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井上:21年の芸人生活で、今が一番ヒマだと思います。コロナ禍で仕事は確実に減りました。ロケはほぼなくなりましたし、スタジオでも大人数の“ひな壇”もありませんし。コロナ前の仕事量を100としたら、今は20〜30くらいだと思います。逆に、今までメッチャ働いてたんやなとも思いました。

石田:ただ、その中で新たな動きもありました。YouTube用にネタを作ることも始めまして。過去のネタをもう一回掘り起こすというか、今の僕らが昔のネタを少しアレンジしてやったりもしてるんですけど、昔のネタをやることで自分たちの変化も感じますし、老いを感じるところもあります。漫才の台本は僕が書いているので、自分が書いた台本ながら「昔はこんな言葉を井上に言わせてたんだな…」と粗さを再確認したり(笑)。

 登場するなり、井上に投げキッスをさせたりもしてますからね。そういうムーブをやらすだけやらせた上で、僕が「キモイ」というひと言で切り捨てるわけですから、今見ると、なんとヒドイことをしてるんやと思います(笑)。よく付き合ってくれていたなとも思います。

井上:昔のネタをやることで、改めて21年やってきたことを振り返るというか、そういう部分も感じてます。

 ここまででいろいろな時期がありました。心底、限界を感じた時もありましたしね。一番しんどかった時期でいうと、オレは2009年です。08年に「M−1」で優勝した翌年です。今、仕事が減ってると言っても、それなんかよりも圧倒的につらかったですね。

 石田:オレも一緒やわ。09年は地獄でしたね。

井上:分かりやすい言い方をすると、ずっと憧れていた「M−1」という“甲子園”で優勝して、そこからプロ野球というかプロ芸人集団に入ることになった。そこで、プロの実力に圧倒されて「甲子園優勝程度の実力では戦えないんだ」と思った。シンプルに言うと、それだけのことなんですけど、そこがとにかくつらかったですね。甲子園優勝で浮かれていた自分が恥ずかしくなったというか。

 それまでは「M−1」で優勝することを目標に頑張ってきて、とにかく漫才をしっかりやること。突き詰めた言い方をすれば、相方のボケにしっかりとつっこめていたら成立していた世界だったのが、09年からはいろいろな番組にも呼んでいただくようになり、そこでは相方以外のボケにもつっこまないといけなくなりました。

 さらに、そこに数多の天才ツッコミが既にいるわけです。オレがそこでつっこもうと思っても、技術も、スピードも、パワーも、全く追いつかないんですよ。例えば、何の変哲もない「なんでやねん!」にしても、オレでは初動が遅いんです。周りはもっと速い。タイミングもピッタリで絶対に外さない。

 そして、実際にはそういうシンプルなワードだけではなく、そこにもう一つワードセンスを乗せてこられる。仕事に行く度に、圧倒的な差を見せつけられる。しゃべりたくてもしゃべれない。でも「M−1」優勝でお仕事はいただけるようになったので番組収録はある。でも、叩きのめされる。その繰り返しで、どんどんしんどくなっていきました。

石田:本当に地獄でした。僕は僕で自分の実力のなさを思い知りました。それに尽きます。僕が面白いことを思いついた時にはもう次の展開になっている。いつもの感覚だったらこれくらいのスピードで対応できていたという自分の感覚より、もっと速く周りは動いている。さらに、芸人さんのみならず、タレントさんとか、アイドルの方々も面白い。

 その状況で、09年は「キングオブコント」も出る。優勝はしたけどもう一回「M−1」も出ようという話になっていたので、そのネタ作りもしないといけない。もうパンパンになってしまって。久しくやめていた安定剤と抗うつ剤をまた服用するようになっていました。

井上:このままじゃダメだと思って、さらに強めにキャラを作りにかかりました。投げキッスくらい振り切ったことをやろうとしたのが09年でもありました。

 それと発想を根本から変えたという部分もありましたね。大阪ではどちらかというと、街の一般の方が“食材”で芸人がそれを美味しく調理する“料理人”というイメージだったんですけど、こっちが食材になろうと。オレも料理人になりたい人間でしたけど、自分が食材になって、周りの芸人さんに調理してもらう。そうなれば笑いはまわる。こちらがしゃべらずとも笑いは生まれる。料理人から食材になることに徹しようと。

石田:その流れで井上がキャラ立ちしてくれたおかげで、僕は井上が何かした時に添える“返し”を持っておけば最低限は成立するようになったんです。ただ、これもね、どれだけ考え抜いた言葉を言ったとしても、結局、それが現場での“説明書”になるんですよね。

「井上がこういうことをした時には、このワードを言えばウケる」。そういう説明書を僕が提示するだけで、あとはアイドルの人が井上の発言に対して説明書に則って「キモい!」とか言ったら、そちらの方がウケるわけです。そして、放送ではそちらが使われる。相方である僕の言葉よりも、アイドルの人が言った「キモい!」の方が立場としてのフリがきいている分、面白いですから。

 結局3年くらい、僕は現場で説明書の役割しかしてませんでした。自分の努力不足でもあると思うんですけど、ずっと「向いてないな」と思いながらやっていました。その感覚は今でも変わってないので、なんら克服はしてないし「僕よりもっと適役がいる」と思いながら、今も番組に出してもらっています。

 もちろん、呼んでいただく以上は全力でやらせてもらいますけど、自分を客観視すると、そういう思いにもなりますし、だからこそ、少なくとも全力でやるしかないという思いにもまたつながっていくんです。

井上:ま、石田の場合は、とんでもなく真面目だと思います。ネタ作りもそうだし、私生活で子育てでもそうですし、本当に真面目だし、だからこそ、今も僕らができているんだとも思います。

 オレにそれをやれと言われてもできないと思います。僕はサボっちゃいますからね。石田は会社員をしていても、最終的に取締役とかにはなっていると思います。

石田:逆に、井上のプレイヤーとしての才能はすごいと僕は思いますね。漫才という枠だけで考えても、ツッコミもボケもできるし、かなりの幅のことができる。ネタを書く側としたら、それだけの幅があると作りやすいですからね。

 年々、芸人としての能力値も上がっていると思うんですけど、人間としては年々、事実として老いてますからね。カッコつけてる人間が老いていくとなると、こちらもそこに創作意欲が湧いてきますから(笑)。もっとオッサンになった時に、それはそれでカッコつけさせても、カッコつけられなくても面白いですから。

井上:自分でも思いますよ。70歳とかになったら、どうなってるんでしょうね(笑)。それでなくても、今は時代の転換期にぶち当たってきましたね。数年前までは舞台とテレビを頑張っていたら、なんとか、この先も飯が食えるイメージがありましたけど、今はその価値観もガラッと変わりました。

 ジジイになってYouTubeに出ていってるかもしれないし、先行き不安だけど、その分、面白い。ただ、今回9月からやる全国ツアーもまさにそうですけど、お金を払ってまで僕らを見るために足を運んでくださる方がどれくらいいるのか。ここは、何をするにも大切な物差しだとも思いますし、そこには真摯に向き合いたいと思っています。

石田:今も、こうやってナチュラルにカッコつけにかかっていますけど(笑)、オッチャンになればなるほど、こういう可愛げも増すのかなとも思いますしね。なんとか、その味をもっと出せるよう、僕もアレコレ調理法を考えていきたいと思います。

(中西正男)

■NON STYLE(ノンスタイル)
1980年2月20日生まれの石田明と80年3月1日生まれの井上裕介が2000年にコンビ結成。ともに大阪府出身。オーディションを経て吉本興業に入り、NSC大阪校22期と同期扱い。上方漫才大賞優秀新人賞など受賞多数。「M−1グランプリ2008」で優勝する。今年5月、初のファンクラブ「いまさらファンクラブ」を開設。全国ツアー「NON STYLE LIVE 2020・2021〜あっという間〜」を開催。福岡公演(9月14日、福岡市民会館)、名古屋公演(10月1日、日本特殊陶業市民会館ビレッジホール)、札幌公演(10月21日、カナモトホール)、東京公演(11月19日、TOKYO DOME CITY HALL)が行われ、大阪公演は後日詳細が発表される。

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