WedsSportとの超接近戦を受け入れ、バトルをワザで制した山本尚貴の強さ/大串信の私見聞録

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2021年07月31日 15:51  AUTOSPORT web

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2021スーパーGT第4戦もてぎ 山本尚貴(STANLEY NSX-GT)と宮田莉朋(WedsSport ADVAN GR Supra)のトップ争い
「自動車レースの主役は人間なのか機械なのか」という疑問は、きっと自動車レースが始まった頃からさまざまなかたちで投げかけられ続けた宿命みたいなものなんだと思う。レーシングテクノロジーが未熟だった時代は、きっと人間であるドライバーのテクニックがモノを言ったのだろうけれど、自動車技術が高度になった近年は機械からいかにうまく性能を引き出すかが競われるようになって、人間の関与する領域がかなり小さくなってきたように感じる。

 真夏のツインリンクもてぎで開催された2021スーパーGT第4戦でも、スタート前、ホンダの佐伯昌浩ラージ・プロジェクトリーダー(LPL)は「各チームが選択したタイヤがどのように機能するかがカギになる」と予想していた。これを拡大解釈すれば、人間であるドライバーがいくら頑張っても、タイヤがコンディションに合わせて機能しなければどうにもならない、ということになる。言ってしまえば、レースの勝敗はタイヤを含む機械が決めることになるということだ。

 もちろん、あまりデータのない夏のもてぎで路面温度が50度を超えるなかレースが行われたのだから、基本的にはそのとおりだったと思う。だから、スタート後トップを走っていたSTANLEY NSX-GTの牧野任祐のペースが上がらず、WedsSport ADVAN GR Supraに乗る国本雄資に迫られてなすすべなくオーバーテイクを許したときには、「今回のヨコハマタイヤ、スゲ〜! 牧野、かわいそう!」と思っていた。

 ピットでレースの展開を見ていた山本尚貴(STANLEY NSX-GT)も、「週末初めて路温が50度超えるまで上がって、牧野選手のスティントでは圧倒的にヨコハマタイヤがスピードアップしたことが見ていて分かった」と思っていたという。

 だがその後、牧野はずるずる後退することもなくしっかりと国本に食いついていったから、ぼくは「オ〜、苦しいだろうに頑張ってるぞ」とうれしくなったが、心の中では「でもかわいそうだなあ、こんな状況ではとても無理だよなあ」と、この先の展開が見えてしまったような気にもなっていた。

■“あえて”頑張りすぎない
 WedsSport ADVAN GR Supraがピット作業に手間取った隙に、牧野からSTANLEY NSX-GTを引き継いだ山本がトップに立っても、その差が4秒やそこらではすぐ追いつかれてしまうだろうと思っていたらそのとおりになって、山本は宮田莉朋(WedsSport ADVAN GR Supra)に攻め立てられ始めた。傍観者としては山本のトップ陥落は時間の問題だと思った。

 いくら山本が頑張ったところで、このときのタイヤパフォーマンスの差は、外から見ていても明らかだったし、山本自身も牧野のスティントを見ていてそれをよく分かっていたはずなのだ。レースはまだ半分残っていてブロックを続けるのは困難だ。凡人のぼくから見れば、絶体絶命の状況である。

 ところが、この先はぼくの考えられない展開になった。まず山本は、絶体絶命だとは思っていなかったというから驚いた。「4秒くらいギャップがあったのにすぐ追いつかれたのを見て、たぶんこれ、僕が頑張りすぎると簡単にやられちゃうから、それならむしろ相手を引きつけておこう。そうすれば相手が僕の後ろにつくことによってダウンフォースも抜けるし、タイヤの温度も上がるだろうからしんどくなるんじゃないかな」と考え、宮田の接近を受け入れたというのだ。

 相手が近づかないようにペースを無理に上げようとすれば、自分のクルマにもタイヤにも余分な負荷をかけてむしろ不利に陥る。それならば逆に相手を近寄らせ、しっかりと押さえ込むことで相手の負荷を増やしてやろうという計算である。これまで多くの経験を積んできたベテランだからこそできる計算だが、先がどうなるか分からない状態で、言ってみれば綱渡りのような戦略に踏み切る度胸は、小心者のぼくにはとても想像できない。

■王者になったからこそできる“絶妙なブロック”
 一方で山本は、レースが進み夕方が近づいて気温、路温が下がればヨコハマタイヤの優位性を崩すことができるのではないかとも考えていたようだが、今回のレースのスタート時刻は13時過ぎ、フィニッシュ予定は15時頃と大幅なコンディション変動は期待できないことも分かっていた。そこへ割り込んだのが2回のフルコースイエロー(FCY)だった。

 もちろんFCYの可能性をぼくも予想してはいたが、宮田の勢いを見ればあくまでも一時しのぎにしかならないと思っていた。ところが山本は違った。「2回のFCYは幸運だった」と認めながら、FCY中のスロー走行のあいだに自分のタイヤの温度と内圧を下げることができたと言うのだ。1回目のFCYが終わった段階で山本はスパートし、宮田とのギャップを3秒弱にまで広げている。

 しかし、宮田のペースは衰えず再び山本に迫っていった。この状況に山本は「また詰められたのでどうしようかなと思っていた」と言う。なんとも図太い話ではないか。すると2回目のFCYとなり、山本はまた一息ついて同じように自分のタイヤのコンディションを整え、FCY明けにスパートして間隔を3秒5へと開いた。

 とはいえ、レースはまだ10周以上も残っていて、いよいよ土壇場である。宮田はまた山本との間隔を一気に縮め、残り10周となったところで猛然と襲いかかった。どう見ても絶体絶命の場面だった。しかし、山本はスレスレのライン取りで宮田を押さえ込んだ。

 このとき山本が2度、3度と見せた絶妙なブロックには舌を巻かざるをえなかった。宮田には少々失礼な言い方になるが、じゃれかかってくる犬の鼻先をチョンと押さえて制するような、無駄のない動き、チャンピオンになった男だからこそできるワザだったと言うべきか。

 だからといって、これをあと10周以上も続けるわけにはいかないことは山本も分かっていたはずで、彼はただひたすら宮田がタイヤを使い果たすのを待っていた、というよりも祈っていたはずだ。すると山本の願ったとおり宮田はタイヤを使い切って55周目にペースを落とし、とうとう山本は逃げ切ることに成功して勝負はついた。実際、レース後の宮田のタイヤは限界に達していたという。

■チャンピオンチームの壁
 もし山本が初期のうちに宮田を前に出してしまったら、宮田はここまでタイヤを酷使しないで悠々と走りきって勝っていただろう。とても勝ち目のない状態でもあきらめず、あの手この手で宮田を押さえ込んだからこそ山本は宮田にタイヤを使わせ、結果的に突き放すことに成功したのだ。

 機械的には優位にある相手を、人間がワザで押さえ込んで勝ったレースだった。技術が進んだ現代にあっても、まだ人間のパフォーマンスが機械のパフォーマンスを上回ることもあるのだな、近代レースの主役が機械だとはまだ言い切れないな、人間はスゲエなと、つくづく感じ入ったものだった。山本には、また良いものを見せてもらった。

 明けた月曜日、坂東正敬監督(TGR TEAM WedsSport BANDOH)がSNSをとおし前日のレースについて「チャンピオンチームの壁」と表現しているのが目に入った。勝てるレースを落としたのだ、その胸中は計り知れないが、戦った相手を敬い、敗因を見事に言い表したことに感服した。

 前半苦しいながらも国本に食らいついた牧野の頑張りや、到底勝ち目のない場面だったのにワザで首位を守りきった山本の強さを『壁』に感じたのだろう。ともに戦った挑戦者だからこそ得られた感覚。坂東監督は合わせて「横浜ゴムとともに逆襲や!」と言っていて次戦がますます楽しみになった。今回のレースは、本当に素晴らしいレースだった。

※この記事は本誌『auto sport』No.1557(2021年7月30日発売号)からの転載です。

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