瀬戸内寂聴、百歳の変化「蝉の声も暑さも…。鈍感になるのでしょうか?」

2

2021年07月31日 16:00  AERA dot.

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

AERA dot.

写真瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。著書多数。2006年文化勲章。17年度朝日賞。単行本「往復書簡 老親友のナイショ文」(朝日新聞出版、税込み1760円)が発売中。
瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。著書多数。2006年文化勲章。17年度朝日賞。単行本「往復書簡 老親友のナイショ文」(朝日新聞出版、税込み1760円)が発売中。
 半世紀ほど前に出会った98歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。

【横尾忠則さんの写真はこちら】

*  *  *
■横尾忠則「アイデアは探すのではなく、発見するのです」

 セトウチさん

 少し前の手紙でセトウチさんは僕の東京都現代美術館の個展のことで、急に元気になられたように思います。嬉しいですね。セトウチさんが元気になられた頃、僕は展覧会を控えて、倒れてしまい、入院の予定が病室が空いていないために通院しながら自宅静養になりそうです。オープニングが終ってから入院を考えています。少しいいことがあると、反作用が起こって少し悪いことも起こります。自然の法則です。

 そんな時、担編の鮎川さんが、「どんな時にアイデアが浮かぶか?」と質問してこられました。絵は何を描くかではないのです。どんな風に筆でキャンバスに絵具をぬりたくるかが問題なのです。だからそこに何が描かれているかはどうでもいいのです。だから花でも猫でも顔でもなんでもいいのです。だからアイデアはあってないのです。僕は具象画家なので、その時思いついたものを描きます。アイデアを色々考えるのが面倒臭いので今は寒山拾得のヘラヘラ笑っている顔を描いています。大した意味はないので、変な顔だなあ、赤い顔だなあ、ちょっと気味悪いなあ、えらい荒っぽい描き方だなあ、完成していないなあ、とこんな風に見てもらえばいいのです。アイデアはないです。

 絵はキャンバスの前に立った時、描く絵が決まります。ご飯を食べたり、トイレに入った時や道を歩いている時は何も浮かびません。ある一時期、滝の絵ばかり描いたり、Y字路(三差路)ばかり描いていたのは、あれこれ考えるのが面倒臭いからです。そして飽きたらまたすぐ別の絵を描きます。ピカソは女の絵ばかり描いていました。女が好きだから、というそれだけの理由です。横山大観などは面白くもない富士山ばかり描いていました。国粋主義者はそれでいいのです。もっとひどい時は昨日描いた絵をそっくりにもう一枚描きます。そして明日も同じ絵を描きます。いちいち考えなくてもいいのです。小説ではこんな具合にいきませんね。そこが絵の面白いところだし、小説家と画家は性格が全く違います。小説家は物語を考えますが、画家は物語など必要ないのです。見る人が自由に物語を考えます。見る側の人間が仕上げるのです。観賞者と共作です。

 僕は生まれながらの面倒臭がり屋です。その性格にぴったりの職業を選んだように思います。ねばならないという概念が僕にはないのです。どっちでもいいという優柔不断の思想家です。白黒決めるのが大嫌いです。何かを探すために遠くへ出掛けたりはしません。手の届く範囲のもので大抵間に合わせます。手に触れるもの全てがアイデアになります。探すのではなく、発見するのです。探検家ではなく考古学者です。アイデアは、そこにあるものを見つけるのです。小説家みたいにわざわざ取材などしません。ゴッホみたいに病院の窓から見える風景を描くだけです。アングルやトリミングを考える必要がないのです。窓わくがすでに構図を決めています。ゴッホはそれを写すだけです。真理なんて遠くにあるように思いがちでしょうが、画家にとっての真理は目の前にあるのです。メス猫と同じように画家のテリトリイは狭いのです。だから僕にとってはメス猫は生活必需品です。

■瀬戸内寂聴「百歳になると鈍感になるのでしょうか?」

 ヨコオさん

 とうとう大展覧会の支度の疲れが出て、倒れこんだ様子ですね。お気の毒だけど、今度はちゃんと原因があったので、かえって安心です。あれだけの凄い展覧会を開くには、とてつもない体力と、神経を使ったことだろうと想像します。ちょっと、この際、静養なさることが何よりです。

 ヨコオさんのことだから、静養中にまた、新しいとんでもない思想や、夢が、響き出て、新しい絵のアイディアが、浮かぶことでしょう。

 それにしても、ヨコオさんの入院は、久しぶりのような気がします。昔は、もっともっと、年中、入院してらしたような気がします。

 でも、ヨコオさんは、入院中も病室で絵を描くのだから、完全な休息にはなりませんね。それとも、病室で描く絵は、作品ではなく、「玩具」なのですか?

 百歳になるまでには、編集者も数えきれないほど、付き合ってきましたが、実に様々な気質の人々でした。

 今、この雑誌で、一番面白い頁「コンセント抜いたか」を書いている嵐山光三郎さんは、当代で一、二と数えられる名随筆家の一人です。

 昔々、私のまだ女の匂いの残っていた五十前の頃、彼は、若々しい編集者として私の前にあらわれました。現在とあまりちがわない印象のしゃれた外見の人で、いつも年輩には勿体ない上等の背広を、さり気なく身に着けて、見れば見るほど、全身おしゃれをしている(おおキザ)若者でした。

 ところが、ホントの歳がわからないほど、老けて見えるところもあり、その頃から、あらゆる方面に、知識深い人でした。

 自分は余り喋らないで、相手に存分に喋らせる妙技を備えている優秀な編集者でした。

 私は五十歳前で、仕事を生涯最も多くしていた時でした。人には云えないけれど、もう疲れきって、この世の生活がいやになっていました。だからといって自殺するのもみっともなく、迷いあぐねた末、「出家」ということを思いつき、それを実行してしまいました。たいそう研究して、実行するまで、ほとんど気づかれず、出家を実行した直後、人々に届くような挨拶状を出したものです。今から思えば、何もかも、ずいぶん気取った所行でした。

 頭を丸めてからも、仕事ばかりつづけました。嵐山さんと一番仕事をしたように思います。頭の先から足先まで、僧服の私と、電車に乗って、大阪から高野山へ行ったのを覚えています。嵐山さんは、そんな私の姿に目をまるめた乗り合いの人々の視線に恥ずかしそうにうつむきこんでいたのを、ありありと覚えています。

 不思議な人で、その頃から、大方五十年も過ぎた今も、あんまり風貌の変わらない人です。誌面だけで、もう何十年も、面と向かったことのないまま、私は、あの世に旅立つのでしょうか?

 寂庵の庭で蝉が大きな声で鳴くようになりましたが、私には一切聞こえません。暑い暑いとまなほは言いますが、私は特にそう感じません。百歳になると、あらゆることに鈍感になるのでしょうか?

 ヨコオさん、くれぐれもお大事にね。

※週刊朝日  2021年8月6日号

このニュースに関するつぶやき

  • お前のどこに敏感さが有ったんだよ? https://mixi.at/abNdNHa
    • イイネ!9
    • コメント 2件
  • ���塼���å�(^q^)���塼���å�阿婆擦れ生臭糞坊主
    • イイネ!14
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(2件)

前日のランキングへ

ニュース設定