「これ勝ったんですよね」。見延和靖の「リオ五輪の悔しさ」から描いた未来像が日本フェンシング初の金となり実現した

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2021年08月01日 15:51  webスポルティーバ

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 これまで日本フェンシングで五輪のメダルを獲得しているのは、2008年の北京五輪で太田雄貴が獲得した男子フルーレの銀メダルと、2012年ロンドン五輪で男子フルーレ団体が獲った銀メダル。今大会、その結果を上回る金メダルを獲得したのが、男子エペ団体だった。




 エペ団体のルールは、1チーム3名(プラス交代選手1名)による総当たり戦。1試合3分×9対戦で、45点先取したチーム、もしくは試合終了時に得点を多く獲得していたほうが勝者となる。

 勝利の後に日の丸を大きく掲げたチーム最年長34歳の見延和靖(ネクサス)は、「エペはフェンシングの中でも(世界的に)競技人口が多く、選手層が一番厚い種目。そこで日本チームが勝つということは、世界に相当なインパクトを与えたと思う。日本人でもやれるんだという意味で、日の丸を高く掲げました」と誇らしげに話す。

 これまでは日本でフェンシングと言えばフルーレ。そういった状況で、日本男子エペを牽引してきたのは見延だ。リオデジャネイロ五輪の個人戦で6位、18〜19年には世界ランキング1位にもなった。今大会の個人戦は10位ながら、団体戦1回戦のアメリカ戦で2回、戦った後に交代し、そのあとはベンチで後輩たちの戦いを見守った。しかし、その表情に曇りはなかった。

「前回のリオは、僕が個人戦に出場しただけだったので、すごく悔しい思いをしました。あの時に『東京五輪では絶対に団体戦で出るんだ。そして、そこで絶対にメダルを獲る』と強く思い、そんな未来像を描いていました。信じて戦うことで、後輩たちも同じ未来を想像するようになった。それが今、実現したのは信じられない部分もありますが、本当にこのチームでやってきてよかったなと思いました。僕自身もベンチで一緒に戦っていたので喜びは大きいです」

 リオデジャネイロ五輪に見延の練習パートナーとして帯同していた山田優(まさる/自衛隊体育学校)が、19〜20年には世界ランキング2位になり、団体も4位と東京五輪の出場権獲得に大きく近づいていた。しかし、新型コロナ感染拡大の影響もあり、国際大会に出ることもままならず、出場国が決定した時には、団体は世界ランキング8位まで落とし、自力では出場権を獲得できなかった。結果、東京五輪での男子エペ団体は、開催国枠での出場となった。

 フェンシングの団体戦は世界ランキングどおりにシードされ、上位国と下位国が当たるように組まれる。開催国枠の日本は第9シードで、初戦はアメリカ大陸枠で出場権を得た世界ランキング10位のアメリカ。勝ち上がれば1位のフランスと対戦する組み合わせだった。

 だが他国よりひとつ多い対戦が、日本に幸運をもたらした。

 アメリカ戦は、負けてもおかしくない展開だった。最初の加納虹輝(JAL)が2対4とされるスタート。次の山田は5対6まで戻したが、3人目の見延が3ポイント差にされ、5人目の加納で6ポイント差、6人目の見延で7ポイント差と離され、日本はかなり追い込まれた。

 そこでゴルバチュク・オレクサンドルコーチが下したのは、最後から2人目の見延をリザーブの宇山賢(三菱電機)に代える決断だった。 

「僕が出るなら負けている時しかないし、アメリカ戦も使われるなら最後の3戦だなと予想していたので、試合の流れを変えるしかないと思っていた」と話す宇山は、7ポイントを奪い、29対31まで迫った。

「それを見て気持ちに火がついた」と話す最後に出てきた加納は、一気に5ポイントを連取して逆転。そこからさらにじわじわと差を広げ、16ポイントを奪って45対39で勝利をもぎ取った。

 山田は、「普通ならアメリカ相手にあの点差はひっくり返せないけれど、諦めずに勝負する気持ちを忘れずにできたことは大きかった。宇山さんが『絶対にポイントを取ってくれる』と信頼していたとおりの戦いをしてくれた」と振り返る。

 どんなに強い選手でも、大きな大会の初戦は緊張する。だが日本は初戦を逆転勝ちしたことで、勢いに乗った。十分に体も動く全開状態で、王者・フランスと戦えたことがプラスになった。

 フランス戦は、前半から終始リードされる展開になったが、加納が「開いても3〜4点差だったので、いつでも逆転は可能だと思って戦っていた」と振り返るように諦める気持ちはどこにもなかった。

 最後の加納が山田から36対38でバトンを受けると、拮抗したまま42対44と王手をかけられた。しかし、そこから粘り強く2ポイントを連取して44対44。最後の1本勝負に持ち込むと、それもしっかりと取って逆転勝ちをおさめた。

「フランスは世界ランキング1位で、フェンシングが国技と言っても恥じない選手が多いし、強い選手を続々と出してきている国です。これまでの五輪でも『フランスを倒さなければ金を獲れない』と、どの国の選手も口を揃えるように、エペ団体は本当に強いんです。だから、そのフランスに勝った瞬間、『これはちょっといける』と思いました」(宇山)

 準々決勝は、世界ランキング1位から4位のヨーロッパ勢がすべて敗退し、5位の韓国と6位の中国、7位のROC(ロシアオリンピック委員会)と日本が勝ち残る、予想外の状況になった。

 それも選手たちが、のびのびと戦える要因になったひとつだろう。準決勝の韓国戦では、2番手の加納と、3番手の山田が相手に1ポイントも与えず、4ポイント、5ポイントを獲得。4試合目までに11対1と大量リードをして勝利をほぼ手にする展開になった。終盤に少し追い上げられたものの、最後は余裕をもって45対38で勝利した。

 そして決勝のROC戦。最初の山田が個人戦2位のセルゲイ・ビダを5対4でリードしてスタート。ディフェンス気味のスタイルの相手選手たちに対し、日本勢は積極的に突きを入れてポイントを獲得すると、5人目の宇山で5点差にした。そして最後の加納は山田から37対33で受け継ぐと、「ビダにはこれまで個人戦で3回戦って、3回とも負けていましたが、競っていたので『次は勝てる』といつも思っていたし、苦手意識もなかった」と、落ち着いた戦いで8ポイントを先取し、45対36で優勝を決めた。

 その瞬間ピストの上で抱き合い、輪になって喜びを爆発させた選手たち。見延は「あの時は加納が『これ勝ったんですよね。五輪ですよ』と言ってきたから、『わからない』って僕も言って......。『たぶんそうだと思うけど、実感がわかないな。でもうれしいな。やったな』と話していました」と笑う。

 国際フェンシング連盟副会長の太田氏は、「フルーレやサーブルのように、攻撃権を持っていないとポイントにならないというルールの難しさもなく、全身のどこを突いてもポイントになるエペはシンプルでわかりやすい種目。(日本において)フェンシングの普及という面でも、これ以上はない結果です」と興奮気味に話す。

 北京五輪の銀メダル獲得から始まった外国人コーチを招聘した強化の成果をしっかりと自国開催の東京大会でも証明した。

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