元男性重量挙げ選手が女性として出場。五輪の性に関するルール化の歴史と意義

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2021年08月02日 11:21  webスポルティーバ

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 東京オリンピックで史上初めてトランスジェンダーの選手が出場する。ニュージーランドのローレル・ハバードはもともと男性の重量挙げ105kg級選手として活躍してきたが、女性として同じく重量挙げ87kg超級に出場することが認められた。

 この出場については、選出された当初から批判の声が挙がっていた。重量挙げにとっては、体格の大きさが競技の結果を左右するという印象があるためだ。

 ハバードの出場について、何かすっきりしない人は、正確な知識を持つ必要があるだろう。国際オリンピック委員会のトランスジェンダー選手の出場ルールは、自分は男性なのか、女性なのかという「性自認を宣言してから4年間は変更をしないこと」、「性自認が女性であるトランスジェンダー選手の場合には、出場する大会までの最低1年間、血液中のテストステロンが一定以下のレベルにあること」だ。ちなみにテストステロンは、男性ホルモンの一種で、筋肉の量に大きな影響を与えるとされている。ハバードはこれらの条件を満たしているため、ルール上は何ら問題ない。

 スポーツの性別に関する問題には大きく2つある。それがハバードのような「トランスジェンダー選手」と、体の機能や発達が一般的な『男』『女』の典型的な状態と一致しない部分がある「DSDs(性分化疾患)選手」だ。

 これまでスポーツ界での性別をめぐる出来事には、どのようなものがあったのだろうか。中京大学スポーツ科学部の來田享子教授はその歴史をこう解説する。

「1930年代から(女性の競技に出場している選手の中に男性のように見える選手などがいて)『疑義がある』として排除するルールが必要だと言われるようになり、第二次世界大戦後に、再び問題になりました。国際大会で初めて視認の検査が行なわれたのは1966年です。そしてオリンピックで選手の性別を確認する検査がルール化されたのは1968年のグルノーブル冬季大会です」

 検査は女性だけに課されていたものだが、実施当初からその方法に疑問符が付けられていた。

「頬(口腔)の粘膜を取ってXとYの染色体を見ていましたが、検査をしていく中で、染色体が非典型だったり、人間の性に関わる身体の発達もさまざまだということがわかってきます。女性なのに、検査の結果、『女性ではない』という扱いを受けてしまう人がいて、それは、その人の人生に大きな影響を与えることになってしまうわけです。

 染色体の検査で判断できないのであれば、毛根から採取した細胞を使って検査しようとか、検査方法も迷走しました。しかし、パフォーマンスには何も影響を与えないのに、検査のせいで出場できない例が出てしまいました。

 いつの間にか、どうやったら、男性と女性を分けられるのかという制度になってしまったと言ってもいいと思います。公平に競技をする仕組みと言えなくなったばかりか、スポーツ界が選手の性別を決めるという、人権侵害にもなる。この2点が大きな理由となって、検査を廃止することになりました」

 さまざまな議論がなされた結果、2000年のシドニー大会以降、女性選手への検査は廃止された。さらに、国際オリンピック委員会は2004年からトランスジェンダー選手の参加も認めるようになった。この時には、「性別適合手術を完了していること」、「ホルモン療法を行なっている期間、それらに関する医師の証明と法律上の性別が変更されていること」が条件とされた。

 しかしこれが、主に「DSDs選手」の人権を侵害するものだった。このルールに翻弄されてしまったのが、キャスター・セメンヤ(南アフリカ)だ。彼女はトランスジェンダーの選手ではなく、先天的にテストステロン値が高い選手、「DSDs選手」の一人だった。2009年の世界選手権陸上女子800mでセメンヤは、世界記録に2秒差をつけて優勝して注目を集めたが、疑いの目を向けられてしまった。

 そして2015年に選手の血液中のテストステロンのレベルに上限を設けるルールが採用され、さらに国際陸上競技連盟も新規定を設けたことから、テストストロンが上限を超えていたセメンヤは、出場資格が制限されてしまった。

 これと同じ例は、この東京大会でも起きている。今回、あまり大きく報道されていないが、ナミビアの陸上女子400mの金メダル候補2選手(※)が、テストステロンが基準以上だったため、オリンピックへの出場が認められなかった。つまり現行のルールに照らし合わせると、男性と女性を分けているのは、あくまでテストステロンの数値ということになる。これについて來田教授はこう語る。
※クリスティン・エムボマとベアトリス・マシリンギはルール対象外の200mには出場する
 

「トランスジェンダー、DSDsのいずれの女性選手に対しても、テストステロンのレベルが参加条件になっています。これは、スポーツが禁止してきたドーピングの考え方からすると、おかしいと言えます。スポーツは本来、自分の身体に細工をしないでフェアに競技しましょうということで、ドーピングを禁止してきました。

 それなのに、ナミビアの2人に関しては、これまで言われてきたのとは逆の効果を与えるような医学的な介入、ある意味のドーピングをしないと出場できないということです。この事例は、私たちがスポーツの公平性をどう考えるのかを問いかけているんだと思います。

 私たちは、同じ性別カテゴリーであれば、すごく背の高いバスケットボール選手を『ずるい』とは言ってこなかった。なでしこジャパンが世界一になった時も、体格差、フィジカルの弱さに対して、『組織的サッカーで対抗して優勝した』とほめ讃えました。スポーツではフィジカル差を超えられることも楽しまれてきた。背の高さ、フィジカルの強さは問題なくて、テストステロンが高いのはダメというのは、我々の視点そのものに歪みがあるのではないかと考えてみる必要があります」

 近年叫ばれているジェンダーの問題も含め、多くの人たちは多様性についてより深く考え始めているはずだ。今回の東京大会の開会式で、大会組織委員会の橋本聖子会長がスピーチの中で「多様性と調和」という言葉を残している。今回初めてトランスジェンダーの選手が、オリンピックに出場することの意義について來田教授は語る。

「オリンピックは多様な人々、異なる事情を持った人々がお互いを理解し、どのように対話をして落としどころを見つけ、よりよい社会にしていくかを目標にするムーブメントです。この大会の中には、賛否両論があるものが持ち込まれてよいと私は考えています。オリンピックが開催される場所である日本の人々は、そうした気持ちをもってウェルカムという姿勢を持たないと、オリンピックの意味がなくなってしまいます」

 東京大会で出場するハバードの事例をきっかけに、スポーツを愛する人々がもう一度、男女の区別とは何なのか、スポーツが本来あるべき姿とはどういうものなのか、オリンピックをどんな視点で楽しめばいいのかを、考え直さなくてはいけないだろう。

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