才媛アスリート・小平奈緒がオランダ留学で学んだ本場の「語学と殺気」

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2021年08月02日 11:31  webスポルティーバ

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文武両道の裏側 第5回 
スピードスケート 小平奈緒選手(相澤病院)
後編

 学業とスポーツを両立してきたアスリートの魅力に迫る連載企画『文武両道の裏側』。平昌オリンピック、スピードスケート女子500m金メダリストで、才媛としても知られる小平奈緒は、大学進学後、競技を通じて"学び"の世界も広げていった。

 平昌ではイ・サンファ選手との友情で人々の心を震わせ、ソチオリンピックの後に生活したオランダでは元金メダリストのマリアンヌ・ティメルに師事し、短期間でオランダ語が上達するなど、グローバルに評価される小平の人間性は、どのように培われていったのか。





* * *

──目指していた信州大学に合格して、大学生活が始まりました。信州大学には、結城匡啓先生が主催する「技術討論」という学びの場があるそうですね。

「実は、入学するまで技術討論という場があることは知リませんでした。討論に関しては口外しないっていう約束で行なわれていて、中身についてもチームの中で育てて共有するということを大事にしています」

──技術討論という字面(じづら)から想像するに、とても難しいことをやっているように思えます。

「そんなことはありません。自分たちの意識していることを、ビデオを観て、去年と今年で、どこがどのように変化しているかを言葉でまとめる。動きを表すのに各自が工夫した感覚用語を使うのですが、最初の頃は、ほかのチームメイトが共有している言葉の意味がまったくわからず、みんなに質問してばかりでした。それでも、討論を重ねるうちに少しずつ感覚をわかちあえるようになった気がします」

──動きを言葉でうまくまとめられると、チーム力が上がりそうですね。

「チームでは言語の共有ができていて、説明がなくてもお互いに『ああ、あんな感じ』ってわかるものなので。トレーニングやコーチとのやりとりで感覚の枕詞(まくらことば)みたいなものを共有していると楽というか、深い説明がいらないんです」

──あくまでもチーム内で共有されているものだと。

「そうですね。ですから、記者の方たちと話をしていたりすると、(共通言語が使えないことで)自分の感覚がずれてきてしまうこともあります。同じ感覚とイメージでトレーニングしていない人には説明が難しいんです」

──スケートを始めてごくごく最初の頃にかけられる言葉に「横に押す、抑える」というのがあります。けれど、本当に進行方向の真横に抑えてしまうと進まない。フォームはきれいでも、スピードにのらない。言葉の表面だけを追っかけるとうまくいかないこともありますが、小平さんが自身の感覚を言葉にする段階で気をつけていることは何でしょうか。

「たぶん表現力だと思うんですけど、表現は体の感覚から生まれてくるんです。感覚を、より素直な言葉にできると、氷からもらっている力だとかそういったところで動きに変化が現れてくる」

──「表現は感覚から生まれる」とは、金メダルを手にした小平さんだけに説得力があります。技術的なことに限らず、小平さんのコメントを聞いていると言葉に豊かさがある。普段、どのようなアンテナを張っているのでしょうか。

「文武両道と言われるようなアスリートの方たちのお話を聞いていると、きれいな言葉遣いをするなと思います。頭の中でいろいろなことを楽しんでいるのでは、とも感じます。ありきたりの"アスリートコメント"でなく、自分の心から生まれる言葉で話されているので、ワクワク感みたいなものがすごく伝わってきます。日頃からいろいろ考えているのではと察します。

 私自身は、オランダに行く前にも、結城先生との会話や、チームメイトとのやりとりの中で表現が磨かれていく感覚がありました。さらにオランダに行ってから違う国の言語を学んだことで、表現の幅がとても広がったなと。日本語にないニュアンスに出会って、言葉の概念が変わったというか......」

──具体的にはどのようなことですか。

「例えば、『居心地がいい』っていうのを、オランダ語では『gezellig』って言うんです。間接照明が効いたレストランで食事をしている空気感や、友達と一緒に太陽の下でお茶を飲む気持ちよさを表現する単語です。気持ちいいとかリラックスできるっていうだけではなく、場の"あたたかさ"まで含む感じで」

──外国語の細かなニュアンスまで掴むのは大変そうです。

「オランダ語は現地に行ってから勉強したんですが、ポケットに入るくらいのノートを常に持ち歩いていました。チームメイト全員を先生にして、コーヒーを飲む時も、ご飯を食べる時も、もちろん合宿の時もテーブルの上にノートを置いておく。すると先生たちが、私に覚えてほしい単語を書いて発音してくれる。

 自分の中で、同じ単語を3回聞いたら覚えるというルールを決めて、ゲーム感覚で覚えていました。そうすることで、単語や独特の言い回しを覚えられるだけでなく、暮らしの中で人との関わりを持つスキルを学べました」

──オランダでの生活ですが、1年の予定を2年にしました。平昌五輪に向けての流れに、どのような変化があったのでしょうか。

「オランダに行ったのはソチ五輪が終わって2ヶ月後の4月(2014年)でした。1年のつもりでしたが、滞在2ヶ月くらい経った6月頃に父からメールが届いて、『1年で終わりにするには、もったいない。奈緒の人生は、神様がくれた時間。思う存分悔いのないように使え!』って。

 当初1年の予定だったのは、平昌までの4年を意識していたからです。帰国後の3年は日本で準備しなければと、人生をスポーツだけに当てはめていた。でも、どうせ生きるんだったら豊かに生きたいなって思い始めたんですよね。メダルとかオリンピックというお祭りのために生きるんじゃなくて、人生の中のその一瞬を楽しむためのスポーツと歩いていきたいと思えた」

──ソチやバンクーバー五輪の時とは気持ちが変わったと。

「ソチの時は、かなり自分自身に責任を感じてしまっていたというか、先輩たちがゴッソリ抜けてしまった中で、私がメダルを獲らなきゃっていう気負いがありました。そんな責任、全然感じなくてもいいのに、責任を感じて自分を苦しめていたと思います。スポーツを楽しくてやっているはずなのに、誰のためにやっているのかなって。あげく、オリンピックってこんな舞台だったかなって」

──バンクーバーの時はまた違った感覚でしたか。

「初めて出たバンクーバーの時はまだ、いろいろ思い悩むレベルではなかった。なので、オリンピックは運動会のような気持ちでいたんですが、バンクーバーからソチまでの道のりっていうのは、ちょっと苦しかったですね。

 けれど、ソチの後にオランダで2年間過ごしたことで楽になれた。オランダの人たちは何か大変なことが起きても『大丈夫だよ、そのうちよくなるよ』って。えっ、これ絶対今やらなくちゃマズイでしょって時にも、『あ、大丈夫、後でね』って(笑)。日本人ってこだわりが強くて、完璧を目指すことが美徳だったり、がんばるところを見せているのが良しとされることがあったんですが、オランダでは個人が着実に成長しているか、というところにフォーカスしている」

──オランダのスケートを学ぶ生活の中で、どんな気づきがありましたか。

「マリアンヌ(・ティメル)から『奈緒はどうしたいのか』っていうのをよく聞かれたのには驚きました。思えば、オランダに行く前は、結城先生が提案してくださることを、そのまま受け入れることが多かった。でも、オランダから帰国してからは『こうしたいんですけど』って、自分の意見を言えるようになりました」

──小さい頃に自分の意見を表に出せなかった小平さんが、大学受験の集団討論を経てひと皮むけたという話がありました。

「で、オランダ語を学んで、さらにむけたと(笑)。オランダにはスピードスケートの金メダリストがたくさんいて、その雰囲気を肌で感じられる。彼らが日々、体から出している、刺すような集中力。それは、日本だったら清水宏保さんしか持っていなかった。清水さんは、サインももらえないくらい近づけなかった。なので、オランダに行った時に、長野オリンピックの金メダリストのマリアンヌたちが出している雰囲気を肌で感じられたっていうのは大きかったですね。真剣になるっていうのは、どういうことなのかがわかりました」

──具体的には、どういうところが印象に残っていますか。

「よく、レース前とか『集中していけ!』って言われると思うんですが、オランダでは冷たい空気が流れるくらい殺気立っているというか......。マリアンヌはコーチなんですけど、レース前、ベンチで靴を履いている私の隣に来て『殺気で相手を喰いつくせ』って言うんですよ(笑)。最初は、『えっ?』と思ったんですけど、目力(めぢから)がほんとにすごくて、その目を見た時に『そういえばマリアンヌが長野でスタートラインに立った時、同じ目をしていたな』と、思いましたね。

 ただ、私には相手を"殺気で喰いつくす"っていうのはできないので、相手を蹴落とすんじゃなくて、その上を行くっていう自分なりの集中力を持ちたいなと。自分に合った"集中"を確立できたと思います」

──清水選手やオランダの金メダリストたちは、小平さんにとってどのような存在ですか。

「憧れではなくて、リスペクトの対象なんだと思います。憧れだと『わ〜、すごい』で終わってしまうと思うんです。こういう人になりたいとも思わないです。ただ、そうした人たちが持つ術(すべ)を身につけたい。

 それはスポーツ選手に限らず、リスペクトする人たちがどう思っているのかを想像してみる力というか。そこに入り込むというか。本人にはなれないんですけど、『この人だったらどう考えるんだろう』って、イメージを膨らませてみることを大事にしています」

──来年、北京冬季オリンピックが開催されます。北京の位置づけは?

「今の延長線上に迎えられるものなのかなと思っています。昨シーズンは悩んだ部分があって、思い通りの結果につながらなかった。ですが、4月からの状態の変化を見ると、シーズンが来て氷に乗った時に、『面白くなりそうだな』という手応えがあります。そこを氷の上で自己表現したい。

 その舞台が普段練習しているエムウェーブ(長野市オリンピック記念アリーナ)だったり、ワールドカップだったり、あるいはオリンピックのようなザワザワと鳥肌がたつような雰囲気の中だったりというところにあるのかなと。あまりこう、2連覇とかは......(笑)」

──最後にもうひとつ。信州大学に入るときに、学校の先生にもなりたかったと言われました。もし、今、中学校の先生になれたとしたら、生徒たちにご自身の学びをどのように伝えたいですか。

「準備されたカリキュラムをこなすだけの学びではなく、その子たちを前にしたときに起きる出来事に対して、声をかけたいですね。自分の学びを伝えたいというよりは、その子たちが悩んでいることだったり、目指していることに取り組む表情に触れた瞬間だったり、そうした生きた学びっていうのを大切にしていけたら、その子たちにとってもいいし、私にとっても充実した日々になると思います」


Profile
小平奈緒(こだいら・なお)
1986年5月26日、長野県生まれ。相澤病院所属。3歳からスケートを始め、信州大学在籍時代より結城匡啓コーチに師事する。卒業後、2009年に相澤病院に就職。同年の全日本スピードスケート距離別選手権500、1000、1500mで三冠。2010年バンクーバーオリンピックの団体パシュートで銀メダルを獲得。2018年平昌オリンピックでは500mで金メダル、1000mで銀メダルを獲得した。

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