ちばてつや、23年ぶりの短編集刊行で初めて明かす“戦争体験” 「迷いながら描いた」と吐露

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2021年08月02日 17:00  AERA dot.

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写真ちば・てつや/1939年、東京生まれ。両親とともに旧満州・奉天(現中国・遼寧省瀋陽)に渡り、終戦の翌年、中国から引き揚げる。56年、単行本作品でプロデビュー以来、さまざまなジャンルで活躍を続ける。公益社団法人日本漫画家協会会長(撮影/写真部・高野楓菜)
ちば・てつや/1939年、東京生まれ。両親とともに旧満州・奉天(現中国・遼寧省瀋陽)に渡り、終戦の翌年、中国から引き揚げる。56年、単行本作品でプロデビュー以来、さまざまなジャンルで活躍を続ける。公益社団法人日本漫画家協会会長(撮影/写真部・高野楓菜)
 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

 漫画家・ちばてつやさんの自伝的作品をおさめた23年ぶりの短編集『あしあと ちばてつや追想短編集』が刊行された。太平洋戦争敗戦後、中国・旧満州からの引き揚げ体験を描いた「家路1945−2003」。漫画家デビュー時の謎の体調不良の日々を振り返る「赤い虫」、トキワ荘グループとの交流のきっかけとなった、ある事件とその顛末をめぐる「トモガキ」──貸本漫画から少女漫画、そして少年、青年漫画へと戦後漫画史とともに歩んだ著者の短編漫画4作がカラーページも含め完全収録されている。ちばさんに、同著に込めた思いを聞いた。

【写真】『あしたのジョー』の憂いは少女マンガにルーツあり

*  *  *
「なぜ自分は漫画家になったのだろうか──と考えると、満州から引き揚げてきたときの体験のせいかもしれない、と、振り返って思うんです」

 今なお熱狂的な読者を獲得し続けている『あしたのジョー』をはじめ、数々の名作漫画を発表してきた、ちばてつやさん(82)。

 戦後、貸本漫画からデビューし、少女漫画、少年漫画、そして青年漫画へと、戦後の漫画史と歩みをともにしてきた存在だ。本書はちばさん自身の引き揚げ体験を描いた「家路」をはじめ、戦後漫画史の様子を生き生きと伝える自伝的な作品4編をおさめた、23年ぶりの短編集だ。同時期に出版した『ひねもすのたり日記4』では、戦争体験とともにコロナ禍の出来事も描いている。

「『家路』は戦後60年の節目として依頼されて描いたものです。自分の重く、つらい体験は、それまで描かないようにしてきました。漫画は娯楽、楽しんでもらうためのものですから、読者に読んでもらって面白いと思ってもらえるか自信がなかった。『家路』では、絵で少し息がぬけるようにはしましたが、すべて本当のことですし、迷いながら描いたんです」

 引き揚げの途中、父の同僚だった中国人の屋根裏部屋に匿ってもらった。

「日本人がいることが、バレてはまずいので、静かにしていなくてはならなかった。でも弟たちは小さいからわからない。それで持っていたヤレ紙に、鉛筆で絵とお話を描いたら、『次はどうなるの』って、喜んでね。それまでは自分が楽しむために絵を描いていたけれど、人に見せて喜んでもらったという原点が、あの屋根裏部屋にあったのかもしれません」

 本書で圧巻なのは、会ったこともないトキワ荘のメンバーと、思わぬ交流が生まれる「トモガキ」だ。

 締め切り直前に大怪我を負ってしまったちばさんの代わりに、石ノ森章太郎、赤塚不二夫といった若き漫画家たちが、ちばさんの絵柄に寄せて、別冊付録1冊分の原稿を仕上げることを引き受ける。

「私は長男だから家を出られなくて、トキワ荘が羨ましかったんです。みんなに迷惑をかけたのに、それをきっかけに仲間に誘ってくれてね。同人誌『墨汁一滴』に参加したり、運動会やイベントをやったり、楽しかったな。そう思うと、大変なことつらいことは節目になりますね。竹と一緒で、きつい節目があるからさらに上に伸びることもできる。私はたくさんの人に恵まれてきました」

 今でも作品を描き続けている、ちばさん。

「自分が描いていたものを喜んで読んでほしいから、『読んでもらうためにどうしたらいいのか?』と、今でもけっこう悩みます。新しく描く作品は、いつでも初めて描くもの。年寄りの漫画家の人生をゆっくりでも、自分の歩幅で描いていきたいですね」

(ライター・矢内裕子)

※AERA 2021年8月2日号

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