京大、名大、一橋大から東京五輪代表に 国立大出身の「文武両道」アスリート

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2021年08月04日 10:00  AERA dot.

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写真名古屋大出身の鈴木亜由子選手(左)と京都大出身の山西利和選手 (c)朝日新聞社
名古屋大出身の鈴木亜由子選手(左)と京都大出身の山西利和選手 (c)朝日新聞社
 東京五輪代表の出身大学は、スポーツ推薦制度やアスリート育成環境が整った私立の伝統校が多い。

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 一方、数は少ないが、国立大出身の代表選手もいる。東京2020大会の出場選手のうち、国立大出身者は35人(判明分)。このなかから、何人かの「文武両道」アスリートを紹介しよう。

 陸上の鈴木亜由子選手は名古屋大出身だ。愛知県立時習館高校出身でインターハイに出場しているが、8位入賞が最高で目立った活躍はしていない。時習館高校は地元の進学校として知られ、2021年、名古屋大に33人の合格者を出している。勉強と陸上の両立について次のように話す。

「とにかく集中力です。時間を無駄にしないことじゃないでしょうか。少しでも時間があれば何かしていました。集中して、コツコツ継続することだと思います(「PRESIDENT Online」2019年9月25日)

 大学に入学してからメキメキと頭角を現し4年でユニバーシアードに出場し、女子1万メートルで金メダルをとっている。日本郵政グループに入社後も好成績を出し、16年のリオ大会に出場した。名古屋大からの代表は、1932年大会で名古屋高等業学校(戦後、名古屋大経済学部に継承)の学生だった羸鄒菊鷸瓠紛ケ法飽瞥茲噺世錣譴討い襦N詭攸手も経済学部である。

 2020年1月、鈴木選手は陸上関係者にこんなLINEを送ったという。

「金メダル目指して、やることはやったという気持ちでスタートラインに立てるように努力します」(朝日新聞2020年1月17日)

 一橋大出身者では、ボート、シングルスカルで荒川龍太選手が選ばれた。同大学の五輪の歴史をさかのぼると、100年前の1920年、24年大会において、前身の東京高等商業学校からテニスで代表が出ている。戦後は1964年大会、2016年大会に、いずれもボート競技で出場した。荒川選手で3人目になる。

 荒川選手については、「聖光学院中高、一橋大出身の五輪ボート代表・荒川龍太選手『勉強と同じで努力が数字でわかる』」(AERA dot. 2021年7月23日)で詳しく紹介しているが、神奈川県の難関中高・聖光学院の出身で、一橋大入学後にボートを始めている。ボートを始めたきっかけをこう語っていた。

「一橋大に入ったころ、体育会バスケットボール部かバスケットボールのサークルか、どちらに入ろうか悩んでいたとき、ボート部(端艇部)の勧誘につかまりました。部のブースで説明を受け、ボート部のPVを観たのですが、これがかっこいい映像で、感情に訴えかけてくるものがたくさんあったのです。感動で押し切られる内容で、これならできると思った。そして大学日本一を狙えるというところに大きな魅力を感じ、やる気になりました」(同前)

 競歩の山西利和選手は、京都大の出身だ。京都市立堀川高校出身。競歩は同校に入学してからはじめ、高校3年のとき世界ユース1万メートル競歩で優勝している。

 2014年に現役で京都大工学部物理工学科に進み、17年、大学4年のときユニバーシアードの20キロ競歩で金メダルを獲得した。大学の卒業論文は「空間同定法を用いた信号の周波数推定」。卒業後は愛知製鋼へ入社し競技を続けた。19年世界陸上選手権男子20km競歩で優勝している。高校、大学、社会人で世界一を経験したサラブレットである。

 京都大受験について、こう振り返っている。

「秋、冬まで、ずっとE判定(合格可能性20パーセント程度)でした。夏のインハイや国体に出ると、本格的に勉強できるのは3年の2学期以降になるので、多少の焦りはありました。ただ、いきなり背伸びをして過去問に手を出すよりも、基本的なところを押さえる必要があるなと。(基本的な問題で)取りこぼしをしないように、特に物理と化学は11月くらいまで、基礎固めに時間を費やしていた記憶があります。その結果、京大の過去問に取り組むのは初冬頃からになりましたが、基礎を固めたおかげで、年末以降はまたC判定が出るようになりました」(「web Sportiva」2021年6月27日)

 岩手大出身では、競歩で高橋英輝選手が出場する。岩手県立花巻北高校時代から競歩を始めた。大学入学後に力をつけて、4年のとき日本選手権20キロメートル競歩で日本新記録で優勝している。富士通に入社後はさらに技量を磨き、日本選手権2連覇を飾って、16年リオ大会で代表となった。岩手大初のオリンピック選手である。結果は42位だった。その後、国内敵なしで、東京2020大会を迎えた。

 横浜国立大出身で代表となったのが、陸上女子100メートル障害の木村文子選手だ。2012年ロンドン五輪に続き、2大会目の出場となる。広島県立祇園北高校出身。横浜国立大からオリンピック代表になった選手には、1988年大会のヨット・高橋雅之さんがいた。

 木村選手はなぜ、横浜国立大に進んだのだろうか。

 同大学陸上競技部で木村さんの3年先輩にあたる、大学スポーツサイト「4years.」編集部の松永早弥香さんが次のように記している。

「(横浜国立大学陸上競技部は)強豪校のように指導者が鍛え上げるのではなく、学生自身がメニューを考えて部を運営するような、一人ひとりの自主性を重んじる方針だ。3年生が主将となり、幹部として部を率いるのも特徴のひとつだろう。強豪校から声をかけられていた木村が横浜国大を選んだのは、その雰囲気が自分に合っていると思ったからだ。(略)

 木村は入学する前、四つの大学の陸上部を見学した。初めて横浜国大を訪れた日のことはいまでも覚えている。『広島から来たの? すごいね』と部員に言われ、『絶対入って!』と歓迎を受けた。『推薦入試を受けるなら、対策を手伝うこともできるよ』と声をかけてくれた部員から後日、過去問が届いた。『自分もやってもらったことだから』という言葉からも、仲間意識が強い部だということが伝わった。見学で感じたアットホームな雰囲気は、入部後も違和感なくすっと肌になじむものだった」(朝日新聞「4years.」2018年12月2日、https://4years.asahi.com/article/11973402 )

 国立大学からも優れたアスリートが生まれ、世界と互角にたたかっている。国立大学で競技に打ち込む学生にとっては、大きな励みになるはずだ。

(文/教育ジャーナリスト・小林哲夫)

<後編「筑波大から東京五輪に24人が出場 スポーツに強い国立大学は?」に続く>

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