卓球アニメ『ピンポン』が突きつける“才能の壁” 全ての選手に語るべき物語がある

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2021年08月04日 10:01  リアルサウンド

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写真『ピンポン STANDARD BOX』(c)松本大洋/小学館 (c)松本大洋・小学館/アニメ「ピンポン」製作委員会
『ピンポン STANDARD BOX』(c)松本大洋/小学館 (c)松本大洋・小学館/アニメ「ピンポン」製作委員会

 暑い夏が続いているが、この時期になると見返したくなるアニメが湯浅政明監督の『ピンポン』だ。


 1996〜97年に描かれた松本大洋の同名漫画を2014年にテレビアニメ化した本作は、ペコ(星野裕)とスマイル(月本誠)という二人の卓球選手を中心とした青春群像劇だ。


【動画】「ピンポン」ダイジェスト動画


 物語は、幼い頃から卓球選手として活躍する明るく天真爛漫なペコと、ペコの後ろに隠れて感情を表に出さない機械のようなスマイルの対比から始まり、中国からの留学生・孔文革(コン・ウェンガ)、名門・海王学園卓球部部長で高校生最強の選手と噂されるドラゴン(風間竜一)。ペコとスマイルの幼なじみで風間に憧れ、ペコに強いライバル意識を持つアクマ(佐久間学)といった卓球選手と戦うことで、二人が選手として変化していく様子を丁寧に追いかけている。


 才能はあるが努力を怠ったペコに対し、卓球部顧問の小泉に見いだされたことで、才能を開花させていくスマイル。そして孔もドラゴンも才能を見抜いたのはスマイルであり、ペコを意識しているのはアクマだけ。そんなアクマに卓球で負けてしまったことをきっかけに、ペコは絶望のどん底に陥っていく……。


 「才能の壁」というスポーツ選手にとって何よりも辛い現実を、本作は容赦なく突きつけてくる。選手たちの敗北が、こんなにも残酷かつあっけなく描かれるスポーツ漫画は他にはないだろう。物語は「負ける側」の視点で描かれることが多く、圧倒的な才能の前に潰される選手のモノローグが最大の見せ場となっている。


 その意味で本作は、負けゆく者たちを描いた物語だったとも言える。


 『ピンポン』(小学館)は全5巻の中で卓球にかけた高校生たちの青春を一気に描ききっており、井上雄彦のバスケ漫画『SLAM DUNK』(集英社)と並ぶ90年代を代表するスポーツ漫画の金字塔だと言えるだろう。


 アニメ版『ピンポン』は、連載終了からかなり時間を経てから映像化された。2002年にはCG監督として知られた曽利文彦が監督、宮藤官九郎が脚本を担当した実写映画が作られている。どちらも連載終了からだいぶ経ってから映像化されたが、古さは感じなかった。むしろ時を経たことで、尖った絵柄と漫画表現の先鋭性の裏で見えにくかった王道スポーツ漫画の必勝プロットが詰め込まれた物語の持つ「普遍性」がより伝わりやすくなったと言える。
そのためアニメ版も基本的なストーリーは漫画と同じ流れで進むのだが、原作漫画とシンクロする部分と、細かく改変されている部分がある。


 まず演出についてだが、本作では画面が細かく分割される「スプリットスクリーン」という手法が多用されている。この見せ方は、映画やアニメにおいては特殊な映像テクニックだが、コマ割によって時間の流れを見せていく漫画の手法を映像に落とし込んだと考えれば納得がいくものだ。何より卓球の試合において超高速で行き来するボールのスピード感を再現されており「漫画の映像化」という意味では完璧に近いアプローチだったと思う。


 面白いのは、松本大洋の作品がとても漫画的だということにアニメを経由すると気付かされることだ。揺れる線で写実的に人間を捉える独特の絵柄と内省的なストーリーゆえに、漫画の世界では異端の才能として捉えられている松本大洋だが、他ジャンルで映像化されると、むしろ漫画的な部分が際立つのは面白い現象だと言えるだろう。


 ではストーリーの見せ方はどうだったか? 前述したように物語の流れは同じなのだが、物語から受ける印象はだいぶ異なる。


 ペコやスマイルの内面に同調して描かれた本作には海の底に沈んでから空高く飛翔するような深さと高さがあるが、周りが見えていないという世界の狭さがある。


 卓球に人生を捧げるあまり視野狭窄になっていく選手たちの内面と同調するかのような閉塞感が鬼気迫る迫力を漫画に与えているため全否定はできないが、これは作品が抱える弱点だ。


 対してアニメ版では選手たちの戦いの外側にいる人々の群像劇としての要素がより強まっている。一部の天才だけではなく、その周辺にいる平凡な選手たちや彼らを取り巻く家族や恋人の描写を深めることで「卓球だけが全てではない」という人生観が強調されているのだ。


 中でも最大の違いは、風間百合枝というオリジナルキャラクターの存在だろう。ドラゴンの従姉の百合枝は、ストイックに卓球に邁進する『ピンポン』の世界においてもっとも異物感のある女性だ。そんな彼女が違和感として残り続け、卓球選手たちの物語と同時進行で最終的に意外な場所に辿りつくことが、作品世界に大きな広がりを与えていた。


 漫画同様、スポーツの残酷さを描きながらも、アニメ版には優しい空気が漂っており、どの登場人物にも何らかの救いが用意されている。


 勝った選手にも負けた選手にも、そして選手たちの取り巻く全ての人々に語るべき物語はあるのだと『ピンポン』は教えてくれる。


 オリンピックで賑わう暑い夏だからこそ見返したい作品だ。


(成馬零一)


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