中森明菜『十戒』の作詞家・売野雅勇が語る、ユーミンとの“ブッキング騒動”の真相

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2021年08月04日 19:00  週刊女性PRIME

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写真1984年に行われた第3回『メガロポリス歌謡祭』で見事ポップス・グランプリを受賞した中森明菜
1984年に行われた第3回『メガロポリス歌謡祭』で見事ポップス・グランプリを受賞した中森明菜

『十戒(1984)』のメロディーには俺が作る前に、ユーミンが書いた歌詞が付いていたんだよ。すごくいい歌詞だったみたいだけど、方向性が違ったからボツにしたんだって。俺も(その歌詞を)見たかったんだけど、ディレクターがちゃんと読ませてくれなくて。どうしても、ってお願いしたら最初の1、2行だけ教えてくれた。『ガードレール に腰掛けて、ポニーテールをほどいた』みたいな歌詞だったかな。“中森明菜”を意識してカッコいいでしょ?」(売野雅勇・以下同)

 そう語るのは、作詞家の売野雅勇『少女A』『1/2の神話』『禁区』など、中森明菜の初期のヒット曲を手がけた彼が、『禁区』以来3作ぶりとなる『十戒(1984)』を作詞したときのエピソードだ。当時、彼女のディレクターを務めた島田雄三からは、「次のシングルは強い女性路線で」と売野が発注を受けていたところ、作曲を担当した高中正義が、自身の判断で松任谷由実と話を進めていたらしい。つまり、発注の段階で何らかの誤解が生じ、作詞の依頼が重複していたそうだ。

“明菜ビブラード”が響く攻めの1曲

 売野が書いた『十戒(1984)』は、軽いノリの男子に対し《愚図ね》《過保護すぎたようね》《発破かけたげる》《限界なんだわ 坊や》と歌い、ラストに《イライラするわ》でトドメを刺すという、現代ならパワハラだとも言われそうなほど攻撃的なフレーズが続く。ちなみに、タイトルを“じっかい”ではなく“じゅっかい”と読ませたのは、単に売野がそう読むのだと思っていただけで、特に思い入れはなかったとのこと。

「これは、高中さんの曲に俺が後で歌詞をつけたんだ。ギターのインスト曲みたいなカッコいい作品がすでにできあがっていたから、言葉は当てにくかったかな。でも、『十戒(1984)』は強い言葉で相手を切り続けるようなサディスティックな内容だから、割とすぐに完成したよ。こういう路線はメチャクチャ得意なんだよね(笑)。実際、わずか2、3時間で書きあげちゃった。

 当時ちょうど、河合奈保子さんのレコーディングでロサンゼルスに連れていってもらったのだけれど、時間が余っていたからメキシコに遊びに行って、その滞在中に余裕で仕上げちゃったくらい。この歌詞に出てくるような言葉のアイデアは、コピーライター時代に鍛えられたのかもしれないね。もちろん、明菜ちゃんが歌う前提で書いたんだよ!

 当の明菜も、いつも以上に緩急をきかせ「イライラするわ〜〜〜!!」と強めのビブラートで熱唱。さらに、レースを基調としたスカートやノースリーブのシャツ、手袋にショートブーツなど全身黒づくめの衣装をまとい、あえて笑顔を封印してパフォーマンスするなど、当時19歳にして、その確かなセルフプロデュース力を最大限に発揮した。しかも、クールな雰囲気で歌い終わったあとに満面の笑みを見せる姿も、今ならば“ツンデレ”と言われそうなほど魅力的に映ったことだろう。

 その結果、発売1週目と4週目にオリコン1位を獲得し、レコード売り上げは累計61万枚以上で年間6位を記録。有線やラジオ、はがきリクエスト状況を総合して順位を決める『ザ・ベストテン』(TBS系)では5週連続で1位となり、年間8位にもランクインするなど、いずれも売野が手がけたシングルの中で最高レベルを誇る人気曲に。しかし、売野が明菜に手がけた曲はこれが最後となった。

「明菜ちゃんがセルフプロデュースに目覚めてきたことで、コンセプト重視で進めてきたディレクターさんが、彼女のことをコントロールしづらくなってきたみたい。もちろん、その要因は、俺の歌詞にもあるんだろうね。でも『十戒(1984)』や、その前の『禁区』の歌詞も、本人は好きだと聞いていたよ。カッコいい曲ばかりだから、もちろん俺も大好きだね。自分の作詞曲を集めた35周年記念のCD BOX(『Masterpieces〜PURE GOLD POPS〜』)にもたくさん入れるつもりだったんだけど、レコード会社のスタッフ間で行き違いがあったようで、入らなかったのが残念で」

中森明菜に今だから書きたい曲は

 その後、明菜はそれまで自身のヒット作を支えた作家の起用を極力避け、異国情緒のある楽曲や、都会で暮らす大人の女性を象徴した楽曲などに挑戦する中で、衣装や振りつけも含めたプロデュース能力を発揮。女性アイドルというより、1人のアーティストとしての才能を開花していった。

 そこでの明確なコンセプト作りには、初期に売野作品を歌ったことも多分に影響しているだろうし、売野のほうも明菜作品を手がけたことで、荻野目洋子の『六本木純情派』『さよならの果実たち』など、女の子の孤独と純情が裏表一体となった作品でも成功を収めたのだろう。

 明菜のことを、売野はどう見ていたのだろうか。

「彼女のような女の子は、ギリギリのところで生きていると思う。自分の許容量と振れ幅のバランスが取れていない部分があるから、かまってあげたくなるんだ。今50代となった明菜ちゃんに、また何か書いてみたいね。彼女はきっと、戦争みたいな日々もくぐり抜けてきたわけでしょ。さまざまなことを経験してきた彼女だからこそ、“人生には生きる価値があるんだ”というような歌詞を。

 明菜ちゃんは、俺が主人公(=明菜)を想像して書いた物語を遥かに超えていくからね。歌の中で1人の女性がリアルに動いているのが、声色や言い回しのひとつひとつから感じとれる。あれは、計算というよりも本能で表現しているんじゃないかな。天才的だよね

(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)

【PROFILE】
うりの・まさお ◎上智大学文学部英文科卒業。 コピーライター、ファッション誌編集長を経て、1981年、ラッツ&スター『星屑のダンスホール』などを書き作詞家として活動を始める。 1982年、中森明菜『少女A』のヒットにより作詞活動に専念。以降はチェッカーズや河合奈保子、近藤真彦、シブがき隊、荻野目洋子、菊池桃子に数多くの作品を提供し、80年代アイドルブームの一翼を担う。'90年代は中西圭三、矢沢永吉、坂本龍一、中谷美紀らともヒット曲を輩出。近年は、さかいゆう、山内惠介、藤あや子など幅広い歌手の作詞も手がけている。

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  • YMOの「過激な淑女」も元は中森明菜に提供されたものだったが、却下不採用になったのでYMOでリリース。それにしても「ミ・アモーレ」は松岡直也さんだけど、サンバVerが…
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