三浦龍司が3000m障害で見せた信じられない走り。「パリ五輪でのメダル獲得」に近づいた

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2021年08月05日 11:11  webスポルティーバ

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 東京五輪前には「目標は2024年パリ五輪でメダル争いに絡むこと。東京五輪ではその可能性の片鱗を見せられればと思います」と話していた三浦龍司(順天堂大)。3000m障害に出場し、その言葉以上の活躍で爪痕をしっかりと残した。




 シニアに上がり、世界のトップと走るのは初めてとなった五輪の舞台で、三浦は落ち着いてレースに臨んでいるように見えた。予選のレースでスタート直後から集団の中で3番手につけた三浦は、1周を過ぎてから少し前に出たが、すぐに集団に追いつかれた。先頭の1000m通過は2分42秒6と速めの展開になったが、5、6番手をキープ。残り1周の鐘が鳴ってからは、先頭を走るラメチャ・ギルマ(エチオピア)にしっかり食らいつき、2位でゴールした。

 記録は自身が6月の日本選手権で出した日本記録を更新する8分09秒92。決勝進出とともに目標にしていた8分台ひと桁のタイムを出し2位通過。日本人では1972年ミュンヘン五輪以来となる決勝進出を果たした。

「すごく緊張していましたが、スタートのピストルが鳴ったら集中できました。最初の1000mは(ペースが)速くて、周りの選手にうまく連れて行ってもらえた感じでした。2000m過ぎからは切り替えることができ、最後は一杯いっぱいだったけど、他の選手の出方を警戒しながら落ち着いて走れました」

 決勝ではどんな走りを見せてくれるのか、期待が高まるレースだった。五輪の決勝は、記録よりも順位を狙うレース展開になるが、そういったレース経験がない三浦は、前半は体力を温存させてラスト1000mに勝負をかけるだろうと思われた。

 だが、500mを過ぎてから先頭に立つと一時、集団に差をつける走りをした。その走りを三浦はこう振り返る。

「少し遅いかなという感覚になってしまったので、集団に揉まれて障害を越えるより、前で走ったほうがいいかなと思って出ました。ただ、最初の1000mは2分50秒1と少し速くなってしまったので、あそこは少しミスかなとも思います。それでも最後はしっかり走りを切り替えることができたし、粘れたのでまずまずだったかなと思います」

 1100mまでは先頭を走ったが、そこから周りがペースを上げてくると、三浦は少しずつ順位を下げた。これまでの長距離レースで、前半から前に出て引っ張った日本人選手の多くは、集団に飲み込まれるとそのままズルズルと後ろに下がっていくパターンが多かった。しかし三浦はそこでも、これまでとは違う走りを見せた。ラスト1000mの競り合いが始まって前4人が抜け出したところに続く集団の後方で粘り続けた。

 ラスト1周の鐘が鳴った時は10位。入賞の夢は潰えたかに見えたが、そこでもう一度粘れるのが三浦の本領であり、強さだ。ラスト1周400mは61秒5で走って順位を上げた。特に、水濠を越えてから最後の100mは、スパートをかけて前を行く2人を抜き去る、という信じられない走りを見せた。

「最初の1000mをもう少し落ち着いていけていたら、結果も変わったのではないかと思います。でも、それはどちらに転ぶかわからないことだから、今日のレースはこれでよかったと思います。2000m通過から切り替えるということはできたし、最後は全力で余力もなかったけど、うまく体を動かせたことが入賞という結果につながったと思います」

 ペースが強烈に上下するような展開にはならなかったが、世界のラスト1000mの激しい順位争いを自分の体で体感できたことは大きな収穫だ。それとともに、その先の目標だと考えていた入賞や、8分ひと桁の記録を実現したことについてはこう話す。

「これからも向上していくということは変わらないですが、これからは上昇していく伸び率も変化してくると思うので、自分とじっくりと向き合っていかなければいけないと思います。今回は8分ひと桁の前半のタイムを持っていないと、実力的にもレース的にも勝つことはできないと感じたので、しっかりと走力を上げなければいけないと思いました」

 今大会の三浦の活躍が、日本ではマイナーと言われる3000m障害という競技の魅力を広めるきっかけになったのは間違いないだろう。

 大会前のインタビューで「3000m障害は楽しくて、好き」と語っていたように、東京五輪での経験を踏まえ「3年後のパリ五輪でのメダル獲得」という目標に向けて、これからも楽しみながら成長していってほしい。

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