新連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2021年8月のベスト国内ミステリ小説

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2021年09月12日 10:01  リアルサウンド

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書評家が選ぶ8月のベスト国内ミステリ

 全域が見渡せないほどに巨大化し、売り物の多様化が進んだ何でも屋。つまりは幹線道路沿いに建ったメガ・ドンキみたいになっちゃったのが現在の「日本ミステリー」というジャンルだと思います。


 常連さんならいいのだけど、一見の自分には好みの作品を探すことができないよ、というあなたのために。これから毎月、6人の書評家が、自分の一押し作品をお薦めする読書ガイドをお届けします。


 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を1人1冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。さあ、2021年8月はどんな作品がお薦めだったのでしょうか。(杉江松恋)


(参考:【画像】実話怪談作家が遭遇した4つの謎を辿る……


■野村ななみの1冊:『影踏亭の怪談』大島清昭(東京創元社)


 怪談とミステリの微妙な差異を活かしつつ、極限まで融和させた作品である。実話怪談作家の呻木叫子(本名・梅木杏子)が遭遇した4つの謎を、現場に居合わせた梅木の視点と〈呻木の原稿〉双方から辿る。一癖ある構成により、怪談とミステリの違いが浮き彫りとなってゆく。ただし、第一話は例外的に弟の視点で話が進行する。物語早々に杏子は、両瞼を自分の髪で縫い合わされた姿で発見されるからだ。


 また、四篇を読むことで見えてくる意外な背景にも注目。それらは怪異・人の業どちらに起因するのか、ラスト一行を眺めながら考えていた。


■千街晶之の1冊:『機龍警察 白骨街道』月村了衛(早川書房)


 ミャンマーで展開される「21世紀のインパール作戦」と、日本で進行する経済犯罪の裏から見え隠れする底知れぬ闇。このご時世に読むと、「この国はね、もう真っ当な国ではないんだよ」という特捜部の沖津部長の述懐が読者の胸に突き刺さること間違いなしである。著者が近年『東京輪舞』や『悪の五輪』などで磨いてきた「実在の人物・事件を架空の物語に絡ませる虚実皮膜の手法」が、「機龍警察」シリーズでこれほど効果を上げるとは予想していなかった。フィクションの力で現実と切り結ぶ月村了衛の凄絶なまでの覚悟が窺える傑作だ。


■若林踏の1冊:『シンデレラ城の殺人』紺野天龍(小学館)


 わはは、これは愉快だ。継母や義姉のいびりを屁理屈で切り返す逞しいシンデレラが、自身に掛けられた王子様殺しの嫌疑を晴らすべく裁判で推理を繰り広げる。童話を題材にした謎解き小説はこれまでも多く書かれているが、なんと本作はあの「シンデレラ」とゲーム「逆転裁判」のような法廷バトルの要素を掛け合わせた物語になっているのだ。奇抜な設定に溺れず謎解き部分が緻密に練られている点も良い。おまけに強くて図太いシンデレラとツンデレな義姉の掛け合いという、前代未聞のパロディが用意されるなどユーモアもたっぷり。満足です。


■酒井貞道の1冊:『パラダイス・ガーデンの喪失』若竹七海(光文社)


 若竹七海が絶好調である。語り口はユーモラスで、登場人物が活発快活に動き回る。身元不明の遺体が個人庭園で見つかる事件を皮切りに、住民たちのドタバタ群像劇を縦横無尽に描き尽くす。ただし登場人物の描き方はビターにしてスパイシー。ダメなところ、身勝手なところに容赦なくフォーカスし、彼らが抱えるストレスも遠慮なく抉る。しかも今回は謎解きの味付けが濃厚で、終盤では、隠された意外な事情が、数珠つなぎに姿を現わす。伏線が緻密なので、この「数珠」が本当に工芸品めいていて、美しい。新たな代表作の登場と評価したい。


■藤田香織の1冊:『君が護りたい人は』石持浅海(祥伝社ノン・ノベル)


 想いを寄せる女性が20歳も年上の男と結婚を決めた。男は中学2年生で両親を亡くした彼女の後見人で、15歳の頃から関係があったという。友人の三原から、彼女を護るために男を殺すと打ち明けられた弁護士の芳野は、仲間たちが集うキャンプでその犯行を見守る役目を担う。いつ殺るのか。どの方法を選ぶのか。語り手の芳野と同じように読者も緊張し、ハラハラしながら先を読むことになるのだが——。うわぁ——!! と驚嘆しつつも、ほんとそれな! と共感同意必至の展開が巧い、憎い、嫌らしい。考えることを考える楽しさを堪能できます。


■杉江松恋の1冊:『時空犯』潮谷験(講談社)


 チェンジ・オブ・ペースがあるミステリーが好きなのである。『悪魔の手毬唄』で金田一耕助が「僕は岡山に行ってこようかと思います」って言いだすやつ。無駄そうな回り道が意外な展開を呼ぶという技法だ。この小説はそれをやる。とんでもない規模の回り道なのだ。岡山どころじゃない。その回り道で手がかりが揃うわけである。急いで書くと、本作は同じ一日が何度も繰り返されるというSF的趣向の話なのだが、最後に披露される推理は証拠といい論理の組み立てといい地に足がついたもので、まるで昭和のミステリーだ。そういうところが好き。


 というわけで初回から6人ばらばらという結果になりました。いやー、気が合わない。でもこの調子で自分の好みだけを頼りに突っ走っていきましょう。また来月。


■書評子(掲載順)
野村ななみ……「週刊読書人」編集
千街晶之……ミステリ評論家
若林踏……ミステリ書評家
酒井貞道……書評家
藤田香織……書評家、エッセイスト
杉江松恋……ライター


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