豪雨の被災地牴論遒料歃畊颪肪任蕕譟沈響櫂薀侫謄ングという奇策 熊本の球磨川「人が去ってく」

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2021年09月17日 07:00  ウィズニュース

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写真熊本の球磨川での清掃ラフティングの様子。ボートはすぐがれきで一杯になった=ランドアース提供
熊本の球磨川での清掃ラフティングの様子。ボートはすぐがれきで一杯になった=ランドアース提供

熊本県の球磨川で年間5万人の観光客を呼び込んでいた「ラフティング」が、昨年7月の豪雨災害以来、いまだ全面再開には至っていない。豪雨の時に川に流入したがれき類が危険だからだ。ラフティング業者の老舗、「ランドアース」は9月から、ラフティングを楽しみながら、流入物を拾う「清掃ラフティング」を始めた。私も実際に体験してみた。

【写真】「漕いで!」「今度は右!」ずぶ濡れ、それが楽しい「一石二鳥」の清掃ラフティング

「ハイ、左の人だけ漕いで」「今度は右」
球磨川中流の球磨村のJR肥薩線渡駅付近から10数キロ下流の鍾乳洞・球泉洞の付近までの定番コースは、その中間あたりの区間でまだ安全が確保されていない。きょうは半分のコースを半日で下る。

ライフジャケットにヘルメット姿でラフティングボートに7人が乗り込み、縁に腰掛けてパドルを漕ぎはじめる。

大学時代カヌー部だったが、ボートと同じ静水の直線コースを漕ぐレーシングカヌーという種類だったので、不規則な波は怖い。

私以外は全員女性。ガイド役2人以外の4人は、水害後のボランティア活動に参加したのが縁で、ラフティングは初めてだというが、私のより度胸が座っている。

「ハイ、左の人だけ漕いで」
「今度は右」
「流れが急になるけど全員しっかり漕いで!」

ガイドの指示で、懸命に漕ぐ。「暴れ川」だけあって、川筋がくねくねとしていて、流れに色んな表情があり、左右に振られる。

岩礁が川のど真ん中にあり、そこに突っ込むようにボートが進むが、ラフティングボートの縁がクッションになり、ガイドのコントロールでするりとかわす。

30分ほどで、右側の小さな岸にボートをつけた。半分は、がれきで埋まっていた。

鉄筋やコンクリート片などもあったが、この日は、素人でも安全な木やプラスチック製の物や、ひも類に限定した。それが、倒れた木に絡まってなかなか外れない。

ガイドにナイフで切ってもらいながらもう一艘のボートに積み込む。ガイドやカヌーで同行した愛好家と10人で作業すると、20分ほどでボートがいっぱいになってしまった。

9月といえども30℃近い気温。少し川の中に身を投げて涼む。本来のコースだと、急流にあえて飛び込ませる余興も盛り込むというが、まだ水中の安全が十分確認されていないので、やれないという。

道路や橋の復旧優先、でも……
再び艇を出し、次々とくる高低差のある瀬を、ざぶざぶ水をかぶりながら下っていく。途中、川の端に車が放置されていた。ガイドの1人は言う。

「ああいう大きな物は私たちでも取り除けないんで、河川管理をしている国交省やって欲しいと頼んでいるのですが」

彼らが部分的にラフティングを再開したのは、豪雨災害から1年も経った今年7月から。被災直後は、周囲の家の土砂撤去などの手伝いをしていた。きょうの参加者も、そこで一緒だった。

3カ月ほどして、ランドアース社長の迫田重光さんが地元の国の出先機関に、河川清掃を頼みにいった。しかし、道路や橋など復旧工事や住宅再建のためのインフラ復旧で手いっぱいだと断られた。

「実際、そうだったとは思うが、清掃して恩恵のあるのは、川下りの業者と釣り人くらいだろうと思われたのでしょう。でも、そうした観光客が来なくなると、旅館も飲食店も影響するんです」とスタッフ。

全国的に地震や豪雨などの災害は頻発しているが、これほど川そのものが観光資源となっている例はなく「川をきれいにしないと、生業の復興がその分遅れ、人がこの町を去ってく」と、迫田さんは話す。

仕方なく、14業者の加盟する村ラフティング協会のガイドたちは、独自に交代で清掃を始めた。それを見ていた国交省も、今年度から川底調査の名目で予算化し、事業が村経由で協会に委託され、少し経済的に補償された。

清掃に参加したいというボランティアたちも現れ、今回の「清掃ラフティング」を9月から毎週日曜日にすることになった。参加者は1人7000円を払う。

ここで暮らしたい、暮らすしかない人々
私たちはそれから、「瀬」と呼ばれる流れの急な場所が何カ所も歓声をあげながら下り、2時間ほどしてコースを終えた。母親と参加し、私の前で「面白い!」と叫びながら漕いでいた、熊本学園大2年、堀田直華さん(19)は県内の大津町から来た。

「ラフティングは前からやってみたかったし、せっかくするなら川がきれいになる方がいいので、一石二鳥だと。まだたくさんごみがありますね」

ボートをみんなで担いで、待っていたトラックに積み、マイクロバスで事務所に戻った。その車窓から見えるのは、土砂は出したものの住める状態でなく廃墟と化している集落や、解体されて更地になっている住居跡、水害時のまま放置され、線路がさび草が生い茂るJR肥薩線……。


東日本大震災から1年2カ月後は、平原に家の土台だけが広がっていたが、球磨川隆流域は、橋や道路がようやく不自由なく通れるようになったほかは、時が止まっているようだった。

一方で、ラフティング業者だけでなく、焼酎蔵や旅館など、水害がまた来るかもしれないがここで暮らしたい、暮らすしかない人々が、懸命に再建を目指している。コロナ禍が落ち着いたら、是非、川を楽しみに球磨を訪れてほしい。

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