日本ハム時代に中田翔を更生させた稲葉篤紀。八重樫幸雄が見たマジメさと面倒見のよさ

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2021年09月17日 11:11  webスポルティーバ

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「オープン球話」連載第83回 第82回を読む>>

【カツノリから聞いた「稲葉獲得」の新事実!?】

――前回に引き続き、侍ジャパン監督であり、ヤクルト時代には八重樫さんもともに汗を流した稲葉篤紀さんについて伺っていきたいと思います。あらためて、1995(平成7)年、ヤクルト入団当時の稲葉さんの印象についてお聞かせください。

八重樫 前回も言ったように、当時の僕は二軍のバッテリーコーチだったから、直接指導をしたわけではないけど、最初に彼を見た時は「細いな」というのが第一印象でした。あと、バッティングを見て「体が固いな」という印象も持ちました。ただ、大学時代はファーストを守っていて、プロ入り後も当初は一塁練習もしている姿を見て、「グラブさばきは柔らかいな」と思ったことは覚えていますね。




――稲葉さんといえば、明治大学在籍中のカツノリ(野村克則)さんの応援に行った野村克也監督が、対戦相手の法政大学在籍中の稲葉さんを見て、「いいバッターだ」ということで指名を決めたという逸話が有名ですね。

八重樫 うん、その話は有名だけど、僕が聞いたのはちょっと違うんですよ。本当かどうかはわからないけど、僕が聞いたのは、野村さんがカツノリに「東京六大学に、誰かいい選手はいるか?」と尋ねて、カツノリが「法政の稲葉さんはいい選手だ」と言ったのを受けて、野村さんが稲葉を見に行って獲得を決めたという話なんですよ。

――そうなんですか! 今度、ぜひカツノリさんに尋ねてみたいと思います。前回もお話に出たように、八重樫さんと稲葉さんが緊密な関係となるのは、1999年に八重樫さんが一軍打撃コーチに就任してからということになるわけですね。

八重樫 そうですね。前回もお話したように、短所は「インサイドの速球に詰まること、振り遅れること」でした。インサイドの速球に振り負けてしまうから、どうしてもそのボールが頭に残っていて、変化球にもきちんと対応できない。変化球を待っていて、ストレートが来たら手も足も出ない。そういう欠点は目立っていました。そして長所は「とにかく練習をやめない」というところでした(笑)。

【トレードマークの「全力疾走」で悩んだ日々】

――多くの人が「稲葉は生真面目だ」と言うのを耳にしました。八重樫さんから見た稲葉さんの性格はどんなものですか?

八重樫 みんなが言うとおり、生真面目ですよ。真面目すぎるから、あれだけの猛練習をするんでしょう。ただ、プライベートはわかりません。アイツは酒は呑まないけど、私生活に関してはノーコメント(笑)。当時、チームメイトだった馬場(敏史)と仲がよくてよく一緒にいて、「稲葉はプライベートでも真面目すぎるぐらい真面目ですよ」と、馬場は言っていたけどね。

――ベンチからライトまで全力疾走でグラウンドに飛び出す姿勢に、稲葉さんの生真面目さが表れている気がしますね。

八重樫 あの姿勢はすばらしかったですよね。でも、そのことについてアイツが悩んでいたことがあったんです。

――稲葉さんは、全力疾走の件で悩んでいたんですか?

八重樫 あるチームメイトから「長いシーズン、あれだけ全力疾走をしていたら1年を通してスタミナが持たないぞ。少し緩めたらどうだ?」と言われたらしいんですよ。そんな言葉なんて無視すればいいのに、アイツは生真面目だから真に受けちゃって、「どうしよう?」と悩んでいたんだよね。

――八重樫さんは、何かアドバイスをしたんですか?

八重樫 何か様子がおかしかったから、「どうしたんだ?」と聞いて事情を理解したので、「いいか、お前の全力疾走を見て、お客さんはあれだけ拍手をしてくれるんだぞ。体に負担がかかるならともかく、そうでないなら気にせずに続ければいいじゃないか」と言いました。その姿勢は、日本ハムに移籍後も続けていたね。

【中田翔を更生させた稲葉篤紀】

――2001年の若松勉監督時代にヤクルトは日本一となりました。あの年は稲葉さんも主軸打者としてチームの躍進に大貢献しましたね。

八重樫 あの頃、バッティングに関してはもう何も問題はなかったです。当初の課題だったインコースの速いボールに対しても振り負けなくなっていたし、バットが内側から出るインサイドアウトも身につけていましたしね。当時、野村(克也)さんは阪神の監督だったけど、稲葉の打撃について、「稲葉、よくなったじゃないか」と言われましたよ。だから「おかげさまで」って僕は答えたんだけど(笑)。

――その結果、日本ハム時代には2000安打を達成し、名実ともに大選手となりました。ヤクルト時代も日本ハム時代も、野球に対する姿勢は常に真摯であり続けたんですね。のちに侍ジャパンの監督となりましたが、稲葉さんのキャプテンシーはいかがですか?

八重樫 先ほどの全力疾走の件もそうだけど、常に全力でプレーをしているから、若い選手たちのいい手本となっていたのは間違いない。ヤクルトを離れた後のことだけど、日本ハム時代には「中田翔にもいい影響を与えているんだなぁ」と思いました。

――そう考えるには、何かきっかけがあったんですか?

八重樫 中田翔の入団1年目だったと思うけど、ヤクルトがキャンプしている浦添球場で練習試合があったんですよ。その時にグラウンドでもずっとボーッとしているというか、まったくヤル気が見られなくて驚いたことがあったんです。でも、翌年のキャンプで見た時にはそれが一変していた。

 よく聞いてみると、稲葉が厳しく指導したらしいんですよね。それを聞いて、「稲葉らしいな」と思いました。だから、今回の中田翔の一件は、稲葉にとってもショックだったんじゃないかな。

――引退時のセレモニーで花束を渡した中田翔選手は泣いていたし、稲葉さんの最後のスピーチでも、「中田翔のことをよろしくお願いします」と語っていましたからね。

八重樫 そういう意味では面倒見のよさもあったし、中田翔が気がかりでもあったのかもしれないね(苦笑)。今回の侍ジャパンのチーム作りでもそうだけど、若い選手に対する接し方、言葉のかけ方、そういうのがうまいんでしょう。

――あらためて、侍ジャパンを優勝に導き、勇退した稲葉さんに言葉をかけるとしたら?

八重樫 まだ彼も若いんだし、これから指導者としてユニフォームを着る機会もあると思います。その時に、侍ジャパンの経験を踏まえて、彼がどんなチームを作って、どんな野球を見せるのか。それを楽しみにして待ちたいと思いますね。

(第84回に続く>>)

このニュースに関するつぶやき

  • 本当の事を言うと、この人に日ハムで再生して欲しかった…
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  • まあ所詮稲葉は星野監督の墓前報告にマスコミを連れていったような人間である。
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