「鉄の女」高市氏か、「母である」野田氏か 自民党の女性リーダーに熱狂できない理由

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2021年09月23日 10:00  AERA dot.

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写真高市早苗氏(c)朝日新聞社
高市早苗氏(c)朝日新聞社
 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、自民党総裁選と女性政治家について。


【写真】マドンナ旋風といえばこの人
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 3連休中、テレビは自民党総裁選のニュース一色だった。この選挙に勝つ人がこの国の総理になるとはいえ、今やるべきニュースは他にあるはず。コロナ対策についても、4人のうち誰ひとり他の国で当たり前のように行われている無料のPCR検査については触れず、Go Toキャンペーンや東京五輪・パラリンピックの強行を反省する姿勢もない。そうこうしているうちに、沖縄は今、世界最悪の感染地域になってしまった。


 もしこの総裁選がコロナ以前だったら。もし第二次安倍政権の誕生以前の日本だったら、自民党総裁選に女性候補が2人出たことを私は「うれしい」と思えただろうか。時代は変わった! と希望を持てただろうか。「自民党の多様性を示すために立候補した」と明言する野田聖子さんのキッパリしたスピーチを聞きながら想像をしてみるが、今は、とてもじゃないが、そんな気にならない。野田さんの背後にぴったり寄り添う、「八紘一宇」発言の三原じゅん子さんの姿を見ながら、多様性とは両極端の意見の人が同じグループで仲良くすることではないのにな、としらけた気持ちばかりが募る。


 そもそも高市さんにしても、野田さんにしても、国のトップに立つ女性のイメージがアップデートされていないことにも驚かされる。高市さんは、「鉄の女」と呼ばれたサッチャー首相を理想としている。野田さんは特定の人をあげてはいないが、「他の3人と比べて私の強み、差別化」の一つに「私は母であります」と語っていた。現役の女性政治家が母になることが長い間許されなかった日本社会で、「母である」女性政治家はそれだけで意味のあることなのかもしれないが、鉄の女か、母なる女かの二択は随分な選択肢だ、というかここはほんとうに2021年なのか?


  世界には今、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相や、フィンランドのサンナ・マリン首相など、鉄の女ぶらなくても、母アピールをしなくても、自分のまま、女のまま、個のままで国民に支持され、信頼されるリーダーがいる。そんな時代を生きる国が、日本の外にはあるのだ。なぜ80年代のイギリスに遡らなければいけないのか。


 


 また野田さんは、不妊治療や生殖医療に関する法案を菅政権の中で推し進めてきた。フェムテックという、女性の健康をテクノロジーでサポートするマーケットにも意欲を燃やし、女性身体にまつわる政策にも熱心だ。とはいえ野田さんが反対の声を封じるようにスピード成立させた生殖補助医療法は、卵子提供ビジネス、ゆくゆくは代理母ビジネスに大きく道を拓くものであり、フェムテックに関しても「(女性のためという)きれいごとではない、経済としてフェムテックに関わりたい」と明言しているようにビジネスの要素がとても強い。野田さんがそういう人というより、女性身体や生命倫理に関わる繊細な問題もビジネスにしなければ政治マターにならないのが自民党、ということなのかもしれない。そういう意味で野田さんは、母であると同時に鉄だ。


 女性が女性のままリーダーになれず、女性を軽く裏切ることが公平であるかのような顔をして、政治信条よりも組織に忠誠を示すことが政治家として優先される政治を、自民党の女性政治家の横顔にみてきた。なぜこうも、女性リーダーのイメージは冷淡なのか。


 フェミニストで政治研究者の岩本美砂子氏による『百合子とたか子 女性政治リーダーの運命』(岩波書店)を読んだ。総理の椅子に最も近づいた2人の女性政治家としての歩みを、女性週刊誌の小さな記事から論文まで膨大な資料をもとに緻密に描きだすものだった。土井さんと言えば89年の「マドンナ旋風」という言葉とセットのように語られる。高市さんなどは当時から“マドンナ”には否定的で、台所から政治を変えるなんてハァ? というような“中高年女性”をバカにする様子が著書からははっきりと窺える。もちろん当時から、高市さんのような視線は決して珍しいものではなかった。それは今にいたるまで土井さんの評伝がほとんど書かれていないことと通じるだろう。この社会に土井さんを政治家として正当に評価する視線が欠けていた。


 


 『百合子とたか子』には、土井さんが本気で女性政治家を増やそうとしていたこと、女性差別法律を変えるために尽力したこと、「マドンナ」と言われた多くの女性議員が、女性運動出身やフェミニスト研究など女性の権利運動に精通していた女性たちであったことなどが記録されている。なにより衝撃を受けたのは、私自身が全く忘れていたことでもあるが、1989年の8月9日、参議院では土井たか子氏が海部俊樹氏を上回った票で内閣総理大臣に指名されていた事実だった。衆議院では海部氏が票を上回ったことから第76代総理大臣は海部氏になるのだが、両院の首相指名が違ったことは1948年以来のことであり、また女性が首相指名されたのも初めてのことだった。


 ページをめくる指に汗が滲む思いになる。もしあの年、1989年の夏に土井総理が誕生していたら……。あれが日本の政治の分岐点、日本の女性の地位の大きな分岐点だったのではないかという想像が止められない。もし土井さんがリーダーになる社会が生まれていたら、もしかしたら小池百合子氏はもっと違うタイプの政治家になったかもしれない。「戦争できる女」をアピールすることがリーダーの素質ではなく、女性の身体を躊躇なくビジネスにできることが経済に強い女性リーダーであるかのような、そんな苦しい選択肢を目の当たりにすることのない2021年だったかもしれない。少なくとも30年前の日本には、人々を熱狂させた明確な女性リーダーのイメージがあったのだ。平和憲法を守ることを使命とし、後続の女性を真剣に育てようとした女性リーダーの姿が。



  1993年の衆議院選挙で、3人の保守女性政治家が誕生した。高市さん、野田さん、田中真紀子さんだ。高市さんは自民党の公認を期待していたが直前で裏切られたため無所属で当選、田中さんも後に入党した自民党に切られ自ら去り、野田氏も郵政民営化に反対したことから選挙区に刺客を送られるというさんざんな目にあう。党にぞんざいに扱われる経験を経ながらそれでも自民党総裁選までたどりついた2人の女性政治家の苦労は私には計り知れないものではあるが、それでも、89年のマドンナたちの明るい希望とはずいぶん遠いところにきてしまったものだなぁと思うのだ。女性リーダーの顔が「鉄の女」系なのが耐えられない。自民党を変えるのではなく、政権を変えたい。政治には軽やかで優しく柔らかい、明るい希望をみたいのだ。


北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表


このニュースに関するつぶやき

  • 土井たか子?あの工作員まがいの奴が総理になっていたら狂ッポー以上のことやらかしていたのは確実だ。
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  • バカだなぁ。高市さんが女性総合診療科を作ると言ってるのは見ないの?これ結構すごいとおもうんだけどねぇ。
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