「10年間、海に沈んでいた車を引き上げる」アーティストが見た被災地 ヘドロに封印されていた車検証

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2021年09月24日 07:00  ウィズニュース

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写真10年ぶりに海底から引き上げられた車両
10年ぶりに海底から引き上げられた車両

東日本大震災から今年10年が経ちました。現在、宮城県石巻と女川では地域復興や振興につながる様々な循環を生み出すことを目指した総合芸術祭「Reborn-Art Festival 2021-22」が開催されています。女川エリアに参加した現代アーティスト加藤翼さんは10年間港に沈んでいた車を地元の住民たち約100人と一緒に引き上げ、その様子をまとめた映像作品を展示しています。10年経った被災地ではいったいどのような変化があるのか、加藤さんに作品を通じて見えてきた現地の空気を教えてもらいました。

【写真】海に沈んでいた時の車、10年の歳月を感じさせる痕跡が…

石巻と女川で行われる芸術祭
東日本大震災から今年10年が経ちました。

まだ復興は半ばという人もいれば、次のステージに進んでいるという人もいます。

そんな今年、宮城県石巻、女川では地域復興や振興につながる様々な循環を生み出すことを目指した、アート・音楽・食の総合芸術祭「Reborn-Art Festival 2021-22」が開催されています。

今年のテーマとは「利他と流動性」。

利他とは自分の利益を中心に考える利己とは異なり、他者のことを考える言葉。しかし、このフェスティバルでは、「人間も自然の一部である」という思想のもと、自然なども含めて「利他」的であることを指していいます。

また、流動性とは、人間、自然、生き物などあらゆるものが流動しており、その中で何を手にして、何を新しく手にいれるのか、ということだと言います。

復興が進む石巻、女川を舞台に総勢23組のアーティストが参加し、このテーマをもとに様々な作品が出展されています。

沈んでいた車を住民と引き上げる
Reborn-Art Festival は被災後7年目から1年おきに石巻で開催されてきましたが、今年から女川も開催場所として加わりました。

女川ではオノ・ヨーコさん、会田誠さんなど著名なアーティストの作品が展示されています。その中でも異彩を放っていたのが現代アーティストの加藤翼さんの作品です。

10年間女川の海底に沈んでいた車を住民たちと引き上げる「引き興し」というプロジェクトの様子をまとめた映像です。

ダイバーが海底に潜っていき、沈んだ車両にロープを引っ掛ける。ロープは地上へとつながっており、クレーンの先に引っかかっている。そして、ロープの先が何本にも分かれており、集まった約100人の住民たちが100本ほどに分かれたロープをもって一気に引き上げる。海水やヘドロなどがたくさん入って重い車両が掛け声と共に一斉に引っ張られて、車両がゆっくりと上がっていく。

ドキュメンタリーのように淡々と映像が流れていきますが、その無機質さとは裏腹に物凄いことが行われている様子が描かれていました。

制作した加藤翼さんは「もともと海の怖さと海の豊かさの両面性を踏まえて、私たちと海との距離を問う作品をつくりたいと思っていました」と言います。

女川は「巨大防潮堤」を作るか否か議論していたときに、「堤防を作ってしまうと街と海とのあいだに距離ができてしまう」という意見が根強くありました。
海の豊かさによって繁栄してきた街だからこそ、巨大防潮堤に頼ることのない新たな町の防災計画と再建を進めることになりました。

「あれだけの体験をし、海への恐怖を持ちながらも『海には豊かさもあるから距離を作らないで』という姿勢に女川の人たちの挫けないタフネスさとポジティブさをとても強く感じたのです。だから、私たちと海との距離を捉えたり、海の中をのぞいたり、両地点からの視点をつないだりする作品を考えていました」

その後、リサーチをすすめる中で、10年前の3月11日から海に沈んだままになっている車が港の目の前にあるとわかりました。

「海底瓦礫という言葉をそこで初めて知りました。海底瓦礫の撤去活動をされていた潜水士の方やクレーン会社の方と出会い、住民の方々も巻き込んでみんなでその車を引き上げられるのではと思ってプロジェクトをはじめました」

10年前の福島、10年後の女川
加藤さんは2011年の震災の直後、4月にボランティアで初めて女川に来たそうです。

友人と一緒に避難所で炊き出しをしたり、救援物資を運んだり、大工仕事を手伝ったりしていました。

その後、福島県いわき市で支援活動を続け、2011年に同地で、瓦礫木材でつくられた13.4mの構造体をおよそ500人でロープで引っぱり起こす「引き興し」作品を制作しました。

「10年前に福島で作品をつくり、10年ぶりに女川に戻って作品をつくらせていただくことになりました。当時、女川の避難所で炊き出しをしていましたが、その時に会った子どもたちは高校生になっています。時の経過に改めて向き合うような、この10年間を見つめ直す作品をつくろうという思いで臨みました」

震災直後は家をなくされた人、家族を亡くされた人、震災という大きい言葉の下には無数のシチュエーションがあります。

加藤さんは当時、瓦礫撤去の手伝いをしながら様々な境遇の人と話をして、境遇の差、視点のずれを感じたといいます。

「10年経った震災の記憶にどのようにコミットするのかというのがテーマでした。震災の記憶は私たちそれぞれの心にあるのですが、その心象と日常への影響は十人十色です。『女川の住民』と一言で言っても実際は十人十色、震災後に女川町から離れた人の思いも十人十色、まして、僕みたいな外部からの来訪者にとっては全然違うものになります。この10年をどう捉えるかは千差万別なんです」

同時に、なんでもかんでも違うわけではないと言います。

「早く震災を忘れたいという人もいれば、いつまでも震災は忘れちゃいけないという人もいます。言葉で言うと真逆のように聞こえるんだけど、震災を忘れたいという思いは、忘れたい何かがあっても忘れられないと言うことの裏返しだとも思うんです」

すぐ近くの海底に沈む車が示す「海の両犠牲」
10年経ってより複雑化した人々の思いにどのように接することができるか。

「港のすぐ近くの海底に沈んでいる車が10年の時を経て私たちとつながることで、改めて海の豊かさと怖さが眼前に立ち現れる気がしました。津波で海底に沈められてしまった車は一つの魚礁となり、そこには様々な海藻や貝、ホヤがいっぱいついていて、生命が芽吹いているんです。そんな海の豊かさがありながら、波止場からすぐそこにある車さえ10年も僕たちからは見えていなかったという海の怖さ。その海の持つ両義性の提示を、女川の人なら受け入れてくれるような気がしたんです」

実際に引き上げに参加した人は老若男女、いろいろな職業・職種の人がいたと言います。

総じて震災という記憶に「向き合っていこう」これからの女川の街を「芸術で盛り上げていこう」ということにポジティブな様子だったと振り返ります。

「土建屋なら土建屋の、漁師には漁師の、役人なら役人の、それぞれ立場があり、『女川』との関わり方もバラバラです。被災の状況も個々人で様々なので、震災によって街との関係性が変化し、その距離が縮んだ人もいれば、遠ざかってしまった人もいるかと思います。そういう中で立場を超えて一つの地点に集まって、一つの事象をみんなで共有したんです。楽しんでるような顔を見れて、やってよかったのかなという気がしました」

車の持ち主と会う
その車両の持ち主がわからないままプロジェクトはスタートしましたが、引き上げた後、持ち主が見つかりました。

「車両の持ち主は、今回のプロジェクトのことも芸術祭のことも知らなかったようなのですが、引き上げたパフォーマンスのニュースが掲載された新聞を見て、『ひょっとして』と思っていたようです。」

とはいえ、10年ものあいだ海底に沈んでいた車両。ナンバープレートも腐敗していて、所有者の判別は難しいかと思っていたのですが、引きあげ後に特定できたと言います。

「引きあげた後、海上保安庁と警察による車両の調査が行われました。車両は海底のヘドロに前部分が突きささっていたこともあり、中はヘドロまみれでした。そのヘドロを掃除したらダッシュボードのなかから車検証が出てきたんですよね」

「とにかくヘドロがすごかったですよ。腐敗有機物やいろいろなもの、特に油が混ざっているので全然水に溶けない。そのお陰でダッシュボードのなかにまで海水がはいっていかなくて、車検証がヘドロに封印されていました」

特定された後、加藤さんは持ち主と話しました。

「最初は『率直に複雑な感じ』だと言っていました。そんな港から近いところに津波に流されてしまった車がずっとあったんだという『驚き』と、作品として大勢の人が自分の車に関わってしまった『戸惑い』と、複雑な感情だったようです」

その後、持ち主に「芸術祭にたくさんの人が来て震災について考えるきっかけになるのなら使ってください」と受けいれてもらったそうです。

「所有者の方と僕を車が繋いでくれた感じがしました。所有者の方とその車にまつわる震災当日の話も聞かせていただきました。誰のものか分からず、沈んだままになっている車という抽象的な対象から、具体的な事実に変化したことでプロジェクトが強くなった気がします。」

引き上げた場所の近くで映像は展示されていますが、実際に引き上げた車両はそこから車で15分くらい離れた「御前浜」に設置されています。津波で大きな被害があり、全員が高台に移動している場所です。

「女川の中心地は見違えるくらい綺麗な街並みになっているのですが、御前浜のエリアは現在もほぼ何もない状況。最初に御前浜を訪れた時、中心地とのコントラストを強烈に感じました。芸術祭を外部から訪れる人たちにも女川の中心地だけでなく、また違った女川の姿も見てもらえたらなと思ったんです」

「あと、車を設置している場所はかつての鮭やマスのふ化場で、川に放流された鮭とマスが海に行き、その後また帰ってくるというサイクルの起点となる場所。津波にのまれていった車が海中から戻ってきて新たな意味にふ化「(リ)ボーンする」ということと重なって設置場所として最適だなと、思いました」

大事なのは「忘れ方」
津波や、死、記憶、誰に聞いても答えがあるわけではありません。

「それでも町がものすごい勢いで変わり、震災を契機に街から離れていく人もいる中で、かつての記憶をただただ無くしていくのはさすがに寂しいと思う」と加藤さんは言います。

「芸術祭がきっかけとなって、僕のように作品をつくる人、それを見に来る多くのお客さんが外部から女川を訪れるのであれば、
そこにある物語をシェアすることはこれからも必要な時間のような気がしました」

ただ、もちろん良い話だけでもなくて良いと言います。

「ネガティブな話をする人がいるほうがむしろ健全です。忘れたいんだという思いも大事ですし、そもそも忘れるという私たち人間の一つの機能も大事だとおもっているので」

大事なのは「忘れ方」だと言います。

「僕らが引き上げた車はこの10年のあいだ人々の目からは忘れ去られていたんです。そこに車があったことなんて誰も知らなかったのですが、引き上げることで、僕自身もいろいろな人と会い、何より車の所有者の方ともつながることが出来ました」

「ただなかったこととして存在が忘れ去られるのではなく、それを媒介としてポジティブな形で住民と外部から来た人がつながり、新たな物語がアップデートされて、またそれをみんなが共有する。その循環の中でその物語をすっかり忘れる人がいてもいいし、考えて心に留めておく人もいるかもしれない。今回の作品はそういう記憶と共有を反芻するような機能を持つものなんじゃないかなと思います」

このニュースに関するつぶやき

  • 障害になってなければ、そのまま魚礁にしておけば良かったのに🤔
    • イイネ!0
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  • 女川に限らず、まだまだ沈んでいるんでろうな。 全てとは言わないけど、出来るだけ引き上げて欲しいものだ。
    • イイネ!18
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