日本サッカーの名コンビと言えば? 懐かしいペアから、納得の2人組まで

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2021年09月24日 07:02  webスポルティーバ

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これまでの日本サッカーやJリーグでの名コンビと言えば、誰が思い浮かぶだろうか。2人が組むことによってこれまで数多くのペアがパワーアップし、すばらしいプレー、コンビネーションを披露。日本サッカーを盛り上げ、発展させてきた。今回は6人のライターに、印象に残っている5組ずつを挙げてもらった。

◆ ◆ ◆




司令塔・ラモスと、黒子の森保のコンビ
杉山茂樹(スポーツライター)

1位:ラモス瑠偉&森保一(日本代表)
2位:藤田俊哉&名波浩(ジュビロ磐田)
3位:今野泰幸&遠藤保仁(ガンバ大阪)
4位:平野孝&岡山哲也(名古屋グランパス)
5位:中澤佑二&田中マルクス闘莉王(日本代表)

 ラモス瑠偉と森保一は、1994年アメリカW杯アジア最終予選を戦った中盤のコンビ。時の監督ハンス・オフトは、ラモスという守備をしない司令塔を背後で支える黒子役に、当時、無名に近かった森保現日本代表監督を抜擢した。このオフト采配がなければ、森保監督は代表選手になれていなかったと思われる。同様に、日本代表監督にも就いていなかった可能性が高い。

 藤田俊哉と名波浩は、ジュビロ磐田の黄金期を語る時に欠かせない中盤コンビ。日本の中盤志向は、清水商で1学年違いだった彼らの存在によってグッと加速することになった。

 今野泰幸と遠藤保仁は、ガンバ大阪を支えた、ラモス、森保にも通じる、攻撃的MFと守備的MFのコンビ。

 平野孝と岡山哲也は、アーセン・ベンゲル監督時代、名古屋の両サイドハーフ(SH)を形成していたコンビ。SHは、4バックと言えばブラジルの流れを汲む4−2−2−2一色だった当時の日本サッカーには、存在しなかったポジションで、欧州的なモダンサッカーの証として新鮮に映った。

 中澤佑二と田中マルクス闘莉王は、2010年南アフリカW杯で、日本をベスト16に押し上げる原動力となったセンターバックコンビ。守備力もさることながら、両者のルックスの荒々しさも大きな魅力だった。

最も調和を感じさせた長谷部&遠藤
小宮良之(スポーツライター)

1位:遠藤保仁&長谷部誠(日本代表)
2位:中澤佑二&田中マルクス闘莉王(日本代表)
3位:本田圭佑&長友佑都(日本代表)
4位:高原直泰&柳沢敦(日本代表)
5位:中田英寿&前園真聖(五輪代表)

 名コンビの定義は人それぞれだと思うが、調和を感じ取った選手同士ということか。11人対11人の戦いのなかでも、際だって強い結びつきはある。ポジション的なものだけが理由でなく、精神的シンクロもあるか。

 その点、ボランチとして長くプレーした遠藤保仁、長谷部誠の2人は、最も調和を感じさせたコンビである。どちらが上がり、下がるか、役割を分担し、お互いが高め合い、全体をコントロール。プレーに様式美を与えた。

 中澤佑二、田中マルクス闘莉王のセンターバックは日本サッカー史上、最も強固だったと言えるだろう。2010年南アフリカW杯のベスト16は、彼らが殊勲者。中澤の相棒としては、横浜F・マリノスでJリーグを連覇した松田直樹とのコンビも忘れ難い。

 本田圭佑、長友佑都は過去10年、日本サッカーをけん引してきた。2人は反骨心と向上心が人並外れて強く、類似した性格がひとつのエネルギーになった。とくにザックジャパン時代、左サイドで作る世界観は独特だった。

 2006年ドイツW杯は失意の結果に終わったが、高原直泰、柳沢敦は2トップの呼吸を感じさせた。同年代だけに、ユースから切磋琢磨。直前のドイツ戦は阿吽の呼吸だったが......。

 中田英寿は誰と調和というのが、実はあまりない。それは彼自身が独特な感覚を持っていたからか。その点、アトランタ五輪時代に組んだ前園真聖とのコンビが"息を合わせる"最後の時代だったかもしれない。

セレッソ大阪に"リアル翼&岬"がいた
原山裕平(サッカーライター)

1位:香川真司&乾貴士(セレッソ大阪)
2位:佐藤寿人&青山敏弘(サンフレッチェ広島)
3位:森島寛晃&西澤明訓(セレッソ大阪)
4位:遠藤保仁&長谷部誠(日本代表)
5位:中村憲剛&小林悠(川崎フロンターレ)

「名コンビ」と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、香川真司と乾貴士の2人だ。ともにキレのあるドリブルを備えながら、つかず、離れずの位置取りで卓越した連係も披露。

 20歳前後の小柄なアタッカーが、屈強なDFを手玉に取る様は痛快そのもの。2009年にはJ2が舞台だったとはいえ、香川は27ゴールを挙げ、乾も20ゴールを記録。結果だけではなく娯楽性に富んだ2人のコンビネーションは、"リアル翼&岬"と言っても大げさではなかった。

 佐藤寿人と青山敏弘のコンビネーションもすごかった。佐藤が飛び出せば、青山が強くて正確なスルーパスを通す。要求し続けた佐藤が青山を鍛え、青山は佐藤の要求に答えるために成長を続けた。この名コンビこそが、3度の優勝を成し遂げたサンフレッチェ広島の黄金期を築いた。

 同じことは中村憲剛と小林悠にも言える。こちらは出し手の中村が、小林の得点能力を引き出した。同様にこのコンビがなかったら、川崎フロンターレに最強時代は訪れなかっただろう。

 森島寛晃と西澤明訓の凸凹コンビもインパクトは大きかった。西澤が懐深く前線でボールを収め、森島が鋭く飛び出してゴールに迫る。日本代表でも好連係を見せた2人は、強い絆で結ばれ、初優勝を目前とした2005年の最終節、「モリシにタイトルを」の想いでピッチに立った西澤の鬼気迫るプレーは今でも印象に残る。

 遠藤保仁と長谷部誠のコンビには"鉄板"という言葉がふさわしい。司令塔型の遠藤とバランサータイプの長谷部。補完性の高い2ボランチは、長く日本代表の中核を担った。もっとも山口蛍の台頭で、大事な2014年ブラジルW杯の本番ではセット起用されず。"鉄板"が崩れたことも、早期敗退の原因だったかもしれない。

歴代屈指のスペクタクルのなかの2トップ
中山 淳(サッカージャーナリスト)

1位:三浦知良&武田修宏(ヴェルディ川崎)
2位:柱谷哲二&井原正巳(日本代表)
3位:山口素弘&名波浩(日本代表)
4位:マルキーニョス&興梠慎三(鹿島アントラーズ)
5位:アラウージョ&大黒将志(ガンバ大阪)

 日本サッカーの名コンビで真っ先に思い浮かぶのが、初代Jリーグ王者のヴェルディ川崎の2トップ、カズ(三浦知良)&武田修宏だ。ウインガータイプのカズと純粋なセンターフォワードタイプの武田の相性は抜群で、93年は2人で37ゴールを量産(カズ=20点、武田=17点)。歴代屈指のスペクタクルを誇ったチームで、ひと際輝いた2トップだった。

 2位は、ハンス・オフト監督時代の日本代表でセンターバックコンビを組んだ柱谷哲二&井原正巳。2人とも対人の強さとクレバーさを兼備したDFだったが、闘志をむき出しにする柱谷に対し、井原は感情を表に出さずに心を燃やすタイプ。チャレンジ&カバーも阿吽の呼吸だった。

 3位は、日本の1998年フランスW杯初出場の原動力となったダブルボランチ、山口素弘&名波浩。中盤の底で全体を見渡す山口に対し、名波は前線と中盤の間でバランスをとる"2.5列目"という新境地を開拓。2人のインテリジェンスが見事に調和されていた。

 4位は、オズワルド・オリヴェイラ監督が率いる鹿島アントラーズで、美しいカウンターアタックを連発したマルキーニョス&興梠慎三。

 5位は、2人で49ゴールを量産して2005年にリーグ優勝を果たしたガンバ大阪の2トップ、アラウージョ&大黒将志(アラウージョ=33点、大黒=16点)。その破壊力は歴代屈指だ。

個の能力をチーム力に昇華させた名波&俊輔
浅田真樹氏(スポーツライター)

1位:名波浩&中村俊輔(日本代表)
2位:佐藤寿人&青山敏弘(サンフレッチェ広島)
3位:中山雅史&高原直泰(ジュビロ磐田)
4位:小野伸二&本山雅志(U−20日本代表)
5位:中村憲剛&大島僚太(川崎フロンターレ)

 コンビネーションにもいろいろあるが、2人の間でホットラインを開通させ、わかりやすい形でコンビネーションを確立していたのが、佐藤寿人と青山敏弘。1本のパスでいとも容易く裏を取ってしまう術は、芸術的でさえあった。

 中山雅史と高原直泰は、いわば師弟コンビ。2人の間に巧みな連係があったわけではないが、ともに得点王を獲得したJ史上稀有な2トップであり、点をとるための技術の伝承というコンビネーションが存在していた。

 小野伸二と本山雅志は、リアル「翼くんと岬くん」。とくにU−20日本代表当時は、呼吸のあったパス交換から、どちらからともなくドリブルで仕掛けたり、ラストパスを通したりと、見ていて実に楽しいコンビだった。

 中村憲剛と大島僚太は、プレーのイメージを共有することでピッチ上を支配できたコンビ。1人ずつでも十分に存在感が際立っていたが、2人揃ってピッチに立つと、川崎フロンターレのサッカーが一気にテンポアップした。

 しかしながら、2人のコンビネーションと聞いて、真っ先に頭に思い浮かんだのは、2000年アジアカップ優勝時の名波浩と中村俊輔だ。名波はプレー面だけでなく、メンタル面も含めて中村を巧みに操り、それぞれが優れたパフォーマンスを発揮。個の能力をチーム力へと昇華させた。印象に残る名コンビである。

史上最高のゴール製造マシンとして機能したコンビ
後藤健生氏(サッカージャーナリスト)

1位:釜本邦茂&ネルソン吉村(ヤンマーディーゼル)
2位:金田喜稔&木村和司(日産自動車)
3位:中田英寿&岡野雅行(日本代表)
4位:藤田俊哉&名波浩(ジュビロ磐田)
5位:吉田麻也&冨安健洋(日本代表)

 日本にやって来た初のブラジル人選手がネルソン吉村(のちに日本国籍を取得)。柔らかいタッチは日本中を驚かせた。ヤンマーディーゼルでコンビを組んだのは、日本史上最高のストライカー釜本邦茂。「柔の吉村と剛の釜本」は、日本サッカー史上最高のゴール製造マシンとして機能した。

 広島県工出身のテクニシャン金田喜稔と木村和司は、大学を経て日産自動車で再びコンビを組んだ。代表で初めて同時にプレーしたのは1980年暮れに香港で行なわれたスペインW杯予選。金田のドリブルや木村のFKに、地元の観客からも大歓声があがった。

 1997年に行なわれたフランスW杯第3代表決定戦の延長戦。中田英寿が繰り出す鋭いキラーパスにも岡野雅行は俊足を飛ばして容易に追いつき、イラン守備陣を切り裂いたのだが、予選初登場の岡野は決めきれない。延長後半13分、ヒデは岡野に見切りをつけたかのように自らシュート。GKがはじいたボールを岡野が押し込んで、日本サッカーの歴史が動いた。28分間限定の名コンビだった。

 清水商が生んだ先輩後輩の藤田俊哉と名波浩。2人は大学を経てジュビロ磐田で再びコンビを組む。感覚的な藤田と理詰めの名波という肌合いの違いがあったからこそ、2人のファンタジスタは共存できたのだろう。

 吉田麻也と冨安健洋は今後数年、日本代表を背負って立つであろうセンターバックコンビだ。2人はイングランドでのキャリアと交錯するように、同時期に守備の文化を持つイタリアでプレーした。その共通の経験が2人の関係性を強化した。

このニュースに関するつぶやき

  • 香川真司&乾貴士、リアルでキャプテン翼の岬&翼のコンビだった
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  • 大空翼&岬太郎を超えるのはまだいない。
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