ワクチンパスポート導入は「検査体制の拡充と病床の確保」が前提 専門家が指摘

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2021年09月25日 10:00  AERA dot.

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写真世界自然遺産への登録が決まった西表島は、コロナ禍でも多くの観光客が訪れる。なかには感染対策が不十分な人もおり、ワクチンパスポートの導入検討を求める声もあがる (c)朝日新聞社
世界自然遺産への登録が決まった西表島は、コロナ禍でも多くの観光客が訪れる。なかには感染対策が不十分な人もおり、ワクチンパスポートの導入検討を求める声もあがる (c)朝日新聞社
 新型コロナウイルスのワクチン接種を済ませた人に「パスポート」を発行する議論が進む。経済を回す仕組みとして期待する声がでるが、課題も多い。AERA 2021年9月27日号から。


【グラフを見る】ワクチンパスポートが導入されたらどうする?
*  *  *


「観光客の中にはマスクを着けていない人、お願いしても着けてくれない人もいます」


 こう嘆くのは、沖縄県竹富町の観光協会関係者だ。


 町は日本の南西端の島々を抱える国内屈指の観光地。赤瓦の伝統的家屋が並ぶ竹富島や、7月に世界自然遺産の登録が決まった西表島には、緊急事態宣言の発出下も多くの観光客が訪れている。


 町観光協会と商工会は8月以降、新型コロナウイルスのワクチン接種を確認できる書類や、PCR検査の陰性証明を提示した観光客にステッカーを配布。衣服やマスクに貼ってもらい、「島民に『安心・安全』を知らせてください!」と呼び掛けている。


 観光関係者は言う。


「島の診療所には医師1人、看護師も1人だけ。高齢者も多く、モラルが低い観光客と接するのは怖いのが本音です。啓発では限界があり、しっかりしたルールが必要だと思います」


 政府は今月9日、希望者のワクチン接種が完了する11月ごろをめどに、緊急事態宣言の対象地域を含め行動制限を緩和する方針を決めた。ワクチンの接種済み証明書や陰性証明を活用する「ワクチン・検査パッケージ」を想定している。


■「賛成派」が半数超す


「感染がおさまらない中で、行動制限を緩和する議論は時期尚早との意見もありますが、経済・医療面で脆弱(ぜいじゃく)な地域を守るためにも、どのように制度設計していくのかは今のうちに検討しておくべきだと思います」


 ニッセイ基礎研究所生活研究部の井上智紀主任研究員は、こう指摘する。同研究所が20〜74歳を対象に7月に実施したワクチンパスポートの国内利用に関する意識調査では、導入に肯定的な反応が浮かぶ。それによると、「国内でも利用していくとよいが、活用対象については慎重に検討したほうがよい」が30%で最多。「国内でも積極的に活用していくとよい」の25%を含めた“賛成派”が半数超にのぼった。具体的な活用法については、「飲食代金や利用料の割引、ポイントの割り増しが受けられる」「介護施設や医療機関での面会制限が緩和され、直接会えるようになる」といった項目で前向きな回答が目立った。




 一方、パスポート保有者に限定したイベントやキャンペーンの実施については、否定的な傾向だった。


「接種をした人たちだけを特別扱いして、打ちたくない人や打てない人が不利益になるような使い方はよしとしない意識が浮かびます。広く受容されるためには、優遇措置のバランスが肝要です」(井上さん)


■我慢の成果を示せ


 第一生命経済研究所経済調査部の熊野英生首席エコノミストも「行動制限の緩和は、ワクチンを打たない人や打てない人を排除しないのがポイントです」と唱える。「長期戦を見据え、今はウィズコロナにシフトする転換期です」との認識を示す。


「飲食店や観光業界から聞くのは、『我慢の限界』という言葉です。段階的にこうなればこう緩和するという『我慢の期限』を設けて『我慢の成果』を示さないと、国民はついていく気になれません」(熊野さん)


 熊野さんは、ワクチン接種を終えた層の経済効果にも注目する。観光庁によると、2019年7〜12月の国内旅行消費の実績は10.1兆円だった。それが20年7〜9月には4.9兆円に半減した。ただ、65歳以上で2回接種が終わった人は88.2%(9月15日公表時点)になる。19年並みの消費に戻ると仮定すれば、それだけで、かなり大きな効果が見込める。


「旅行やゴルフなどは高齢者の比率が高い。高齢者の利用が促進されると、再生が見込める産業は少なくありません」(同)


 ワクチン接種が先行する欧米ではワクチンパスポートの導入が進む。欧州連合(EU)の「EUデジタルコロナ証明書」は今年7月1日、正式に運用開始され、国境をまたぐ移動にも使われている。フランスでは8月9日から、飲食店や病院の利用に接種や陰性証明書が必要になった。


「ワクチンパスポートの意味が世界で変わりつつあるのに、日本では認識共有が遅れているように感じます」


 こう警鐘を鳴らすのは、医療ガバナンス研究所の上昌広理事長だ。


 デルタ株の世界的な流行で、ワクチンを接種しても感染が防げない実態が改めて明確になった。7月4日の独立記念日のイベントでデルタ株のクラスターが起きた米国では、感染者の大半が接種済みの人たちだった。さらに、接種後に感染しても未接種の人とほぼ同量のウイルスを排出し、周囲に感染を広めていることもわかった。一方、接種後の人はほとんどが重症化しないことも確認された。




「日本ではブレークスルー感染を恐れ、ワクチンを接種してもマスクが必要だという議論に終始しています。海外では接種してもデルタ株には感染するが、ほぼ重症化はしないという一定のリスク認識を共有したうえで、『ウィズコロナ』を選択しています」(上さん)


冬を見越して制限緩和


 海外の例からみても、行動制限の緩和は感染拡大につながりかねない。専門家からは、いま緩和の議論をすると「人々の意識がゆるむ」といった懸念も出ている。


 その一方で、デルタ株の特性とワクチンの効果や限界を踏まえ、ウィズコロナに向けた社会的コンセンサスを得る姿勢は乏しい。


 上さんは言う。


「ワクチンの接種率が上がり、感染者数がピークアウトしつつある今は本来、ワクチンパスポートを導入して行動制限を緩和するのに適したタイミングです」


 上さんは、ウイルスの季節性を考えると、この時期に人流が増えても感染者数が減る可能性が高いと唱える。昨夏の感染のピークは8月10日ごろ。8月20日ごろがピークとみられる今夏も、昨年の動きとほぼ重なる。


 欧米では冬の再流行を見越して、今のうちに行動制限を緩和しているという。上さんは「日本は完全に乗り遅れてしまいました」と言う。ただし、日本がウィズコロナに踏み切るには不可欠な条件がある。PCR検査体制の拡充と病床の確保だ。


■検査と隔離が不可欠


「行動制限を緩和しても、PCR検査がいつでも無料で実施できる体制を整えて、迅速に隔離することができれば、感染拡大を防ぐことができます。PCR検査を毎日実施した東京五輪では、選手と大会関係者の陽性率はそれぞれ0.2%、0.3%でした。これと同じことをなぜ国民にやってあげないのか、と思います」(上さん)


 ワクチン接種が進めば重症化する人は少なくなっても、全体の感染者数が増えれば、入院が必要な人たちは増えてしまう。そのとき、自宅療養しかできない状況では、社会の動揺は抑えられない。


「行動制限の緩和に踏み切るには、やはり病床の確保が必須です。それは国公立の病院が担うしかありません」(同)


 上さんは医療体制の充実が図られない場合、本格的な流行が予想される10月下旬〜来年1月初旬の2カ月強が、おそらく最後の緊急事態宣言になると予想する。来春までに世界で治療薬が開発・承認され、ワクチンを接種できない人も治療薬でカバーできるようになる、と見込んでいるからだ。


「PCR検査を抑制したり、クラスターさえチェックすればいいという方針を打ち出したり。日本は世界とかけ離れた感染対策をしてきました。本来は国公立病院が担うべき病床の確保も、民間病院に押しつけているのが実情です。行動制限緩和の議論は、こうした誤った医療政策の転換を図る機会にしなければいけません」(同)


(編集部・渡辺豪)

※AERA 2021年9月27日号


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