また新たな表現の扉が開いたことを告げる初の書き下ろしエッセイ集――上白石萌音『いろいろ』

0

2021年09月25日 11:11  ダ・ヴィンチニュース

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ダ・ヴィンチニュース

写真『いろいろ』(上白石萌音/NHK出版)
『いろいろ』(上白石萌音/NHK出版)

 たとえば、映画『君の名は。』の宮水三葉役、ドラマ『恋はつづくよどこまでも』の佐倉七瀬役で、初のオリジナルフルアルバム『note』や70〜90年代の楽曲をカバーしたアルバム『あの歌』の歌で――。上白石萌音の声は染み入ってくるような心地よさを連れてくる。透明で、柔らかで、いつまでも聞いていたくなってしまうような。もちろんそれは天性のものによるところが大きいだろう。けれど彼女がラジオで語る声やインタビューを聞くと、そこには“言葉”への特別な向き合い方があるような気がする。初の書き下ろし エッセイ集『いろいろ』(NHK出版)は、そんな上白石萌音が内包する“言葉”に触れられる一冊だ。

あわせて読みたい:松任谷正隆の『おじさんはどう生きるか』で明かされる、ユーミンとの意外な家庭内事情とは?

《踊る》《懐かしむ》《歌う》《愚痴る》《立ち返る》……50篇にも及ぶエッセイのタイトルはすべて“動詞”。シンプルなテーマからその“動き”を照らした、心の動きが端正な言葉で綴られていく。

“髪を切った。ばっさり十センチ、軽い〜。手櫛で髪をとくと今朝よりも早く毛先に辿り着く。その感覚が新しくて、ずっと自分の頭を撫でまわしている”《断ち切る》より

 まるで音楽を聴いているようなメロディアスな文体。そこにときおり、独特な表現が紛れ込んできてハッとする。

“ヘッドライトに無数の雨の糸が照らされていて、「いい線だな」と思う。今朝おろしたおしゃれな傘がポツポツ鳴って、「いい音だな」と思う。しっとりとした空気をいっぱい吸う”《降る》より

 鹿児島、メキシコで過ごした幼少期のこと、家族、友人のこと、土や水の感触など、自分の周りで感じる自然のこと、お気に入りの暮らしのなかの道具たち、演じる役のこと、仕事のこと……。見開き2ページくらいに収まる文章のなかで、それらは“ストーリー”を紡ぎ出す。本屋大賞受賞作でもある瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』の文庫解説を執筆するなど、上白石は大の読書家としても知られる。たくさんの本から享受し、自身のなかで培ってきたものが糧となり、生まれてきた“日常の眼”と独自の“言葉”は、読む人の内側にそっと入り込んでくる。なかには自己嫌悪や思い出したくないこと、迷うことなど、衝動に駆られ、溢れ出てきたような言葉もある。一篇、一篇の温度差、見えてくる景色の違いもまた楽しい。そしてそこからは、“上白石萌音”のありのままが見えてくるとともに、“あぁ、この感覚、わかる”という普遍性のようなものが手繰り寄せられてくる。そして一篇、一篇が着地していくところで、彼女の声を聞いたときのような心地よさに包まれる。

“わたしは本当に本が好きだ。読書という行為以前に、「本」そのものが物質として好き”と、《はじめに》で著しているように、この一冊には、上白石萌音の“本”への愛がこもっている。エッセイの合間にときおり現れる写真は、使い捨てカメラですべて自身が撮ったもの。何気ない風景や植物、手許にあるものを写した一枚、一枚からは、自分でピントを合わせられない使い捨てカメラならではの“瞬間”が映し出されている。それが自身の“今”と正直に向き合った文章とさりげなく融合する。

 故郷への旅を綴った《わたしがいた風景〜鹿児島小旅行リポート》、生まれてからこれまでの写真と足跡を記した《足あと、いろいろ》、本が出来るまでの過程をこまやかに記録した《『いろいろ』ができるまで》と、ページをめくっていくたび、上白石がこの一冊に仕掛けたサプライズが現れてくる。なかでも、一番のサプライズは、初めて書いた《小説「ほどける」》だろう。右目から涙が溢れて止まらない娘と、左の口角が下がらない母。その設定からして、才を感じる短篇小説は、上白石萌音の“書く”という、新たな表現の扉が大きく開かれたことを物語っている。

 収められた“いろいろ”からは、読む人の“いろいろ”も照らされてくる。読んでいるうちに、どこか自分自身の軸がゆっくり定位置に戻っていくような、心地のいい“言葉”に浸ってみてほしい。

文=河村道子

    ニュース設定