没後40年、“ごく普通の日常”をこよなく愛した「向田邦子さん」に学ぶ暮らしの味わい方

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2021年09月25日 13:00  週刊女性PRIME

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向田邦子さん

 日々の生活やグルメ、ファッションや旅を楽しむ名人で、自立した女性の代表であった向田邦子さん。没後40年を迎え、今なお「懐かしくも新鮮」「見習いたい!」というラブコールが上がり、著名人のファンも多い。おうち時間が増えて日常を見直す今だからこそ読みたい1冊を、向田作品愛好家に聞いた。

時代の半歩先行くお姉さん的な存在

『寺内貫太郎一家』、『阿修羅のごとく』など、テレビドラマの脚本家として活躍しながら、短編小説で直木賞を受賞、さらにエッセイの名手として多くの女性たちを魅了してきた向田邦子さん。今年、没後40周年を迎え、イベント開催や関連本の出版など、作品はもちろん、その生き方にも再び注目が集まっている。

 なぜ、昭和、平成、令和と時代を超えて愛され続けるのだろうか。本選びのプロである、書店員2人に話を聞いた。

 まず、時代の色に染まらない作風が、長く読み継がれる理由と粕川ゆきさんは語る。

家族の日常の些細なことを大切に描いた『父の詫び状』などのエッセイは、現代の自分の生活と地続きのような感覚を覚えます。家族や恋愛の物語は、年齢を重ねて読むとまた感じ方が変わるので、20代のころに読んだ作品を再び読んでみるのも楽しいです」

 向田邦子さん自身の魅力も大きい。今よりずっと女性が活躍しづらい時代に、軽やかに自立する姿を示し、女性のロールモデルとなってきた。“義務だけで働くと、楽しんでいないと、顔つきが険しくなる”という仕事論(『わたしと職業』より)は、働く女性に今も刺さる言葉だ。

「ようやく時代が向田邦子さんに追いついたという感覚。また、若いころドラマで向田作品に触れた50代にとっては、自分の時間を持てるようになった今、食やファッション、旅など、暮らしを味わい尽くす向田さんの生き方が再び憧れのアイコンとして浮上しているのではないでしょうか。向田邦子さんはどの世代にも永遠に“人生の半歩先を歩く憧れのお姉さん”です

 そう話すのは、大江佑依さん。向田邦子さんが現代にいたら、インフルエンサーになっていたかもと想像する。

食いしん坊で黒い服が好きな“黒ちゃん”

 また、“黒ちゃん”と呼ばれるほど、黒ばかり着ていた(『おしゃれの流儀』より)など、こだわりの物選びも向田邦子さんを形作るエピソードとして有名だ。

「揺るがない芯があることも、時代を超えて憧憬される理由だと思います。一方で、食いしん坊でケーキ5個を食べた後におにぎり3個を食べてお腹を壊してしまう(『向田邦子の恋文』より)など、おちゃめなエピソードも事欠かない。飛び抜けた才能だけでなく、キュートさもそろえた人だからこそ、愛されていると思います」(粕川さん)

 自宅に美味しいものの情報だけを保管しておく“「う」(うまいもの)の引き出し”を作っていた(『う』より)という向田邦子さん。そんな日常を楽しむ天才の彼女ならコロナ禍でもおうち時間の楽しみを見つけて過ごしていたのではないかと思いを馳せる。

「向田さんは、人や物の“陽のあたる面”を見つけるのがうまい人。小説『あ・うん』に出てくる不倫相手でさえ、人間味のある憎みきれない人物として描いています。コロナ禍の今だって、よい面があるはず。向田さんの本から感じることは多いのです」(大江さん)

向田邦子(むこうだ・くにこ)/1929年東京生まれ。人気ドラマの脚本を数多く執筆。エッセイスト、小説家としても活躍し、第83回直木賞を受賞。1981年8月、飛行機事故で死去。

カッコいいのにチャーミング、向田邦子のココが魅力

 平凡を喜び愉しむまなざしが、時を超え人を惹きつける。それを象徴するエピソードや本の中の一節を教えてもらった。

モノ選び

「向田さんは暮らしをていねいにつむぎ、おうちの居心地をよくする天才。高級品を使うのではなく、食器や調度品は“万一粗相をしても、その日一日気持ちの中で供養すればすむ”(『眼があう』より)程度の、財布に見合ったものを選ぶという美学も持っていました」(大江さん)。肩ひじを張らず身の回りを彩る軽やかな生き方は人生の指針に。

『向田邦子 暮しの愉しみ』(新潮社)食器やインテリアなどあ向田邦子のライフスタイルを知る入門的1冊。

距離の取り方

 ソーシャルディスタンスが求められる昨今だが、「向田さんの人との距離感の取り方は勉強になります。例えば、実妹の和子さんが向田さんに相談事をしたときのこと。ずっとたわいもない話をしていたのに、外へ出て横断歩道を渡るときに一生忘れられないようなひと言をぽつんと言ったとか。自分の考えを押しつけず、愛情深く言葉を選び伝えていた人なのだと思う印象的なエピソードです」(大江さん)

『向田邦子の恋文』(向田和子著・新潮社)没後20年を経て公開された恋人との手紙のやりとり。向田邦子の愛情の深さを知る本。

食いしん坊

「“水羊羹評論家”を自称し、水羊羹へのこだわりを書いたエッセイ『水羊羹』など、向田さんの食に対する探求心には感激します。読むとつい食べたくなります(笑)」(大江さん)。“食いしん坊”が高じて実妹と開いた小料理屋「ままや」で友人たちと食事を楽しんだことも有名。「サッと作れるレシピが掲載された『向田邦子の手料理』は今でも主婦に人気です」(粕川さん)

『向田邦子ベスト・エッセイ』(筑摩書房)「食いしんぼう」「旅」「家族」など、テーマ別で初心者にも読みやすい珠玉のエッセイ集。

悪者を描かない

 エッセイにたびたび登場する向田邦子さんの実父。亭主関白で威張り散らすさまは、まさに“昭和の親父”。でも「父親のダメな部分も含めて愛情深く描かれているから、読後は父親に対して不思議と愛らしさを感じます。小説『隣の女』で不倫にハマる女性でさえ、悪者として描かれていない。“誰だって完璧じゃない”と教えてくれるのが向田作品です」(粕川さん)

『父の詫び状』(文春文庫)表題作をはじめ、昭和のどこにでもある家庭の風景をユーモアを交えて描いたファーストエッセイ集。

本好きタレントのおすすめ作品【芸能界にもファン多し!】

 10〜20代での向田邦子との出会いが今につながっているという読書家のおふたり。特に影響を受けた向田作品とは。

人間の本質に目を向けることを教わりました

竹内香苗さん

「整形手術をし、見た目も性格も変わりゆく愛人との関係を描いた短編小説『だらだら坂』(『思い出トランプ』/新潮文庫に収録)。主人公の庄治の本音やその愛人のトミ子の反応に、人の本質に目を向けるよう促された気がして、作品中の光景が頭から離れなくなりました。また、『向田邦子の恋文』では、向田さんのしなやかでたくましい大人の女性像に憧れました。いずれも仕事に恋愛に忙しく、もっと強くなりたいと思っていた20代の私に衝撃を与えてくれました」

フリーアナウンサー。'01年にTBSに入社。『報道特集』、『王様のブランチ』などを担当。'12年退社し、フリーに。TBSラジオ『伊集院光とらじおと』火曜アシスタントとしてレギュラー出演中。最新情報はTwitter「@tkanae」

作品を通じて得た向田さんの熱が私の原動力です

戸田菜穂さん

「エッセイの『字のない葉書』(『眠る盃』/講談社文庫に収録)は、小学校の教科書で読んで強く心に残り、高校生でドラマを見て、大人の男女とはこんなにも艶っぽいものかと酔いしれました。20代前半で向田作品のドラマに出演できたのは夢のよう。監督の久世光彦さんを通して感じた向田さんの熱は、今も私の原動力です。久世さんが向田さんとの思い出を書かれた『触れもせで』も好き。向田さんは素足の似合う女性だったそうで、それを知ってから私もいつも素足でおります」

'90年に「第15回ホリプロタレントスカウトキャラバン」でグランプリを獲得しデビュー。映画、ドラマで幅広く活躍する。映画『科捜研の女−劇場版−』が公開中、『そして、バトンは渡された』が10月29日から公開予定。

教えてくれたのは……

エア本屋 「いか文庫」店主●粕川ゆきさん
雑誌での連載、ラジオ、テレビなどにも出演。都内のリアル書店でも働く。向田邦子との出会いはテレビドラマ『父の詫び状』。その後、高校の図書館で原作を見つけ運命を感じ、大ファンに。

「枚方 蔦屋書店」文学コンシェルジュ●大江佑依さん
20代のころ、母のすすめで向田邦子のエッセイを読み始める。以来、作品を読むだけにとどまらず、ゆかりの味や土地を訪ねる。「枚方 蔦屋書店」のサイトでコラム『読物飛行』を連載。

(取材・文/河端直子 撮影/西郷泰好(向田さん))

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