「歩きスマホ」で実験 イグ・ノーベル賞研究者が解き明かした人間の「予期能力」

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2021年09月26日 10:00  AERA dot.

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写真イグ・ノーベル賞を受賞した村上久・京都工芸繊維大助教 (c)朝日新聞社)
イグ・ノーベル賞を受賞した村上久・京都工芸繊維大助教 (c)朝日新聞社)
 毎年、ユニークな研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」。今年は京都工芸繊維大学の村上久助教らの研究グループが「動力学賞」を受賞した。日本人の受賞は15年連続の快挙だ。村上氏に受賞研究について聞いた。 


【写真】「歩きスマホ」の人がいると、歩行者の流れはどうなる?
*  *  *
 イグ・ノーベル賞とは、ノーベル賞のパロディーとして「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」を評価するもの。1991年にユニークな科学研究を紹介するアメリカの雑誌「Improbable Research」のマーク・エイブラハムズ編集長が創設し、奇抜さや、想像力豊かな人をたたえることで、科学への関心を高めようというもの。日本人の受賞も多く、「おもちゃ『たまごっち』の開発」(1997年、経済学賞)、「バナナの皮の滑りやすさの解明」(2014年、物理学賞)、「ワニにヘリウムガスを吸わせ鳴き声の変化を確認」(20年、音響学賞)などがある。


 今回村上氏が受賞したのは、人間の「群れ」における「予期」に関する研究だ。研究内容について、村上氏はこう説明する。


「歩きスマホの危険性を調べた研究が受賞した、と受け取られることも多いんですが、歩きスマホは実験の目的ではなくて、あくまでも実験の要素。よく知られた歩きスマホの特性を利用して、人流ができるメカニズムを解き明かすための研究なんです」


■主流の物理学的モデルでは解けない謎


 村上氏は長年、動物の群れの研究に携わってきた。


「例えば、魚や鳥の群れ。リーダーがいないのに、集団としてまとまった動きをする。専門的には『自己組織化』というんですが、たくさんの個体が集まると、全体として1つの生きものみたいな振る舞いをする。実は人間も同じように、自然と集団化して人流がつくられるんです」


 例えば、大勢の人が横断歩道を渡る際、いくつかの細長い人の群れができ、それによって対向する人とぶつかりにくくなり、スムーズに人が流れる。


「当然のことながら、歩行者一人ひとりは全体の秩序を意識していません。でも、自然と歩行レーンみたいな人流ができる。なぜそうなるのかは、よくわかっていないんです。コンピューター上で歩行者の動きを再現しようとしても、実際の人間のようにはスムーズに流れません」




 現在、もっとも主流の「物理学的なモデルを使っても解けない謎」。それをとくカギとして、村上氏らが考えたのが「予期」だった。


「物理学的モデルを簡単に説明すると、近くの歩行者の影響は大きく、遠くの人の影響は少ない。けれど実際には、近くの歩行者でも同じ方向に歩いていればぶつからない。一方、遠くの歩行者でも、向かってくる人はやがてぶつかるかもしれない。人間はそういうことを『予期』しながら歩いているらしいということが分かってきたのです」


 しかし、一人ひとりの歩行者の「予期」が、人流の自然な秩序形成と結びついているかどうかは不明だった。 


■「歩きスマホ」を採用した理由


「そこで今回、行ったのは『予期』が歩行者の集団形成に重要であることを明らかにするための実験で、あえて歩行者のなかに『予期できない人』を入れてみました。それで人流形成が妨げられれば、『予期』が重要な要素であることが証明できるからです」


 その、「予期できない人」というのが「歩きスマホ」の人だ。


「歩きスマホじゃなくてもよかったんですが、歩きスマホというのはとても日常的な行為で、注意力が散漫になるという特性も非常によく研究されている。それで実験要素として採用しました」


 実験では、大学構内に横断歩道のような場面を設定。被験者27人ずつからなる2つの歩行者グループをつくり、それが対向して歩き、すれ違った。さらに、一方のグループに3人の「歩きスマホ」を入れた場合と比較した。


 結果はどうだったのか。


「歩きスマホの人が加わると、人流の秩序形成が明らかに滞った。いないときと比べて秩序形成に最大、倍くらい時間がかかりました」


 さらに歩行者の動きを細かく解析すると、歩行速度の加減速が大きくなり、歩く方向にも急なターンが見られた。


 歩きスマホによって対向する歩行者の動きの「予期」が遅れ、すぐ目の前で衝突を回避しようとするため、そのような動きになったと、村上氏は分析する。




 意外だったのは、「歩きスマホの人だけでなく、それ以外の人もうまく歩行ができなくなっている。つまり周囲に影響が波及していることでした」と村上氏は言う。


 ちなみに、歩きスマホの場合歩行の速度が遅いことはよく知られているが、それについても追試をおこなった結果、人流形成に重要なのは「予期」であり、歩行速度の低下とは関係ないことも証明したという。 


■脳の処理は「ぜんぜん分かっていない」


「人間は無意識のうちにさまざまな情報を処理しながら歩行しているのは間違いありません。でも、歩きながら得た情報を脳がどう処理しているのかは、まだぜんぜん分かっていないんです」


 今回は大学内での実験だが、「東京・渋谷の駅前交差点でも調べてみたいです」と村上氏は言う。


「でも相当複雑なんです。さまざまな方向からものすごい数の人が流れ込んできて、何事もなかったように通過する。そのメカニズムを将来的に調べられたら、本当にうれしい」


 イグ・ノーベル賞の受賞については、「まったく考えたこともなかった」と言う。


「でも、日常で親しみのあるもの、そのなかで何か違和感があって考えさせられるもの、そこに新しい発見が生まれるんじゃないのかなと思っています。そんな研究を対象にした賞だととらえると、今回の受賞は非常にうれしいです」


■「何の役に立つの?」を真面目に研究


 毎年、イグ・ノーベル賞の面白さと奥深さを子どもたちに伝えてきた日本科学未来館の科学コミュニケーター、三澤和樹さんはこう語る。


「ノーベル賞は『人々に貢献した業績』に対して贈られるのに対して、イグ・ノーベル賞の研究は、『それって、何の役に立つの?』というものがたくさん入っています」


 子どもが疑問に思うようなことを大人はスルーしてしまいがちだが、「イグ・ノーベル賞の研究者は、そういったことを真面目に実験する。それをきちんと評価しているところが意義深い。ユーモアで切り取って、より多くの人に注目してもらう、という手法も非常にうまいと思います」(三澤さん)。


 わが国には、身近なものに目を向けて、独特の自然科学の研究を行ってきた伝統がある。そんな背景もあって日本人の受賞が多いのだろう。研究テーマの多様性や柔軟性が感じられるイグ・ノーベル賞。今後も日本人受賞者の輩出を期待したい。(AERA dot.編集部・米倉昭仁)


このニュースに関するつぶやき

  • 今までのイグ・ノーベル賞の日本人受賞者の研究で一番印象に残っている(好き)なのは、粘菌の研究ですね〜( ・∇・)��������
    • イイネ!1
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  • イグ・ノーベル賞は、発想や実験の仕方がユニークなことが多い。今すぐには役に立たなくても、けっこういろんな商品開発のヒントになりそうだし。毎年楽しみ��������
    • イイネ!21
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