良い観察は仮説のサイクルから生まれる――『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』の編集者が語る「観察」入門

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2021年09月27日 06:41  ダ・ヴィンチニュース

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写真『観察力の鍛え方』(佐渡島庸平/SBクリエイティブ)
『観察力の鍛え方』(佐渡島庸平/SBクリエイティブ)

 コーヒーの飲み比べ会に参加したことがある。飲み比べといっても、違う種類の比較ではなく、同じ種類の豆を様々な淹れ方で飲んでみる会だった。フィルターはペーパー・金属・布、器具はコーヒーメーカー・ネルドリップ・フレンチプレス・サイフォンなどを試した。その結果、淹れ方によって味が全く異なることに気付き、いつも飲んでいるペーパードリップのコーヒーに、いくらか紙の味が乗っていることに初めて気付いた。

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 人の認識や行動についても、コーヒーの淹れ方・フィルターと同じようなことが言えるかと思う。どんな考えを注ぐかによって、行動の風味が変わる。記憶に残った後味をどう捉えるかによって、次の考えをどう注ぐかが変わる。そして段々、世界を眺める際のフィルターが変わってくる。

『観察力の鍛え方』(佐渡島庸平/SB新書)は、『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』(どちらも講談社)等の人気コミック作品の編集とベンチャー企業の社長を務める著者が、「世界の眺め方」をいかにして洗練させることができるかを、自身や一流作家のエピソードを例に挙げながら考察している一冊だ。

「観察」といって日本人が共通の体験として共有できるのは、アサガオ等の植物観察日記だろう。どのように発芽し、どのようにツルが伸び、どのように枯れていくかを観察する。そして最後にまとめとして、「アサガオはなぜそのように成長し、朽ちるのか」という植物の性質を調べる。

 大半の観察は、現象、行動の理由、動機の考察までで終わるが、本書はもう一段階進んだ観察を主題にしている。それはアサガオの観察でいうならば、「アサガオが“そう”なること」にどんな意味があるかという思索だ。回答は誰も教えてくれないし、そもそもさほど気にされないこの問いにたどり着く人自体が少ない。人生に置き換えると、「答えなき人生の探求」という面倒くさい哲学的問いになる。世間的にみれば成功者である著者は、あくまで自然体な「普通の状態」でその面倒くさい作業にあたることが、ホームランを打つような成功(特別であること)より難しいと語る。

「普通」の状態を保つことができれば、特別なことを運良く成し遂げることもある。「普通」でい続けるのが、一番難しい。当たり前のことを当たり前にやり続けることの難しさを日々、感じている。
「観察」をめぐる思索にも、ホームランはいらない。「普通」の思索を繰り返していくことで、たどり着くことができる。

 読者が日々できることとして提案されているのが、「仮説」を行動の基軸に据えるという方法だ。「正解」を目指すと失敗は悪になり、他者を呪ったり、自分自身を悩ませたりすることになる。「仮説」を軸に行動していくと、失敗はより良い仮説の判断材料となり、巷で「正解」と言われているものは「型」を模索するモデルとなって、妬みや羨望は排除され、他者の批判に気分を悪くすることもなくなり、答えがない状況を楽しむ中で「自分だけのモノサシ」がいつの間にか育まれる。

 こうした思索の中で著者自身は、1979年生まれの編集者として、儒教の経典『論語』の中にある「四十にして惑わず」という一節が、「やることがハッキリして迷いがなくなるという」意味ではないと発見したそうだ。

あれが正解かもしれない、これが正解かもしれない、と惑わなくなる。それは、絶対的な正解を手に入れることを意味しない。まったく逆で、「わからないこと」「あいまいなこと」を受け入れているから、惑わず、なのだ。

「思いもよらなかったこと」にまで考えを及ばせるには、一番身近でありつつも牢獄のような「自分」の扉が開け放たれる、何らかのきっかけが必要だ。本書はそのカギとなるとともに、観念的な議論になりがちな「観察」という題材を、『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』など既存のコミック作品の制作秘話を紹介しながら、読みやすく手引きしてくれる。

文=神保慶政

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