【凛九 伝統工芸を継ぐ女性たち】その二《豊橋筆》中西由季さん 「使い手に寄り添って、道具作りにこだわりたい」

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2021年10月17日 15:11  OVO [オーヴォ]

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写真中西由季さん。
中西由季さん。

 東海地方で活動する女性伝統工芸家9人のグループ「凛九」のメンバーを紹介する連載インタビュー。第2回は、国内の高級筆においてシェア7割を誇る愛知県の「豊橋筆」職人、中西由季さん。豊橋筆は、ヤギや馬の毛の長さや状態の選別に水を用いて練り混ぜる工法で丁寧に手間をかけて作られ、滑るような書き味が多くの書家から高い評価を受けている。中西さんは、分業をせず一人で穂首の全工程を作業する。小学生の頃から物作りの職人に憧れていたという中西さんに、「道具作り」への思いを中心に聞いた。

小学生の頃から図工が大好き!

滑るような書き味が多くの書家から高い評価を受けている「豊橋筆」。

――筆作りに興味を持ったきっかけは?

中西 京都伝統工芸大学校に通っていた2年間以外は、ずっと豊橋暮らしです。物を作ることに興味を持ったきっかけは、DIY好きだった父や叔父の影響が大きいと思います。小学生の頃から図工が大好きで、もっとたくさん作りたい、もっと極めたいという思いがありました。テレビや学校の授業などで見る、机に向かってひたむきに作業をしている職人さんの姿がすごくかっこいいなと。「寡黙だけど背中で語る」みたいな職人さんの姿に憧れていました。

――筆職人の道に進んだ決め手は?

中西 伝統工芸家を目指す中で、装飾品よりも「道具」を作りたいという気持ちを強く持っていました。使い心地という点を重視し、「こういうものが欲しい」という気持ちに応えられる職人になりたいと思っていました。

 専攻が金属工芸だったので、まずは刃物の産地をいろいろ見学させていただいたのですが、私は小柄で機械の規格が合っていないという壁もありました。また、どこの産地の方もおっしゃったのが「地元の子なら受け入れたけど…」ということ。女の子はどうしても、一生懸命続けたいという気持ちを持っていても、結婚・出産・介護などで離れてしまって帰ってこないということがあり得ると。

 そんな中、「道具」にこだわりました。地元の豊橋筆の職人さんの現場を見させていただき、筆は書道で小学生から大人まで使うので、私のイメージにぴったりだなと。動物の毛に知識や技術が加わることで筆という美しい工芸品になります。実用的であり、かつ見た目にも美しい物を作れるんだと感動しました。

ポジティブで筆愛にあふれる師匠の下で積んだ修業

――師匠との出会いは?

中西 京都伝統工芸大学校を卒業した2010年に、豊橋筆の組合の紹介を経て川合福瑞氏に弟子入りしました。筆作りについては、もちろんものすごく厳しく真剣ですが、優しくアットホームな方で。楽しくポジティブで筆愛にあふれる師匠の下で筆作りを学んでいきたいと思いました。

――修業生活、実際に入られてみていかがでしたか?

中西 まず、筆作りはほとんどあぐらの姿勢なんです。それまであまりあぐらをかいたことがなかったので、1日7〜8時間あぐらを続けるというのが足も腰も大変で、最初は少し接骨院に通ったこともありました。

 自転車で師匠の下に通っていたのですが、夕方5時前後になると、師匠が「暗くなっちゃうから」と帰してくださっていました。基本的な作業の練習の繰り返しや、家と職場の往復だけの毎日でしたが、憧れていた世界で、「楽しい」「私の天性だ」という気持ちでとにかく進んできました。2016年に工房内で独立し、現在、1日8〜9時間ぐらい作業する中で、太筆であれば100本を5日ぐらいで作ります。

――息抜きはどのように?

中西 運動が好きなので、休みの日はアクティブに体を動かしています。犬の散歩をしたり近所に住むおいっ子と遊んだり、ブレイブボードやキャッチボール、バッティングセンターとか…。高校時代はヨット部で、海のスポーツをしていました。豊橋はサーフィンができるところが近くにあり、最近はあまり行けていませんがサーフィンもやります。

道具を作るからこそ、「使い心地」にこだわる

――筆作りの難しさは?

中西 筆作りは、やはりすごく繊細です。数字的な基準もありますが、筆の良し悪しの判断は、突き詰めていくと“感覚”です。感覚として「ここがダメだ」と指摘されたことを、どう直していくか。毎日筆作りに向き合っていないと感覚を維持向上できない難しさがあります。

―「使い手に寄り添う」ことを信念にされていますね。

中西 筆職人が「筆作りとはこういうものだ」と決めつけて作ると、時には個性が出過ぎて書き心地の点から離れてしまうこともあると感じています。作り手としての職人からの提案はあっていいと思っていますが、「道具」を作る上で使い心地を何より大事に、使い手に良いと思ってもらえる筆を作るのが自分の仕事の醍醐味(だいごみ)だと思っています。

「凛九」で広がった活動の幅

――5年目に入った凛九の活動。手応えは大きいですか?

中西 従来は、問屋さんに100%卸す形でした。凛九の活動を通して自分の筆を販売できる場を頂き、私のことを全く知らない方にも興味を持って購入していただけるようになりました。使い心地の感想を直接頂くこともできるようになり、とても刺激的だと思いました。

――2019年に「凛九」と徳川美術館(名古屋市)とのコラボで、特別公開「国宝 源氏物語絵巻」に作品を出展されました。

中西 「道具作り」にこだわり、書きやすい筆作りだけに取り組んできたので、観賞される作品に取り組むのが初めての体験で大きな挑戦でした。書道をしている人、書道が分からない人、どちらの目も引く作品作りに苦心しました。

 源氏物語に登場する光源氏を翻弄(ほんろう)するお姫様を筆で表現しました。源氏物語の絵巻物の中で、女の人の髪の毛がすごくきれいに描かれていて、今も昔も女の人の髪の毛は美の象徴なんだなと。筆の毛の部分を、20cmぐらいの長さにして、髪の毛みたいな筆を作りました。見た目にもインパクトがあり、書きやすいかというと微妙だけど、書けなくもない。タイトルは「流れゆく」。毛の流れに従って書くような感じで、筆を操ろうと思っても操れないんです。友人から「面白い作品だね!」「すごい挑戦だね!」などの声ももらい、初日に購入希望の声があったりし、とてもうれしかったです。

筆を身近に感じてほしい

――昨年工房を設立され、多忙な日々の中、筆作りの実演体験や子どもたちが筆を使って字を書く講座なども開催されています。

中西 筆作りの一部を楽しく経験していただくことで、筆ってこういうふうに作っているんだ、こう手入れすれば長持ちするんだ、自分で体験した筆だから大切に使おうなどと思っていただけたらうれしいです。筆って、高齢な寡黙な男性職人が作っているイメージも強いと思うので、元気な女性職人も筆を作ってるんだ、と思っていただけたら。

 この前イベントで、子どもたちに筆で感謝状を書いてもらったんです。すごくかわいらしく個性豊かで、書いた方ももらった方もうれしいのではないかと思いました。筆は道具なので使ってもらってなんぼ。「こんな使い方をしたら職人さんに怒られちゃう?」なんて言われることもありますが、自由に筆を使って表現してほしいです

――手書きの文字の良さもありますね。

中西 やり取りするという点ではメールやLINEなどもありますが、手書きの文字には受け取った時のまた違った嬉しさがあると思います。ペンも便利ですが、筆の方が思い切りのある字が書ける。コロナ禍でも、オンラインや通信の書道教室を受講する人は増えているという話も聞きます。

 私自身も文通が大好きで、宛名は筆で書いています。遠くに住んでいてなかなか会えない人との間でも、時には手書きの文字のやり取りをしていただけたらと思っています。日本は教育の場に書道が取り入れられ続けています。教室の後ろの壁に子どもたちの書道の作品が飾られているのはいいなあと。その文化がこれからも続いていってほしいです。

取材を終えて

 お話の中に何度も出てきた「道具を作る」「使い心地」という言葉。そこにとことんこだわりながら、肩ひじ張らず柔軟に筆職人の道をまっしぐらに進み続ける中西さん。もちろん、地道な努力、忍耐の日々と思いますが、筆作りが「楽しい」という中西さんの思いが、彼女の笑顔と共にこちらの心にずっしりと伝わってきました。中西さんの筆を購入する方だけでなく、地域の筆作りの実演講座や子ども向けの筆書き講座でも、彼女に出会った方はその明るさに魅了され、筆や物作りの世界を身近に感じるのではないかと思いました。

取材・文/千葉美奈子

PROFILE

中西由季(なかにし・ゆき)

1989年豊橋に生まれる。2010年京都伝統工芸大学校を卒業。同年に地元の豊橋の豊橋筆の伝統工芸士川合福男氏に弟子入り。2016年独立。2017年東海3県若手女性職人「凛九」に参加。2018年「筆づくりの端材で、リサイクルコンテスト」を毎年開催、代表として進める。2020年自らの工房「筆工房由季」を設ける。

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