近松心中にスチャダラパーの音楽 長塚圭史の演出にラジオマンが思ったこと

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2021年10月17日 16:00  AERA dot.

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写真延江浩(のぶえ・ひろし)/TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー (photo by K.KURIGAMI)
延江浩(のぶえ・ひろし)/TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー (photo by K.KURIGAMI)
 TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は前回に続いて、長塚圭史さんが挑む「近松心中」について。


【「近松心中物語」の写真はこちら】
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 僕が勤務しているラジオ局に面した皇居お濠端に彼岸花が咲いた。彼岸には必ず咲く。彼岸とは仏教用語で、「煩悩を脱し、涅槃に達する境地」。スタジオから眺める緋色に、これから友人、長塚圭史が演出する心中物を観に行くのだと思った。


 5、6月の「王将」開催時はKAAT神奈川芸術劇場前にのぼりが立ち、1階アトリウムで上演された演目に道歩く人にも舞台の台詞が漏れ聞こえたが、今回は静謐な「近松心中物語」。圭史は秋元松代の戯曲に挑むという。秋元は三好十郎のもとで戯曲を書きはじめ、「近松心中物語」はその代表作となった。その三好十郎の「浮標(ぶい)」や「王将」(北條秀司)、「セールスマンの死」(アーサー・ミラー)にしても、圭史は時代の名作戯曲を自分の中に取り入れ、そのルーツを保持しながら因数分解し、今を生きるぼくらに差し出してくれる。それは井上ひさしの「十一ぴきのネコ」や「イーハトーボの劇列車」も同様だ。


「僕は秋元さんの台詞に魅せられていて、近松(門左衛門)の生み出した台詞に、そのまま井原西鶴の原文アイディアが盛り込まれていたり。そんな秋元さんの詞に、今回はスチャダラパーさんの音楽がついて、時代を超えたミックスを堪能していただけます」。開演を待つ間、劇場季刊誌に載った圭史の言葉に目を通す。


 元禄時代の大阪・新町。真面目一方の飛脚屋、忠兵衛は遊女梅川と恋に落ちる。しかし、梅川にはある大尽から身請けの話が。それに対抗し、親友与兵衛に身請けの手付金を借り、武家屋敷に届けるはずの三百両にも手を付け梅川を引き取る。公金横領という犯罪はお上の知るところとなり……。


「厳しい身分制度のあった時代、炎のような恋をすることで血肉の通った人間性を取り戻す忠兵衛と梅川、そしてその恋の飛び火から思いがけない顛末を迎える箱入り娘のお亀と世の中を見つめるその夫与兵衛。うら若き4人の儚い生き様は、全く新しい形で日々息苦しさを増す現在に如何に響くのか」と圭史は語る。




 彼らの逃げる先には「死」しかない。死の瞬間が恋の絶頂になる。それが心中物だ。


 忠兵衛役の田中哲司、与兵衛役の松田龍平、遊女梅川の笹本玲奈、与兵衛の妻お亀の石橋静河。若く世間を知らない登場人物にはもっと生きてもらいたいと切なくなった。しかし、世間知らずゆえの純情もあった。石倉三郎は大尽、丹波屋八右衛門を演じて深い懐を見せた。「何百年経とうが、男と女っていうのはこういうことなんでしょうね」と石倉は言う。


 劇場へ向かうみなとみらい線の乗客はマスク姿でスマホに見入っていた。無言の風景に「巡礼」という言葉が浮かんだ。長塚圭史の芝居なら全て観ようと足を運ぶ僕もまた巡礼者だろう。巡礼とは祈りの道筋である。


 鑑賞後、圭史に挨拶し、歩いてすぐの山下公園を歩いた。「近松心中物語」で火照った心を冷ますためだ。圭史が示した男と女の道行の機微が横浜港に浮かんでは沈む。それは生と死の境界線。スチャダラパーの奏でたリズムはその境界を巧みに結び、心の中で虚実を行ったり来たり。そんな彼岸の夕暮れを愉しんだ。


延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞

※週刊朝日  2021年10月22日号


このニュースに関するつぶやき

  • 彼岸は「かの岸」、対義語は此岸で「この岸」、とても単純でわかりやすい。
    • イイネ!1
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