稲垣えみ子「ワクチンを打たない人への攻撃、マスコミが加担していませんか?」

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2021年10月18日 17:00  AERA dot.

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写真元朝日新聞記者 稲垣えみ子
元朝日新聞記者 稲垣えみ子
 元朝日新聞記者でアフロヘア−がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。


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 ワクチンを打たない人に対する偏見的な扱いについて、問題提起したい。


 前にも書いたが、ワクチンを打つか打たないかは任意であり、それぞれの事情や信条、ライフスタイルによって、それぞれの人がそれぞれの責任で決めることである。


 勿論(もちろん)、新型コロナウイルスの感染を防ぐという一点に注目してみれば、打つ人が多い方が良いという考え方は理解する。だが、コロナの問題は世に数多(あまた)ある大問題の一つであり、それを解決するには他の問題は無視して良いということではないはずで、絶対的な答えなどない。また、感染防止に必要なのはワクチンだけではない。個人が取る行動全てが関わってくる。


 なので、打たない人への一方的な攻撃、まるで社会悪であるかのような決めつけは、常軌を逸した行動だと私は思う。職場差別となれば明確に問題だ。




 私の周辺でも、会社から事実上接種を強制されているという声をよく聞く。もし非接種を理由に仕事を奪われるともなれば死活問題で、誰かの命を守るためといって誰かの暮らし(命)を奪うことをどのように正当化できるのかといぶかしく思う。


 で、こうした行動の背景にマスコミの言動があるのではないかと私は疑っている。


 ワクチンを打たない人は「デマを信じている人」「ありもしない心配をしている人」「陰謀論者」と決めつける報道はあまりに一方的である。本誌でも「他人に感染させる可能性があることには無関心」という文言に接し、ひやりとした。


 最近つくづく思うのだが、我らがコロナで失った最大のものは、行動制限より何より他者への信頼ではないのか。何が正解かわからぬ世界に怯(おび)え、ゆえにわかりやすい正解に飛びつき、そこから外れる人を許さない。そうなってしまう気持ちはわかる。というか私も多分そうなっている。


 でも、その先に待つのは心の牢獄だ。この先、行動は自由になっても心が不自由なままであったなら、それは本当の自由と言えるのか?


稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行


※AERA 2021年10月18日号


このニュースに関するつぶやき

  • 予想できないことを予想しているからある種の怯えが生じるのだろう。コロナの出現であらわになったのは一人一人の歪なのでは
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  • アメリカじゃ義務化で職すら奪われる事態になってて揉めてるみたいだけど。そういうのとの違いをきちんと報道できないメディアに罪はあると思う。
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