コロナ対策、東京五輪......。SNSが拍車をかけた「極論」で埋め尽くされる社会と、どう向き合うか?

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2021年10月19日 06:31  週プレNEWS

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写真「『敵か味方か』の二項対立ばかりが強調され、より単純でわかりやすく、インパクトの強い極論が社会を埋め尽くしていく」と語る辻田真佐憲氏
「『敵か味方か』の二項対立ばかりが強調され、より単純でわかりやすく、インパクトの強い極論が社会を埋め尽くしていく」と語る辻田真佐憲氏

同調圧力が強いといわれ、「忖度(そんたく)」や「空気を読む」ことが求められる日本社会。そこにSNSの普及が加わりネット空間は「極論」に埋め尽くされ、社会が分断される――。

そんな時代に警鐘を鳴らすのが、評論家・近現代史研究者、辻田真佐憲(つじた・まさのり)氏の著書『超空気支配社会』だ。ネット時代を支配する「空気」と、われわれはどう向き合うべきか。

* * *

――「超空気支配社会」とは、どんな社会のことですか?

辻田 「あらゆる議論は最後には『空気』で決められる。最終的決定を下し『そうせざるをえなくしている』力をもっているのは一に『空気』であって、それ以外にない」とは評論家の山本七平氏が1977年に発表した『「空気」の研究』の一節です。

これをそのまま、近頃の新型コロナ対策や東京五輪をめぐる混乱と重ねてみると、「なるほど、そのとおりだな」と感じる人は多いのではないでしょうか。

科学的な根拠もなければ冷静で合理的な議論もなく、ただただ「空気」に支配される社会と政治。そこでは、非合理な精神論が飛び交わざるをえません。

そうした景色をまるで戦前のようだと評する声もありますが、私は、それよりもツイッターに代表されるSNSの広がりと、もともと日本社会が持っていた同調圧力が組み合わさり、空気による支配が強まっていると感じていて、それを「超空気支配社会」と呼んでいます。

――SNSの普及がなぜ「空気」の支配を強めるのでしょう。

辻田 今はほとんどの人がSNSを利用していて、著名人もたいていアカウントを持っています。そこで世の中の空気と違ったことやズレたことを発言すると、必ず「炎上」が起きます。

仮にアカウントを持っていなくても、自分の名前を検索するとネット上に誹謗(ひぼう)中傷が並んでいることもある。有名人だったら、「○○が炎上」といったネットニュースが拡散するかもしれない。いやが応でも、SNSの炎上がその人の目に届く状況になっているのです。

かつてなら、そうした「空気」はどこか抽象的でぼんやりとしていたのに、今はそれがどんどん可視化されています。検索ができて、リツイート数に表れ、ネット記事という形で「見える化」されることで、日本社会の同調圧力がさらに強くなった。それが私の見立てです。

――同調圧力と聞くと、周囲の「空気」に流されて社会全体がひとつの方向に向いてしまうというイメージを抱きがちですが、今の日本社会はそれとも少し違いますよね?

辻田 「超空気支配社会」のもうひとつの特徴が、議論が単純になり、「極論」ばかりが広がって、それによって社会が深く分断されるという点です。

SNS時代のネット記事や140文字の制限があるツイッターなどで「バズる」ためには、何か複雑なことを言うより、特定の意見を持っている人たちに向けて「敵はこれだ!」とあおるとか、ある問題について賛成か否かという対立構図を強調するほうが効果的です。

特に長期政権となった安倍政権の時代に、その傾向が強まったと感じています。本来はもっと複雑な議論ができるはずのリベラル陣営も、「アベ政治を許さない」といったワンイシューでまとまろうとして、単純な右vs左の図式が出来上がった。

そうした「敵か味方か」という図式がこじれた結果、本当なら私権制限に反対するはずのリベラルが、安倍政権の対策に逆張りする形で「ロックダウン」の必要性を叫び、一方の保守はそれに反発するように「コロナはただの風邪。それより経済だ」などと言い始めたのです。まるでピンポンゲームです。

――リベラルも保守も、極論に走ってしまう傾向があると?

辻田 実際には、「私権制限を伴うロックダウン」も「コロナは風邪」も極論で、現実的な答えはその間にあります。

コロナに限らず、原発をめぐる議論や東京五輪の開催と中止、ワクチンの安全性など、それ以外の問題でも「敵か味方か」の二項対立ばかりが強調され、より単純でわかりやすく、インパクトの強い極論が社会を埋め尽くしていく。それが、SNS時代の特徴です。

――辻田さんは「専門家の知見」の暴走と「空気のエンタメ化」も、そうした傾向を強める要因だと指摘されています。

辻田 SNSと「専門家の知見」というのは大変相性がいいですね。例えば、コロナ対策に関するツイートに対して「いや感染症の専門家の知見はこうなんだ」「素人は黙れ」とかぶせる形で否定して拍手喝采を浴びるというのは、コロナ禍でよく目にする光景です。

ただ、感染症や医療の「専門家」の主張は、いかにその専門の範囲内では正しくとも、そのまま現実の社会に適応できるとは限りません。ロックダウンひとつとっても、地域共同体の破綻などによって、社会が壊れる可能性もあるからです。

本来であれば問題を細分化して検証する「専門知」と、全体を俯瞰(ふかん)的に見て「ザックリ言うとこういうことだよね」と理解する「総合知」のふたつのバランスが必要ですが、出版不況の結果、後者を担うべき雑誌などのジャーナリズムが弱体化してしまった。

片や、専門知はSNSの普及で拡散しやすく、視野の狭い議論が蔓延(まんえん)する社会になってしまった。極論ではない、「よりよい中間」を模索するために、弱くなった総合知の大切さをもう一度訴えなければならないと思っています。

一方、そうした「超空気支配社会」を積極的に利用する「エンタメ化」も進んでいます。政治家を含む人気商売にとって、SNSは今や重要な武器。しかも、ネット上の世論は熱しやすく冷めやすい。

ネット社会の「短期記憶能力」はどんどん低下しているので、長い目で見れば支離滅裂でも短期的に「今ウケること」を発信すれば人気が出る、そんなことが可能になっているわけです。

――米トランプ前大統領は、まさにそんな感じでした。

辻田 日本の政治家だと、河野太郎さんはSNSを積極活用していますね。先日の自民党総裁選では、これまでと主張がガラッと変わっていた部分も多かったのに、それが必ずしも否定的にとらえられない。

そういう、もともとポピュリスト的な体質がある人がSNS社会に乗っかった結果、より力を獲得するという現象は「超空気支配社会」のなかで、今後も増えていくのではないかと思います。

●辻田真佐憲(つじた・まさのり)
1984年生まれ、大阪府出身。評論家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『古関裕而の昭和史』『文部省の研究』(文春新書)、『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)ほか。共著に『教養としての歴史問題』(東洋経済新報社)、『新プロパガンダ論』(ゲンロン)などがある

■『超空気支配社会』
文春新書 1012円(税込)
SNSの普及によって、日本社会はこれまでになかった新しい同調圧力、新しいプロパガンダを生み出しつつある。新型コロナ対策、東京五輪の混乱をめぐって、なぜ「極論」ばかりが飛び交うのか、われわれはこの社会でどう生きていくべきなのか。こうした問いに答える、オンラインメディアで発表した数々の論考をまとめた著者初の評論集

インタビュー・文/川喜田 研

このニュースに関するつぶやき

  • 山本七平の「空気の研究」を思い出す。発想は興味深いが、中途半端な話。多分、彼自身のことは除外して語っていたがっかりする人物。「日本人とユダヤ人」を偽名イザヤベンダサンで出版。
    • イイネ!1
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