松坂大輔、笑顔の引退登板は四球 渾身の118キロ、日米通算377試合目

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2021年10月19日 18:04  ベースボールキング

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写真試合前に引退会見を行った松坂大輔選手<球団提供>
試合前に引退会見を行った松坂大輔選手<球団提供>
◆ 最後の対戦相手は横浜高の後輩・近藤健介

 今季限りでの現役を引退する西武の松坂大輔投手(41)が19日、本拠地・メットライフドームの日本ハム戦で引退登板を行った。

 松坂は本拠地ファンの大歓声を受けマウンドへ。横浜高の後輩である日本ハムの1番・近藤を打席に迎え、初球の118キロは高めに浮きボール、続く2球目もこの試合最速の118キロを計測し、ストライクでカウント1−1とした。しかし、その後は制球が定まらず3球連続ボール。最後は内角に大きく外れ、近藤もスイングできなかった。交代が告げられると再び場内から大きな拍手。最後まで涙はなく笑顔でチームメイトの労いを受け、降板時は日本ハムベンチ前で深々と一礼した。

 背番号18でラスト登板を終えた松坂は、降板後「最初、グラウンドに出た瞬間のファンの皆さんの拍手に感動しました。正直、プロのマウンドに立っていい状態ではなかったですが、最後の相手になってくれた北海道日本ハムファイターズの皆さん、打席に立ってくれた近藤選手、そして今日球場までお越しいただいたファンの皆さん、球場には来れなくてもテレビなどで応援してくれたファンの方々に感謝しています」とコメントした。

 松坂は横浜高3年時に甲子園春夏連覇を果たし、1998年ドラフト1位で西武入団。1年目から先発ローテーションに定着して16勝(5敗)で最多勝、新人王のタイトルを獲得した。西武での8年間で3度の最多勝を含む7度の2ケタ勝利をマーク。2007年からは活躍の場をメジャーに移し、レッドソックスでは日本人初となるワールドシリーズでの勝利投手にもなった。しかし、2009年以降はケガに泣かされ2011年にはトミー・ジョン手術を実施。2015年にソフトバンクで日本球界復帰を果たし、その後、中日、西武と3球団を渡り歩いたが、NPB復帰後は7年間で6勝に終わった。

 プロ生活23年間で日米通算377試合に登板し170勝108敗2セーブ、防御率3.53。この日の試合前に引退会見が行われ、「何の前触れもなく右バッターの頭の方にとんでもない抜け方をして、指先でひっかけられないくらい感覚がなく、ボールを投げることが怖くなった。もう投げるのは無理だなと。それで『辞めなきゃいけない』と自分に言い聞かせた」と引退理由を明らかにした。


【動画】最初で最後の復帰登板…エース松坂のラストピッチ
💐西武🦁

🎦 @PacificleagueTV
📝 最初で最後の復帰登板。"エース"松坂大輔のラストピッチは「四球」でした。#seibulions #ありがとう松坂 pic.twitter.com/kvgzIwcJqt— ベースボールキング⚾🥎 (@BaseballkingJP) October 19, 2021

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  • 長い間、お疲れ様でした。今後は、指導者として「日本球界」に貢献して欲しいです。
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