既得権益絡むテレビ視聴率への疑問「正しいデータが出てこない」とカンニング竹山

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2021年10月20日 11:30  AERA dot.

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写真カンニング竹山さん(撮影/今村拓馬)
カンニング竹山さん(撮影/今村拓馬)
 かつては、学校で「昨日のあの番組見た?」と話題の中心は人気テレビ番組だった。テレビに出演する側のお笑い芸人のカンニング竹山さんは、テレビ離れという言葉だけでは片づけられない、テレビ視聴の今に疑問を抱いている。


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 ここ最近、疑問に思っていることがあって、「本当にテレビは見られているのか?」。


 若い子と話をすると、本当にテレビを見てないんですよね。みんな、リアルに見ていない。テレビ番組は、若いタレントさんやギャルの代表、人気のYouTuberやTikToker出したりして制作しているけど、「それ、見られているの?」


 お笑いもネタ番組やコント番組が増えてはいるけど、ロケで出会った若い子たちとか10代の学生に聞いてみると、「学校でテレビ番組の話は話題にものぼらない」って。「あの番組見た?」というのはもはや若い子たちのメインの話ではない。


 我々の世代はリビングにテレビがあって、家族でテレビをつけて視聴するというのが当たり前だった。最近聞いた話で感心したのは、そのリビングにあったテレビという存在が今やモニター化しているということ。家の大きなモニターでYouTubeが見られて、Netflixが見られる。だから、テレビはモニターでしかないということ。


 また、今の子どもたちは小さい頃からYouTubeを見て育っていますよね。例えば、親が渡したスマホでベビーカーに乗りながら『おかあさんといっしょ』を視聴したりする。その点からも、家のテレビはモニター化し、このことに気付いて「新たな時代が来たな」と思った。


 モニターと化した今、テレビはもっともっと見られなくなると思う。そうなると、テレビ局は、番組というソフトを作るただの会社になってくる。そうは言っても、テレビが圧倒的に影響力はあると思うんだけど、「テレビが中心だぞ」って思っていることは、自分も含めてこっち側のエゴなんじゃないかな? 「テレビはまだまだ大丈夫だ」と言っているのは、こっち側だけが考えていることで、実は違うんじゃないか?



 テレビの視聴率などのようなデータに関しても、既得権益が絡みついちゃっているから、きちんとしたデータが出せる時代にも関わらず、それが出て来ず、変なことになっている。例えば、あるメーカーのテレビは配信を観られるようになっているからネットにつながっていて、リアルタイムの視聴のデータは出せるはずなんですよね。だけど、そのデータは表に出て来ない。どうしてそんなことになるかというと、既得権益が絡み合っているから。正しいデータが取れる時代に正しいデータが出て来ないって、変じゃないですか!?


 例えば、コロナ禍での人流を可視化するために、渋谷のスクランブル交差点の人数が携帯電話からのデータで取れる。たくさんの人数の行動がカウントできる時代にはなっているのに、テレビの視聴に関してはデータが曖昧じゃない? テレビの視聴はデータの取り方がアナログで、ネットに関しては淡白に数字を出してくる。それって、意外にテレビの問題点なのでないかと思ってしまう。


  だから、このコラムでも話したことある疑問だけど、テレビのCMで扱った商品というのは売れているのであろうか? 若者に売りたい商品がある時に、「この番組はコアターゲットである13歳〜49歳にはそんなに視聴率が良くないですけど、若者が多く見ています」と言われた番組があったとして、その番組に付いたスポンサーの商品は本当に売れているのか? 批判したいのではなく、世の中これだけデジタル化していて、国もデジタルを推進していこうとしていく今、テレビの視聴率などのデータは、その動きを止めていない?


 これだけ、データだデータだっていう社会で、どうでもいいデータまで出せているわけじゃないですか。例えば、「千駄ヶ谷で人気ラーメン店ランキング」とか、狭い範囲のランキングとか、どうでもいいといえば、どうでもいい話。データが世の中に出回る社会になったのに、曖昧なデータには既得権益を行使し、正しいデータが出されると、それで商売し始める人が出てくる。白黒で物事を決めない日本を象徴しているような気がする。



 データ社会になって、事細かに数字が出る世の中になったことに、不都合な人たちも出てきている。それが悪い事なのかと言ったら、そうでもなくて、商売ってそういうものだったりもするじゃないですか。そこの難しさでしょうね。結局、狭間な時期なのかもしれない。


 自分がテレビに出演していて、反応としてはテレビが一番デカい。10年前と比べてどうかと言われたら、確かに違うというのも実感していて、僕に向かって「YouTube見ましたよ」と言ってくる人も出てきました。昔は全くなかったことです。でも、まだテレビが一番すごいことは間違いない。そこに、データという難しい問題が出てきている。


 データという問題点だけでなく、テレビ番組に対してコンプライアンスを問われるけど、身動き取れなくなっているのではないか? その結果、何が起こるかと言えば、いい番組を作れなくなりますよね。いいものを作るためにはどうするかというと、1人で作れるものを作るようになってしまうのではないかと思う。ひとりひとりが、自分のポジションにおいて色々なことを考え厄介なことにはなりたくない。例えば僕だったら「こういうことをやったら番組を干される」とか、そういう目に遭うのはイヤじゃないですか。各々のポジションで様々な避けたい厄介な事があるわけですが、みんなが1個1個避けていく集合体となると、世の中全体が避けるっていうことになる。面倒くさいことをやらなくなっていく。


 本来、ものづくりとは面倒くさいことにぶつかっていくこと。テレビ制作だけでなく町工場でものづくりでも同じで、厄介なことや面倒くさいことに直面するもの。テレビ番組の話をしていたが、日本は国も政府もなんだか面倒くさいことを避けてきているような気がする。気が付いたら、世界には経済でも負け、科学技術でも負け、何もかも負けている世の中が透けて見える気がする……。


■カンニング竹山/1971年、福岡県生まれ。オンラインサロン「竹山報道局」は、4月1日から手作り配信局「TAKEFLIX」にリニューアル。ネットでCAMPFIRE を検索→CAMPFIREページ内でカンニング竹山を検索→カンニング竹山オンラインサロン限定番組竹山報道局から会員登録。


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