両親を事故死させた男に祟りを…「人を殺せる本物の怪談」を探す怪談師がたどり着いたのは。人生を見つめ直せる“じんわり系ホラー”

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2021年10月22日 19:11  ダ・ヴィンチニュース

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写真『虚魚(そらざかな)』(新名智/KADOKAWA)
『虚魚(そらざかな)』(新名智/KADOKAWA)

 才能ある若手作家を誕生させる文学賞は世に多数あるが、その中でも毎年、受賞作が大注目されるのが「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」。

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 そんな名誉ある賞を受賞し、今年、作家デビューを果たしたのが新名智氏。大賞受賞作に輝いた『虚魚(そらざかな)』(KADOKAWA)は選考委員の綾辻行人氏や有栖川有栖氏、辻村深月氏など名だたる作家が絶賛した、インパクトある作品だ。

 ホラーとミステリを上手く融合させた本作は、たしかにゾクっとさせられるのに、クスっと笑え、ほろりと泣けもする一風変わった物語。ユニークなキャラクター設定も相まって、読者は独特な世界観にすっかり魅了されてしまう。

本物の怪談を探す怪談師が耳にした「釣り上げると死ぬ魚」のウワサ

 怪談師の丹野三咲は、“体験した人が死ぬ怪談”を探している。なぜなら、彼女には殺したいほど憎い相手がいるからだ。

 三咲は子どもの頃、両親と共に交通事故に遭い、ひとりだけ生還した。事故を起こした犯人の男が刑務所に入ることなく、執行猶予となったことに絶望し、幽霊や怪談、呪い、祟り、オカルト、超常現象などあやふやなものを頼り、生きるようになる。そして、いつしか呪いや祟りにまつわる怪談を集め始め、歪んだ野望を抱くようになった。

“もし、呪いや祟りが現実に存在し、ある条件のもとでそれが起動するのなら、法律などひとつも犯すことなく、あの男を殺せる。”

 そう思っていた時に出会ったのが、呪いや祟りで死にたがっていたカナちゃんという女性。2人は利害の一致から共に暮らし、協力しながら“本物の怪談”を探すようになった。

 そんなある日、三咲は「釣り上げた人が死んでしまう魚」がいるとの情報を耳にし、その真偽を調べることに。すると、とある川の河口で似たような怪談がいくつも発生していることが判明する。それらのウワサには水中から何かが出てきて、何かを語り、聞いた人が死ぬという共通点があった。

 もしかしたら、これは探し求めていた“本当の怪談”かもしれない…。そう思った三咲たちは調査を続行。怪談オタクな三咲の元カレの力も借りながら、ウワサの発生源と謎の魚の正体を追う。

 だが、真相究明に迫るにつれ、三咲とカナちゃんの関係には変化が生じ、物語は意外な方向へ。ホラー要素満点な魚ミステリは、戦慄のラストへ向かっていく……。

「目に見えない何か」に人生を託さない強さを

 一風変わったキャラクター設定が光る本作は三咲とカナちゃんの関係性が心地よいものであるため、普段ホラー小説に馴染みがない方でも手に取りやすい。

 2人は、互いのことを詳しく知らない。だが、その間には紛れもなく絆と呼べるものが存在しており、作中にはたびたび軽快なやり取りや心温まる交流が登場。それらが恐怖のバランスをちょうどよいものにしてくれるので、ホラー好きはもちろん、怖がりな方でも親しみやすい作品となっているのだ。

 また、個人的に本作は「心にじんわり染みるホラー」という新しいジャンルを確立した物語であると感じた。生き残ってしまったことに罪悪感を抱き、呪いという目に見えない何かにすがりつつ、自分の進む道を決めようとする三咲の生き方は、心に刺さるものがある。なかったことにしたいほど苦しい過去を持つ人には、作中に綴られているこの一文だって響くだろう。

“幽霊が出てきて感情をぶちまけ、罪のある人間を祟り殺しておしまいになるならずっと簡単だ。でも人生は怪談じゃないから、ここにいないだれかの感情を想像して、自分で自分を呪っている。”

 現実は、時に残酷だ。やり直したい過去をいくら嘆いても目の前に広がる世界は変わらないし、強い自責の念に駆られた時に「天罰」という可視化できる罪を与えてもらえるとは限らない。

 だから、受け止められない現実に直面すると、三咲のように「普通に生きることができている」という当たり前の事実が苦しくなってしまうこともあるだろう。けれど、それでも、私たちは生きていかねばならない。

 だからこそ、三咲が辿り着いた結末を見届け、過去の傷に折り合いをつけたり自分を守ったりできる方法を見つけてみてほしい。人生を見つめ直すこともできる、このじんわり系ホラーミステリであなたはどんな感情を釣り上げるだろうか。

文=古川諭香

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