一之輔が思い返す柳家小三治の「子供みたいな」笑顔と可愛らしい芸人ぽさ

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2021年10月24日 16:00  AERA dot.

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写真春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「師匠」。


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 お元気だと思っていた。小三治師匠って常に具合が悪そうで、でもそれなりに折り合いをつけて、仕事をしたり、旅をしたりのイメージ。「なんだかんだ長生きしそうだよね」って芸人仲間も言っていた。10月4日、岡山でお弟子さんの三三師匠と私の二人会。三三兄さんは「明日の朝、師匠の用で行かなきゃいけないんだ」と最終の新幹線で帰っていった。「9時半に師匠と朝飯だよ〜」とめんどくさそうに、でも少し嬉しそうな兄さん。10月10日、私は富山県高岡で独演会。仲入り休憩時、同行の後輩から「小三治師匠、お亡くなりになったそうです!」と聞かされた。


 2012年、私の真打ち昇進の記者会見で「久々にみた本物」と小三治師匠が言った。小三治師匠は世間へのアピールの仕方が上手い方だと思う。ぶっきらぼうだが気配りもされる。失礼ながら『褒められたらそれはワナ』を旨としてるので、本当に師匠がそう思っていたとはいまだに私には思えない。『芸にひねたところがない』とも。ありがたいけど、私、人間はかなりひねています。師匠、申し訳ありません(笑)。


 真打ち披露の初日。小三治師匠と私の師匠・一朝が高座の袖で並んで私の噺を聴いていた。うちの師匠はニコニコしてたが、小三治師匠の難しい顔がチラリと見えたので、なるべくそちらは見ないようにした。「『弟子の噺で笑えるのか?』って言われちゃったよ(笑)」と、うちの師匠。本当は私の芸は小三治師匠の好みではなかったと思う。そこをあえて堪えて抜擢してくださったのではないか。違いますかね、師匠。


 真打ち披露の口上書の挨拶文を小三治師匠にお願いした。協会会長が書くのは慣例だ。〆切を過ぎてもいっこうに上がってこない。沖縄の仕事でご一緒した日がリミットだった。その晩、「ロビーに来なさい」と言われ、ようやく原稿が頂けるのかと思いきや「ずーっと考えたんだが……一朝(私の師匠)の文を読んだら、オレはもう十分だと思う」とおっしゃった。ようは「書いてない」ということ。ずいぶん待ったのに今更それはないんじゃないかと、こちらもちょっとムッとして、「……かしこまりました。では、うちの師匠の『だけ』でいきます!」と返事をしたら「うん、お前の師匠の文は素晴らしい」とホッとしたような顔でニコッと笑った。夏休みの宿題がようやく終わったような(ホントは終わっていない)子供みたいな笑顔。つられて私も笑ってしまった。あの笑顔は卑怯だったなぁ。




 訃報を聞き、高岡独演会のトリの一席は季節外れの『青菜』にした。『青菜』は師匠の十八番。お客さんが師匠の一言をも聞き漏らすまいと張りつめていながら、それでいて温かい空間。普段あんなにおっかない顔なのに、小三治師匠の高座はいつもごきげんに見えた。「笑わせようとするな」とよくおっしゃってましたけど、師匠もけっこう「笑わせよう」としてるように見えました。「何もわかってない」と言われそうですが、『孤高の噺家』『求道者』と称される芸人らしからぬ師匠の、時々見えるその可愛らしい芸人ぽさが好きでした。小三治師匠、お疲れ様でした。


春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。新刊書籍『人生のBGMはラジオがちょうどいい』(双葉社)が発売。ぜひご一読を!

※週刊朝日  2021年10月29日号


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