『ちいかわ』が“幸福論を問う作品”であるという決定打 なぜ「オフィスグリコちゃんのカエル」でTwitterがどよめいたのか

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2021年10月24日 21:07  ねとらぼ

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写真現在2巻まで発売中の『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』
現在2巻まで発売中の『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』

 とってもかわいい、Twitter発の漫画『ちいかわ』。今ではグッズも多数販売されあちこちで見掛ける人気キャラクターです。つぶらな瞳のかわいらしい姿は、作品は知らなくても一度は見たことがあるんじゃないでしょうか。



【Twitterがどよめいた「オフィスグリコちゃん」回】



 マスコットが過ごす優しい世界っぽさのある『ちいかわ』。けれども『ちいかわ』をTwitterや単行本でちゃんと読んでいる読者はみんな、知っているはず。『ちいかわ』の世界は全然優しい世界じゃなくて、だいぶ過酷だということを。



 ちいかわ、ハチワレ、うさぎの仲良し三人を中心にした、メルヘンな作品なのは間違い有りません。作品の半分くらいは、この世界でのんびり過ごす3人のほんわかストーリーです。ただそのバックボーンになる世界観がだいぶハードコア。



 最近だとちいかわの更新と一緒に、『ゴールデンカムイ』の「不死身の杉元」がTwitterのトレンドに入るという珍事件もありました。人が死にまくる「ゴールデンカムイ」と一見全く関係なく見えますが、そもそも『ちいかわ』の世界は、かなり死と隣り合わせな環境です。



 「本当は怖いちいかわ」みたいな煽り記事を書くつもりはないです。『ちいかわ』に魅了された一読者として、この作品が持つヘビーな世界観と、そこに生きる者たちの弱くも強い輝きを追っていきたいと思います。



●リアルな日雇い労働



 『ちいかわ』が妙に生々しく見えるポイントの一つが、労働の描写。どちらかというと、しんどいものとして描れています。



 『ちいかわ』世界は日雇い制です。朝起きたら仕事をもらいにいき、何を行うか選択します。「草むしり」「シール貼り」「採取」「討伐」など仕事には難易度があり、大物討伐などきついものほど多くお金がもらえる仕組み。毎日労働することで日銭を稼ぎ、コツコツと溜めて暮らしている世界です。



 一部の例外(シーサーやパジャマパーティーズなど)を除き定職がないこともあり、労働自体に対して「頑張ろう!」という気持ちは個々にあるものの、やりがいを見つけて楽しんでいる様子ではないです。つらいけど頑張らなきゃ、という様子の子も見られます。



 ちゃんとそれなりの報酬があるし、仕事内容の選択もできるし、討伐には高い名誉もあるため、決してブラックではないです。かと言って労働の楽しさや幸福さの深堀りはされません。日がな一日ずっとシールを貼る仕事をするちいかわの姿は、どうにもリアル世界の仕事が思い出されてしんどい気持ちになります。



 どこに出資者がいるのかとか、統括しているのは何の組織なのかとか、謎だらけです。ちいかわたちをまとめているヨロイをまとった一族、通称鎧さんが何者かは現時点でも全く明かされていません。溜めたお金をちいかわたちが使うのは、これまた鎧さんが経営するいろいろなお店。キッザニアのように鎧さん経由で通貨が流通し、管理されているのか? 鎧さんがちいかわたちに仲良くなりすぎないように注意しているなど意味深なフラグもあるため、どうも何か隠されているようです。



 加えて労働にリアリティーがあるからこそ、ちいかわ世界のもっとディープな軸になる設定、討伐する側とされる側の関係性が引き立ちます。



●危険すぎる討伐



 ちいかわ世界には、ちっちゃくてかわいいちいかわ層と、それらをまとめる鎧さん層、そして世界に危険をもたらす討伐対象層(正式な名前はない)の3つが主に種族として存在しています。



 討伐対象はかなり危険で、ちいかわ層に対してダイレクトに暴力を働いてきます。作中を見ていると、顔に消えない傷を追わせたり、耳をかじりちぎったり(パジャマパーティーズ回で実際に癒えない傷を負わせています)と、相当凶暴。ちいかわ層の子を食ったり殺したりするシーンは出てきませんが、大ケガさせたりひどく泣かせたりかじりついたりするシーンは多々出てきます。



 これを討伐するのが、労働の一つ。ちいかわとハチワレはおそろいの刺股を持って、たまに小さいものから平均程度くらいまで討伐にいき、お金をもらっています。勇気を振り絞って討伐を頑張ろうとする姿は、少年漫画的に描かれることもあるのでワクワクするシーンです。にしたって相手の生態が何なのか全く分からない状態で、仕事だからと戦っているというのはあまりにも不気味。小さい相手でも「擬態型」といって実際は凶悪な強さを持っている場合もあるので、全く気が抜けません。



 ちいかわ層側から見たら、討伐対象は「襲ってくる危険な存在」という感覚で、あまり「友達になれる」という見方はないようです。平気でケガさせてくる、コミュニケーションの取れない討伐対象が毎日迫ってくるちいかわたちの世界、生きていくのがしんどすぎる。なお討伐後は鎧さんたちが回収するようです。ここも謎。



●討伐対象(以下・でかつよ)



 それまで『ちいかわ』ファンの間でうっすらと出ていた仮説が立証され、Twitterがどよめいた回がありました。



 ちいかわ層の子たちは、討伐対象(名前がないので以下「でかつよ」とします)のモンスターに変化するのではないか、という説です。



 以前ちいかわがシール貼りの仕事をしていたとき、となりの子(ファンによる通称・オフィスグリコちゃん)と意気投合したことがありました。その子とちいかわは、カエル型の貯金箱にお金を入れてお菓子をケースから取って食べる、オフィスグリコ的な食べ物をちいかわと交換したり、同じパジャマを着ている話で盛り上がったりと、次第に仲良くなっていきます。



 ある日、巨大でものすごく強いでかつよにちいかわ・ハチワレ・うさぎの3人は出会います。あまりに強すぎて、全く歯が立たない。そのでかつよはちいかわを見て、近くにいたカエルを指さします。さすがにそれだけでは、なんのことか全く分かりません。ここ、非常にレアなでかつよとちいかわのコミュニケーションのシーンです。



 ファンは察しました。「もしかして通称オフィスグリコちゃんがあの怪物になったのでは?」



 オフィスグリコちゃん、突然仕事に来なくなりました。いや待て、まだ確証はない。カエル……いやでも仕事はまだまだいろいろあるしたまたま来なかっただけかもしれない。



 その後かなりたってから、ちいかわたちが出会ったのと同じでかつよが出てきました。討伐しようと勇んできたちいさい生き物たち。しかしちょっと払っただけで吹き飛ばされてしまい、泣きながら逃げていきます。



 そのでかつよは寝る前に、過去を思い出します。シール貼りの厳しい日々。うまくいかない討伐などの労働。辛かった思い出が次々湧いてくる。その一方で強くなった自分のことを思い浮かべ、ニヤリとする。笑顔になって、大きくて強い自分の今の姿を喜んで、エンド。



 ちいかわと同じパジャマ。ほぼ確定です。ちいかわとシールを貼っていた子が、でかつよになってしまった。こんなことってあるのかと、ファンは分かってはいたものの、大混乱。『ちいかわ』がただのメルヘンじゃなく、幸福論を問う作品だという決定打を、ついに出してきました。



 ここだけ見ると「闇堕ち」とか、「まどか☆マギカ」の「魔女化」にも見えますが、そうではないです。なにより、この子は幸福そうです。



 オフィスグリコちゃんは労働のつらく孤独な生活から脱却し、大きくて強い身体を選びました。だからそれに対して「かわいそう」というのは間違い。今はとても強くなれて、幸せでいっぱいになっています。



 小さくかわいい存在でいることが幸せである、というのが漫画で描き続けられてきたし、でかつよは倒されるべき悪として表現されてきたので、どうしても幸福を小さい方に求めてしまいたくなります。でも「これも幸福の形なのだ」という表現を具体的に入れたことで、敵と見なされる側の価値観の違いを表現しました。ちいかわ層と討伐対象、どちらがより幸福か、という比較はできません。とはいえ、もしちいかわやハチワレやうさぎがでかつよキメラになったら……とは考えたくないのも事実です。一度なりかけたこともありましたが、その回はほとんどホラーでした。



 またそれとは別に、ちいかわたち3人が妖精のような姿になったことがあります(でかつよ系とどう違うのかは不明)。ちいかわにとってその姿は、とても自由でかわいくて楽しいものでした。もしかしたらこれが、ちいかわの理想、願望だったのかもしれません。このまま妖精でい続けるか、もとの労働の日々に戻るか、自身の幸せのあり方が問われます。



 ちいかわが元に戻る決意をしたのは、友人たちとの日々の思い出があったからでした。このシーン、ぜひ先程のオフィスグリコちゃんの回想シーンと比較してみてください。



●作者ナガノのなりたいもの



 そもそも『ちいかわ』という作品は、もともとは作者のナガノがなりたいものを描いた作品。なんか小さくてかわいらしいものになりたい、という願望がちいかわというキャラクターを生みました。願望そのものの原型はありつつ、人格を持って一人歩きしているのが現在だと思います。



 と同時に、ナガノはでかくて強い存在になりたいという描写もしています。どちらになりたいかを、個々が選択しているのが『ちいかわ』世界という仮定がここで生まれてきます。



 オフィスグリコちゃんは、小さくて苦しい生活よりも、大きくて強い自由を選びました。ちいかわは小さくて弱くて日々が労働でしんどくても、ハチワレやうさぎとの友情に幸福がある今の姿を選んで暮らしています。



 人間と動物が接する時にどちらが幸福かなんて分けることができないように、ちいかわもでかつよも、どちらにも幸福はあります。でも、その幸福の価値観は大きく異るため、どうしてもぶつかりあうこともあり、共存は非常に難しいようです。ちいかわ層がでかつよ層に襲われるのを恐れるように、でかつよ層だってちいかわ層に討伐されたくはないはず。なぜ襲うのかというと……先ほどの様子を見るに、力があると感じることが幸せだから、でしょうか。



●この世界の鍵となる存在・モモンガ



 『ちいかわ』の幸福論をより複雑にしているのが、準レギュラーとして出番の多いモモンガの存在です。一見かわいらしいふわふわのキャラクター。しかしなぜか色んな人に邪険に扱われています。鎧さんたちは普段、ちいかわ達に対して過保護ともいえるほど愛情を注いでかわいがっているのですが、モモンガにだけはやたら冷淡です。



 このモモンガ、中身はでかつよで、小さくかわいい元モモンガと魂を入れ替えたことでかわいい身体を手に入れた、という過去があるようです。でかつよ側が無理やりに乗っ取ったような形。理由は恐らく、かわいくなりたかったから。



 先ほどのオフィスグリコちゃんは自ら強くて大きな存在になる道を選びましたが、モモンガは一度大きく強い存在になったにもかかわらず、小さい身体になりたい、かわいくなって甘やかされたい、という欲望に飲まれた……ということなのかどうか。このあたりは「モモンガが誰にも相手にされず、邪険にされるギャグ」としてしか描かれていないので、周囲に本性が明らかになったときに大きく話が展開しそうです。少なくとも鎧さんたちは、既にモモンガの本性を知っている可能性はありそうですが……?



 問題は乗っ取られた元モモンガの方。この子はモモンガの姿に当然戻りたいわけで。しかし乗っ取られたままなので、他のでかつよのように凶暴ライフを楽しむわけでもなく、一人孤独に過ごしています。



 『ちいかわ』は基本的には、事件が少しでもいい方向に進もうとするのを繰り返す作品ではあるのですが、このモモンガ絡みは悪い方向にいったまま戻ってこれていない例の一つ。他にもちいかわの小さな友達の話など、「ちいかわ層とでかつよ層」の不一致による、悲しい結末のままの物語はいくつか存在します。やりきれない話ですが、どうしても価値観の違いで解決しないものはある、と認めざるを得ない。うまくいかなさも、『ちいかわ』という作品の魅力です。



●ランカーさんが示してくれる、かわいくて強い生き方



 ただしちいかわやハチワレのように、小さくてかわいいまま強くなりたいという思いを持つものも少なからずいます。とても難しいことですが、それを体現する存在として出てくるのが上位ランカーさん(ラッコ)。



 ふわふわ小さくかわいらしい姿ですが、明らかに他の子と違う歴戦の勇者の表情。実際討伐数はものすごい数のようで、巨大な相手も倒してバリバリ稼いでいるようです。それでいて甘いものが大好きだったり、一人だと歌を歌うのが好きだったりとかわいらしい一面もしっかりあります。



 ランカーさんはちいかわとハチワレの、少年漫画的な師匠ポジションとして登場します。2人の姿の中に何かを見いだしたのか、自らの経験から激励します。ふたりにとってのランカーさんは、他にない大事な「大人」の姿であり、憧れの人、師匠と呼びたい相手です。



 生き方は「小さくてかわいい」と「でかくて強い」の二極化されているわけではない。小さくてかわいくて強く生きることもできる。ただしそれには、強靭(きょうじん)な精神力がいる。『ちいかわ』世界には労働や命の危険など過酷な面が多々あって、人生と命の選択を迫られる場面があります。それが分かれば分かるほど、ランカーさんの存在はこの作品の光、ちいかわやハチワレやうさぎが成長していく道の可能性を開いてくれます。



 ちゃんと自身の武器で生き抜いて信念を貫くことはできる。ランカーさんは戦って強くなることに活路を見つけましたが、もちろん戦闘だけがこの世界を生き抜く術ではありません。



 ちいかわは戦闘面では決して強くありません。頭もいい方ではないようです(草むしり検定5級頑張れ……!)。しかし意外とダンスを覚えるのは得意なようで(パジャマパーティーズの代役の際に発揮された)、しかも歌が上手らしい。戦うことはできなくても、みんなを鼓舞する才能をちいかわは持っていることを、ランカーさんは見抜いています。果たしてちいかわは一歩成長したときに、どういう選択をするのか。少なくとも、幾多の困難をハチワレとうさぎとともにいることで切り抜けてきたのですから、強い友情のきずながある限りでかつよになるルートは選ばなさそうです。



 なあちいかわ、アイドルにならないか……?



●「なんとかなれー!」



 窮地に陥ることがものすごく多い、ちいかわ・ハチワレ・うさぎ。本当にやばいときに発せられるのが、ハチワレの「なんとかなれー!」という発言です。



 いうなればこれは、救済フラグ。やけくそな行動なんだけれども、それによってピンチから脱出できる、この漫画における切り札的発言です。『ちいかわ』ファンで、やばすぎる展開が続いたときに「なんとかなれー!」を心待ちにしている人は多いはず。



 この「なんとかなれー!」が、『ゴールデンカムイ』の杉元佐一が危機一髪のときに叫ぶ発言「俺は不死身の杉元だ!」に非常によく似ている……というところから、「不死身の杉元」がTwitterのトレンド入りになりました。見た目は全然違いますが、生きるか死ぬかの瀬戸際のやけっぱち、という点では全く同じだったりします。



 杉元佐一の発言は、絶対に諦めない、この窮地は乗り越える、という強靭すぎる意思から発せられるものです。同様にハチワレは絶対諦めない、頑張り続ける子。なるべくなら出ない方がいい発言ですが、これからも「なんとかなれー!」が出るたびに、3人はもりもり成長していくのかも。



●幼少期のトラウマの昇華



 ちょっと自分語りになります。実は『ちいかわ』のアカウントをぼくは2回ブロックしたことがあります。1回は草むしり検定の受験でちいかわだけ落ちたとき。もう1回はちいかわがむちゃうマンと写真を撮れなかったとき。



 怖かったからです。あまりにも的確に、幼いころに出会ってしまったトラウマを突いてきて、怖くて泣いてしまったからです。かつて似たような経験をして、つらすぎて心にふたをしていたんです。『ちいかわ』が開いちゃったんです。



 もう寝ても覚めても何をしていても、『ちいかわ』のそのシーンが反すうされてしまいました。冷や汗って本当に出るんだよ。ちいかわとハチワレが受験してハチワレだけ受かったときの気まずさ。みんなの中に飛び込む勇気がなくて諦めてしまい、ヒーローとの写真を撮れなかった悲しさ。今読み直しても心臓がバクバクする。幼少期につらくて悪夢にさいなまれていたのを、再び大人になって見ることになろうとは。



 ただ「ここまで気が狂いそうになるのは『ちいかわ』がすごいからではないのか?」と感じてから、ブロックを解いて恐る恐る読み直すようになりました。



 『ちいかわ』には多数、子どものとき体験するであろうトラウマが出てきます。大人になってからなら気にならないかもしれないことでも、子どものころは夢に見てうなされるような出来事のオンパレードです。ちいかわにできた小さな友達回や、パジャマパーティーズでのステージの失敗なんかで心を痛めた人、結構いる気がします。



 ちいかわたちの感性はピュアで子どもっぽい。でも労働と責任のある生活は大人と同じ。このちぐはぐさが大人の心の中の、子どもの部分をえぐっていくんじゃないか。しかも子どもが感じていたであろうトラウマを、何もかもハッピーにする作品ではないです。そこそこ痛い気持ちは残しつつ、自分たちで問題解決をするように必死に考えた末に、ちょっとだけいい方向に成長するのを見せてくれるのが『ちいかわ』です。だからこそ奇跡ではないリアリティーがあり、子どものころ感じたかもしれない読者の痛みの共感を、うまい具合に昇華してくれます。



 『ちいかわ』内には、先ほどのモモンガの件のようにまだまだ解決できていない問題がたくさんあります。でかつよになったオフィスグリコちゃんの回でTwitterがどよめいたことを振り返ると、大人をもびびらせるトラウマ感は正直あります。



 でも必ず、魔法のようなハッピーエンドじゃなくても、苦労しながら乗り越えてくれると信じられるから『ちいかわ』は毎日更新を待ってしまいます。どこかで絶対に「なんとかなれー!」が入ると信じて。


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