『ゴールデンカムイ』は漫画界の“鍋料理”? 大ヒットの秘訣を探る

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2021年10月25日 10:01  リアルサウンド

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『ゴールデンカムイ』は漫画界の“鍋料理”?

 野田サトルの『ゴールデンカムイ』といえば、現在の最新刊である第27巻の帯に、「17,000,000部堂々突破!!!」「Web&アプリ累計1億9,000万PV突破!!!」と書かれる大ヒット作である。漫画関係の賞を幾つも受賞するほど作品の評価も高い。また、テレビアニメも三期まで製作されている。ではなぜ本作は、これほどの人気を獲得したのか、あらためて整理したい。


(参考:【画像】『金カム』ラストスパートに向けた著者野田サトルのコメント


 『ゴールデンカムイ』がこれだけ大ヒットしたのは、もちろん面白いからだ。そしてその面白さは、本作によく登場する“鍋料理”に例えることができるだろう。


 鍋料理は基本的に具材が多い。これと同じように本作も、読者の興味を惹く具材が多いのだ。メインとなるのは、ストーリーとキャラクターである。まず、簡単な粗筋を記しておこう。物語の舞台は、日露戦争後の北海道。ある理由からまとまった金の欲しい帰還兵の杉元佐一は、アイヌの隠した埋蔵金の話を聞いた。だが、埋蔵金の行方を知っているのは、網走監獄にいる死刑囚だ。その死刑囚は、同房の24人に、埋蔵金の在り処を示す暗号を刺青で彫り込んだ。そして24人は脱獄したのである。


 この話を聞いた後、ヒグマに襲われた杉元は、アイヌの少女のアシリパに助けられる。アシリパの父親は、埋蔵金に関係して殺されたらしい。それぞれの理由で埋蔵金の鍵となる脱獄囚の“刺青人皮”を求め、杉元とアシリパは相棒となる。


 しかし刺青人皮を求めるのは、彼らだけではなかった。鶴見篤四郎中尉率いる第七師団と、ひそかに生き延びていた元新選組副長の土方歳三(彼も24人の脱獄囚ひとりである)とその仲間たちも動いている。さらに、杉元たちと行動を共にするようになる脱獄王の白石由竹を始め、刺青人皮を背負った24人も、それぞれの思惑で行動していた。かくして始まった刺青人皮の争奪戦により、北の大地で激しい戦いが繰り広げられるのだった……。


 多数の登場人物が離散集合・呉越同舟するが、ストーリーそのものはシンプル。ベースになっているのは、物語の黄金パターンである宝物(の鍵)の争奪戦だ。さらに杉元とアシリパの目的が、刺青人皮を入手することと、そもそもの発端となった死刑囚に会うために網走監獄に行くことであり、そこからブレることがない。網走監獄での騒動が終わった第14巻以降も、舞台を拡大しながら、宝の鍵の争奪戦が続く。シンプル・イズ・ベスト。だから読者は、すなおにストーリーの流れに乗ることができるのだ。


 一方、キャラクターに目を向けると、どいつもこいつも味付けが濃い。たとえば、主人公の杉元佐一。激しい闘争心と、生きることへの執念、そして驚異的な回復力から“不死身の杉元”と呼ばれる英雄だ。もうひとりの主人公であるアシリパは、優れた狩猟能力とアイヌの知恵を持つが、戦いの中で不殺を貫こうとする。物語が進むと、アイヌの未来を考えるようにもなった。果敢に戦うふたりは、まさにヒーローとヒロインの貫禄充分である。


 ところが、時にふたりが霞むほど、他の登場人物が濃すぎる。鶴見や土方だけでなく、第七師団や土方一派の面々が強烈。さらに、次々と現れる24人の脱獄囚たちが、アレ過ぎるのだ……。人の命をなんとも思わない凶悪犯や、グロテスクな行為に浸る者などを、作者は楽しそうに描いている。しかも彼らの死に方が、妙に格好よかったり、感動的だったりする。本作の登場人物の多くは、人殺しを躊躇しない人間なのだが、それなのに読んでいるうちに好意を覚えてしまう。作者の漫画力の凄さというしかない。


 この他、グルメ漫画の要素も見逃せない。本作にはやたらと食事場面が出てくる。作者のインダビューによると、最初、日露戦争帰りの若者を主人公にした狩猟漫画を考えていそうなので、その名残だろうか。他のグルメ漫画とは一線を画した、野趣に富んだ料理の数々も、本作の魅力になっている。


 次に、明治の北海道(と樺太)の自然である。ヒグマを始め、エゾオオカミ、鯱、クズリ、アムールトラなどなど、多彩な生物もリアルに描かれている。本作のタイトルが白土三平の『カムイ伝』を想起させるということもあるが、個人的には白土漫画の流れを汲む自然描写だと思っている。


 さらに、アイヌ文化も克明に描写されている。どれだけ調べたのかと感心するくらい、巧みな絵によってアイヌ文化が表現されているのだ。アイヌのみならず、少数民族の文化をいかに保護・伝承するかは、大きな課題である。だからこそ、本作の果たす役割は大きい。


 このことに関連して留意したいのが、第13巻での石川啄木(登場しているのである)の発言だ。日露戦争を境に日本の新聞に写真が載るようになったといい、続けてアメリカの新聞王アィリアム・ハーストに触れて、「その新聞王はとにかく絵や写真を紙面に載せることに執着するそうだ」「読者の視覚に与える影響力のデカさをよく知っているんだろうな」と述べているのである。この“読者に視覚に与える影響力”は、まさに本作にも当てはまる。漫画の絵の力によって、多くの人がアイヌ文化を知ることができたのだ。


 随所に挿入されるパロディ絵や、シリアス・シーンにぶち込まれるギャグなど、まだまだ言及したいことはあるが、これくらいにしておこう。具だくさんの鍋料理のような本作、読めばたちどころに満腹になれるのである。


(文=細谷正充)


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