SNSや掲示板などネット上での誹謗中傷投稿が止まらない。匿名性をいいことに言いたい放題な人もいるが、専門家によると誰が書いたのか特定するのは容易だとか。何げなく書いた投稿が刑事事件になる可能性は十分にあるのだ。
ネット誹謗中傷被害者は増加傾向
「周りの人が誰も信じられなくなりました」
今年6月、千葉県に住む保育士の鈴木理恵子さん(30代前半・仮名)はネット上で誹謗中傷を受けた。
「匿名掲示板やSNSで複数の(とみられる)人から“あたおか(頭がおかしい、という侮辱的な意味のスラング)”“ウソツキ女”と書かれだしました」(鈴木さん、以下同)
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鈴木さんには誹謗中傷のきっかけがなんとなくわかっていた。それは当時はまっていたゲームのファン仲間とのやりとりだった。
「考えの違いからその何人かとトラブルになりました。そのうちの誰かが書き込みを始めたんじゃないかな……」
匿名なため実際に誰が書き込んでいるかはわからない。
「“ファンをやめろ”とか“●●(鈴木さんのハンドルネーム)は存在が迷惑”とか悪口だけでなく、私の仕事や住んでいるところなどの個人情報も晒されるようになったんです」
投稿を読むたびに動悸が激しくなり、涙が出た。食事も睡眠もままならず、心労から2週間で3キロやせた。
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鈴木さんは最寄りの警察署に被害届を提出。SNSはすべてやめて、掲示板も見ないようにしているというが……。
「友人は気にしないほうがいいと言ってくれるんですが、やっぱり私の知らないところで何を言われているのかは正直、気になります……」
鈴木さんのようなネット誹謗中傷被害者は後を絶たないどころか、増加している。
「あるネット配信に出演した女性が配信内での自身の行動や発言が元で大炎上しました。彼女のSNSのコメントは暴言だらけの大荒れに」(ネットに詳しいライター)
いくら腹を立てたからといっても、相手の人格を否定するようなネットへの書き込み行為は「自分の気持ちを書いただけ」ではすまされない。犯罪加害者として裁かれる可能性は十分考えられるのだ。
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「自分は関係ない」ではすまされないケースも
「ネット上での誹謗中傷はいちばん捕まりやすい犯罪」と、ITジャーナリストの三上洋さんは指摘する。
「匿名掲示板やSNSは匿名性が高く、面と向かって言えないことを書き込んで相手を懲らしめようという思考なのでしょうが、それは大きな誤り。投稿や拡散という行為はいちばん特定しやすい」
そこで誹謗中傷をした個人特定までの具体的な流れを三上さんに説明してもらった。
「SNSでも掲示板でも投稿にはインターネット上の住所、『IPアドレス』が記録されています。そこには、契約しているインターネットプロバイダーや携帯電話会社が記されています。『プロバイダ責任制限法』という法律を使い、被害者は誹謗中傷をした人のIPアドレス、プロバイダー契約者の開示を求めることができます」(三上さん)
誹謗中傷投稿の情報を開示し、投稿した人物を突き止め、訴訟を起こすケースは最近、増えている。誰が書き込んだのか、相手がわかれば民事訴訟で慰謝料を請求できる場合がある。泣き寝入りせずに、裁判を起こす被害者も現れているのだ。
刑事事件となることもある。高橋麻理弁護士が解説する。
「1つは名誉毀損罪。例えば“Aは不倫してる”など事実かそうでないか問わず、相手を陥れるような書き込みをすれば犯罪として成立することがあり、その法定刑は3年以下の懲役もしくは禁錮。または50万円以下の罰金となります。
そして侮辱罪。“Aはばか、頭がおかしい”などの投稿がそれに該当する場合があります。事実と異なる書き込みをし、企業の業務を妨害すれば業務妨害に当たることも」
起訴され、実刑判決が出る場合もあるのか。
「状況にもよりますが、いきなり実刑は考え難い。ただ、初犯でも罰金が科されたり、起訴されて執行猶予つきの懲役刑が言い渡される可能性も」(高橋弁護士、以下同)
「自分は書き込んでいないから関係ない」ではすまされないケースもある。
「例えばAの社会的評価を下げる投稿をBがリツイートした場合、自分のコメントはなく、単純に拡散しただけでも名誉毀損罪が成立する場合もある。拡散を原因として訴えられれば慰謝料を支払う責任が生じる可能性もあります」
発言(書き込み)だけでなく拡散についても、慎重になる必要があるのだ。
では、なぜ誹謗中傷問題は止まらないのだろうか。前出の三上さんによると、
「その理由は2つ、ネットでは何を書いてもいいんだという意識。もう1つはその人の正義感問題です。誹謗中傷を書き込んでいる大多数は自分が正しいと思っている。相手や社会に迷惑をかけている人間をのさばらせてはいけない、と“正義の鉄槌”を下す理念で書き込んでいるんです。正義感は人それぞれ違いますが、自分が正しくて相手を攻撃することが世の中のために正しいんだ、と思っている人は少なくないんです」
書き込む際はいつでも加害者になりうるリスクを秘めていることも意識しておかなければならないのだ。
高橋弁護士も訴える。
「匿名で、誰だかわからない相手から“殺してやる”“おかしい”と言われたらどう思いますか? 気分を害するなんてレベルじゃないと思います。それを誰が書いたかわからないため、恐怖で外を歩けなくなったり、安心してコミュニケーションもとれなくなる。
何を言われるかわからないから自分の意見を言えなくなったり、日常生活すらままならない。直接、危害を加えていないと思われるかも知れませんが、心無い誹謗中傷で身体や財産に甚大な影響が及ぶこともあり、書き込むときには自分の名前と顔を出して発信しても後ろめたくないか、直接相手に言えるか、と考えることが大事なんです」
ネット上の書き込みは“公の場所”での発言
訴えられる前に投稿を消したからといっても罪が消えるわけではない。
「削除すると同時に明らかに犯罪が成立する場合は速やかに警察に出頭すること。それを含む対応を弁護士に相談することも検討したほうがよいでしょう」
前出の三上さんも述べる。
「インターネット上の書き込みは公の場所での発言だと思ってください」
ネット上でも、リアルと同じ接し方で生きていれば問題は起こらないはずだ。
●ネットに書き込んだ誹謗中傷で刑事事件になった事例(抜粋)
【その1】
・投稿者 原田隆司元豊田市議
・被害者 一般女性
〜概要〜
愛知・豊田市の原田元市議は2019年8月に茨城県常磐自動車道で起きたあおり運転事件で、容疑者の車に乗っていた女性と異なる女性に対し「ガラケー女」などと自身のSNSに書き込んだ。書き込まれた女性は元市議を訴え、東京地裁は名誉毀損を認め、元市議に33万円の賠償を命じた。
【その2】
・投稿者 30代女性ら2人
・被害者 川崎希さん
〜概要〜
元AKBメンバーでタレントの川崎希さんに対し、匿名掲示板で誹謗中傷。ほかにも自宅住所をさらすなどの書き込みを行ったとして、2020年3月、山形県の主婦(39)と大阪府の事務員女性(45)を侮辱罪の疑いで書類送検した。
【その3】
・投稿者 20代男性ほか
・被害者 木村花さん
〜概要〜
自殺したプロレスラーの木村花さんに対し、生前、暴力的なコメントを複数回木村さんのSNSアカウントに書き込んだ。侮辱罪で略式起訴され、東京簡易裁判所は2021年3月、科料9000円の略式命令を出した。ほかにも福井県の30代男性も今年4月、書類送検されている。
今年9月には木村さんの母親・響子さんに対しても誹謗中傷を繰り返した東京都の40代男性が書類送検された。
【その4】
・投稿者 20代男性
・被害者 中川翔子さん
〜概要〜
匿名掲示板で「自殺しろ」「硫酸をかけてやる」など殺害予告とも受け取れるような書き込みも行った。今年10月、侮辱と脅迫の疑いで書類送検された。
ネットの誹謗中傷投稿で刑事事件に発展したケースの一部。タレントなど著名人に限らず、事件の加害者と誤認された一般人やその関係先も被害に遭うことも
お話を聞いたのは……弁護士高橋麻理さん
Authense法律事務所所属。元検察官。退官後、弁護士に。刑事事件、企業法務案件、離婚等家事事件等を担当
お話を聞いたのは……ITジャーナリスト三上洋さん
セキュリティーやネット事件、スマートフォンなどネット事情全般に詳しい。文教大学情報学部非常勤講師