『SPY×FAMILY』違和感が生み出す圧巻のストーリーテリング 殺し屋・ヨルの仕事への葛藤を描く最新刊レビュー

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2021年11月29日 08:01  リアルサウンド

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写真『SPY×FAMILY』圧巻のストーリーテリング
『SPY×FAMILY』圧巻のストーリーテリング

 遠藤達哉の漫画『SPY×FAMILY』(集英社)の第8巻が発売された。本作は漫画アプリ「少年ジャンプ+」で配信されているスパイアクション&ホームコメディ。


 西国(ウェスタリス)のスパイ〈黄昏〉は、東西の平和を脅かす東国(オスタニア)の国家統一総裁・デズモンドの戦争計画を止めるため、精神科医のロイド・フォージャーと身分を偽る。そして、デズモンドの息子が通う名門・イーデン校に潜り込むため、孤児院でアーニャという少女を引き取り、市役所で働くヨルを妻とする偽りの家族を作るのだが、実はアーニャは人の心が読める超能力者、ヨルは殺し屋〈いばら姫〉だった。


 本作は3人が偽りの家族を演じるホームコメディと、国の平和を守るために諜報活動をおこなうロイドのスパイアクション。そしてイーデン校に通うアーニャを中心とした子供たちの物語が交互に展開される。


 この第8巻で電子書籍も含むシリーズ累計発行部数は1250万部を突破。同時に2022年にアニメ化されることも発表された。多メディアでの展開もスタートし、ますます盛り上がりをみせる『SPY×FAMILY』だが、この8巻では、ヨルの物語が急展開を向かえた。


以下、ネタバレあり。


 弟のユーリと生きていくために殺し屋として働いてきたヨルだったが、すでにユーリも大人となり自立した現在、「殺しの仕事を続ける意味はあるのか?」と、迷い始めていた。そんなヨルに新たな依頼が舞い込む。今回の任務は安全な第三国に逃亡するグレッチャーファミリーのオルカとその息子を護衛するためにクルーズ船に同乗するというもの。劇中ではオルカを殺し屋から守るヨルたち秘密組織ガーデンのサスペンスアクションと、同じ船に乗ることとなったアーニャとロイドのホームコメディが同時に描かれた。 


 全貌を知っているのは(超能力で心の声を聴くことができる)アーニャだけなので、彼女がロイドをヨルから遠ざけたり、戦うヨルをこっそりとサポートするのだが、子供なので至らない場面や知識不足でミスをする場面がコミカルでおかしい。中でも笑ったのが、敵の殺し屋が武器として使う鎖鎌を“くさりガマ”という「鎖につながれたガマガエル」と誤解する場面。知識が乏しくてアーニャが言葉の意味を間違える場面は今までにも登場したが、画の面白さもあってか、このシーンは一番ツボに入った。


 クルーズ船でのエピソードは、短編が多い『SPY×FAMILY』の中ではもっとも長い回となっている。同時に夫のロイドが本編に絡まず、完全に蚊帳の外でコミカルに描かれる異色回なのだが、コメディとシリアスが同時進行していくという意味では、もっとも『SPY×FAMILY』らしい回だとも言える。同時に一気に踏み込んだなと思うのが、殺し屋として働くヨルの葛藤で「ついにこれを描くのか?」と驚いた。


 本作では、スパイと殺し屋と超能力者が素性を隠して家族を演じるのだが、今までページ数が大きく割かれてきたのは、アーニャのイーデン校での生活や家族の日常だ。その次に多く描かれているのがスパイとしてロイドが任務を遂行する場面で、ヨルが殺し屋として働く場面はエピソードとしては、ほとんど描かれていない。彼女が殺し屋らしさをみせる場面はスポーツ等で怪力と超体術を一瞬披露する場面に留まっており、基本的には天然のかわいらしい奥さんという役割だった。


 おそらく序盤でヨルが殺し屋として人を殺すシーンをはっきりと描いてしまったことは、本作のコメディとしてのバランスを歪なものにしていた。ロイドもスパイという職業上、殺人をおこなう場面もあるのだが、そのあたりはだいぶボカされているため、コメディの範疇に収まっている。対して、仕事とはいえ躊躇なく人を殺すヨルが優しい妻として振る舞っている場面は、見方によっては相当なホラー描写にも見える。そのため本作を温かいホームコメディとして楽しめば楽しむほど「でもヨルは殺し屋だしなぁ」と、うまく呑み込めない小さな違和感があった。だが、この第8巻を読んで、むしろこの違和感があったからこそホームコメディとして本作は突出しているのではないかと考えを改めた。


 アーニャたちが船上で打ち上げ花火を楽しんでいる中、ヨルはオルカと彼女の息子を守るために次から次へと襲いかかってくる殺し屋たちと戦い、容赦なく殺していく。ポップでスタイリッシュな画は維持されているが、ヨルの殺害場面ははっきりと描かれており、今まで抑え込んでいた鬱屈が一気に爆発したかのような暗いカタルシスがある。戦いの中でヨルは、ロイドたちフォージャー家の存在がいかに大きかったかを実感し、自分が「殺し屋として手を汚すこと」の意味を改めて考えるようになる。


 殺し屋としてのアイデンティティをヨルが再確認していく終盤の流れは圧巻の一言だ。血なまぐさいサスペンスがあるからこそ、偽りの家族との楽しい日常を描いたコメディが際立つという本作の作劇構造が、作品のテーマに昇華された名場面である。


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