「ウチもメタバースに参入してみるか」を成功させる3つのポイント 日産の事例から探る

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2021年12月01日 12:42  ITmedia NEWS

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写真VRChat版NISSAN CROSSING
VRChat版NISSAN CROSSING

 VRを軸としたインターネット上の新しいコミュニケーションのプラットフォーム、「メタバース」への期待が急速に高まっています。



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 新型コロナウイルスによるパンデミックの影響もあり、リアルのイベントが開催が困難となる中、「VRChat」や「cluster」などソーシャルVRサービスのユーザー数は大きく拡大し、バーチャル空間上でのイベントも数多く開催されるようになりました。



 それに注目した企業活動もすでに活発化しています。



 FacebookがMetaに名前を変え、自らをメタバースを推進する企業と位置付けたことは大きく報じられましたが、国内でもサンリオが「SANRIO Virtual Fes in Sanrio Puroland」を12月に開催予定であったり、バーチャルマーケット(Vket)2021のようなバーチャル空間上のイベントに多くの企業が出展するなど、企業のメタバース参入が相次いでいます。



 その一方で、VR上で活動しているユーザーの数はそれほど多くはありませんし、どうすればそうしたユーザーにリーチできるコンテンツが作れるのか、そこにはどんなメリットがあるのか、まだまだ手探りの状態の企業が多いはずです。



 そんな中、独自色の強い取り組みで話題になったのが11月4日、VRChat上に自動車ギャラリー「NISSAN CROSSING」を再現した日産自動車です。



 バーチャル空間上に自動車ギャラリーを再現するだけではなく、コミュニティーを巻き込んでイベントを開催することでVRコミュニティーとSNSをまたいで話題を作り出したケースとして、VRマーケティングの現状を知るための好例となっています。



 私は今回このバーチャル「NISSAN CROSSING」プレスツアーで司会のお手伝いをしていましたが、主催者側とVRChatユーザーの両方の視点からこの取り組みを見ることで浮かび上がってきた、企業がメタバースに参入する際に重要ないくつかのポイントについて紹介したいと思います。



●VR上でギャラリーもイベントも再現する



 日産自動車が今回メタバース参入の足掛かりとして制作したのが、VRChat上のワールドとして公開されたバーチャル・ギャラリー「NISSAN CROSSING」です。



 銀座に存在する実際の自動車ギャラリーのビルと内装を3次元モデルから忠実に再現するとともに、EV車両「アリア」も実際のCADデータ用いて詳細に作られたモデルが配置されています。



 ユーザーは現実のギャラリーに立ち寄る感覚で展示されている車両を見たり、2階のイベントスペースや奥のカフェコーナーで過ごすことが可能になっています。



 関係する建物だけがぽつんとVR空間上に配置されているのではなく、実際の銀座の仮想的な街並みが窓の外に見えるので、スクリーンショットを撮影していても「映え」ます。



 魅力的なワールドを精力的に制作していることが見て取れますが、さらに面白いのはこのVR空間の利用方法です。



 企業がブースや商品といったものをVR上に展示した場合、その情報についてリリースを発信するだけというパターンがよく見られます。しかし「NISSAN CROSSING」の場合、ここがギャラリーであることを利用して、スタッフも来場者もVRChat上に集合する完全にVR上のプレスツアーが開催されました。



 VR上とはいえ、演出も進行も現実さながらです。例えば赤い布で覆われたビルが丸ごとアンヴェールされたり、執行役副社長の星野朝子氏が本人を3次元スキャンしたアバターの姿で登場してあいさつするといったサプライズもあり、メディア向けの熱心なプレゼンテーションが行われました。



 こうした取り組みも奏功して、バーチャルギャラリーのNISSAN CROSSINGは開設されてから数日で来場者がのべ数千人を記録し、VRChat内におけるワールドの人気度も非常に高くなっています。



 その後、NISSAN CROSSINGを出発し、VR上で地球環境について考えるツアーが企画されるなど、単にVR上に企業コンテンツの3Dモデルが置かれているだけではない、実際に人と話題を集めるマーケティング活動が行われているのです。



●ポイント1「コミュニティーに向けてVRワールドを開放」



 NISSAN CROSSINGの公開とその後の運用には、今後企業や個人がメタバースに展開する上でヒントとなる点がいくつかあります。



 それは単に3DモデルやコンテンツをVRプラットフォーム上に置けばよいというのではない、VRコミュニティーを巻き込んだ取り組みの在り方といえるものです。



 その1つ目のポイントが、企業がVRコンテンツをコミュニティーに向けて利用を解放している点です。



 例えば今回公開された「NISSAN CROSSING」はVRChat上で誰でもワールドのインスタンス(複製したもの)を立ち上げられるパブリック=公共のワールドになっています。



 ユーザー視点で見ると、ここを友人との待ち合わせ場所や、秘密の会話の場所に利用してもよいわけです。



 そうした利用を想定して、2階はあえて何も配置されていないオープンスペースとなっています。これはVRChatのユーザーが自主的なイベントを開催する会場や、YouTubeの配信をするための背景といったものを求めているニーズを踏まえたものといえます。



 美しい建物も車のモデルも、最初の驚きが通り過ぎてしまえばあまり目に入らなくなってきますが、雰囲気の良いギャラリーを独り占めにして友人と語り合う時間は、VRならではの貴重な「体験」となります。



 企業側が見せたいものだけを並べるのではなく、ユーザーが主役となって活用できる空間を提供するという、時代に合わせた発想の転換といえます。



●ポイント2「副社長も、社員もVRに歩み寄る」



 もう1つのポイントは、主催者側が実際にVRに歩み寄っている点です。



 例えばNISSAN CROSSING公開時のプレスツアーでも、その後開催された「日産アリアとめぐる環境ツアー」でも、案内役となった日産自動車の日本事業広報渉外部の遠藤氏と広報の鵜飼氏はアバターの姿で登場し、メディアを先導して説明しています。こうした事例はまだまだ珍しいといえます。



 スタッフは他の参加者と区別できるように日産自動車のロボットカー「エポロ」の姿になっていたり、遠藤氏と鵜飼氏のアバターには小さく社章とSDGsのバッジが組み込まれていて、一般来場者と見分けられる工夫もされています。



 ユーザーの視点で見ると、企業側のスタッフが実際にアバターの姿になって踏み込んだ説明をしてくれるのは、体験として大きな差があります。



 SNSが誕生したときにも、企業は当初どのように広報をすればよいのか分からず、手探りの状態が続いていた時期がありました。メタバース上のマーケティングも、いまは同じ段階だといえるでしょう。



 メタバースを人が集まるコミュニケーションの場として理解し、実際にその場に積極的に参入していくことを通して、一歩抜きん出たメッセージの発信ができるようになると言えそうです。



●ポイント3「VRコミュニティーの力を引き出す」



 今回のVR版NISSAN CROSSING制作やその後のイベントでは、VRChat界で活躍している一般のクリエイターに制作やスタッフを依頼しているという特徴もありました。



 例えば、VRワールドの制作には、ユーザーがあっと驚くようなギミックや演出を手掛けることで知られる「VR 蕎麦屋」ことタナベ氏が起用されています。2階に上がると聞こえてくる優しいBGMは、VRChatで音楽活動をしているSUSABI氏に楽曲を依頼しています。



 それ以外にも、アバターのOculus Quest対応などといった技術サポート、イベント当日の案内スタッフ、遠藤氏と鵜飼氏に対するアバターの演技指導といった形で参加しているクリエイターもいて、全員が日産自動車の公式リリースに名前がクレジットされています。



 プレスツアーについても、既存の媒体に加え、VRに特化したWebメディアやVRコミュニティーのインフルエンサーの取材を募ることで効果的にVRコミュニティーに情報が拡散するようになっています。



 これをVRChatコミュニティー側の視点で見ると、「あの人が制作に参加しているのか」「あの人が話題にしているのか」と、知っている人の名前が出てくるだけでも心が動くきっかけとなります。



 精度の高い美しいワールドを制作すれば来場者が来てくれるはずといった距離を置いたアプローチではなく、企業側がVRに対してどう向き合うのか、どのようにVRコミュニティーを巻き込んでいくのかを考慮することが、今後企業のメタバース参入の成否を分けるポイントだといえます。



●企業参入でVRコミュニティーがさらに発展する可能性も



 しかし、と反論するひともいるかもしれません。現時点ではVRを体験できるユーザーはそれほど多くありませんし、今回の仮想世界版NISSAN CROSSINGの訪問者数をWebページのPVのように考えた場合、そこまでメリットがあるといえるのか? という、もっともな論点です。



 この点について今回のワールド公開を主導した日産の広報に話をうかがうと、これは話題作りそのものよりも、長期的にVRコミュニティーの一員としてコミュニケーションするための足掛かりとして考えているという回答が得られました。



 今後、発表会や公開セミナーといったイベントをVR上で開催する場合でも、どこで開くかが課題になります。そこで、そうしたVR上での企業活動の拠点となるNISSAN CROSSINGを先に公開し、VRコミュニティー内での認知を高めておくことが第一歩となるわけです。



 メタバースは単に3次元で体験できる仮想空間というのにとどまらない、そこに人が集まる新しい公共空間です。インターネット上でWebサイトを作ること、SNSのアカウントを育てるのと同じように、VR内における企業の存在感は一歩ずつしか作れません。いまはその黎明期であるといえるでしょう。



 また一方で、VRコミュニティーの一部には「企業がやってくると既存のVR文化が破壊されてしまうのではないか」「牧歌的だったVRの雰囲気が、次第に窮屈になるのではないか」といった不安も耳にします。



 企業側も広報を目的としてVRに参入している以上は発信したい情報が明確にありますし、企業として可能な発信と不可能な発信があるのは仕方がありません。そうした企業文化と、一般ユーザーの視点がすれ違うのは、これまでの企業のWeb利用やSNS利用の歴史を振り返っても何度も見られた出来事です。



 しかし今回のNISSAN CROSSING公開で、企業が既存のVRコミュニティーと共存して情報発信をおこなうことができる可能性も見えてきました。



 NISSAN CROSSINGのワールドが公開された直後、ユーザーの手による突発的イベントがそこで開催されるという出来事がありました。



 主催したのは、クリエイティブイベントSXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト)のアバター・ダンスコンテストで優勝を果たしたyoikami氏が団長をつとめるカソウ舞踏団で、その魅力的なダンスパフォーマンスを見るためにワールドの収容人数限界まで観客が殺到したのです。



 現実世界に当てはめるなら、これはギャラリーのこけら落とし後に一般のファンがフラッシュモブのイベントを開催し、そこにのべ100人ほどの観客が集まったことに相当しますので、現実には起こりにくい、VRならではの出来事といえます。



 企業である日産自動車がコミュニティーに向けて利用可能な空間をVR上に公開し、コミュニティーがそれを自由な発想で活用するこの光景は、SNS広報の一環で企業がユーザーにテーマを与えて自由な写真投稿や大喜利を募集する施策にも似ています。



 VRコミュニティーに配慮したコンテンツやネタを企業が提供し、コミュニティーがそれを自由な発想で楽しみ、それが結果的に企業の広報につながっていく。



 こうしたSNS上でも定番となった手法が、今後VRChatやclusterといったメタバース的なサービスでも増えていくことが予想されますし、それがVRコミュニティーにおけるクリエイターの活動をさらに広げる可能性もあります。



 企業であれ個人であれ、メタバースに参入する際にいかにしてVR空間上にコンテンツを置くのかといった技術的な問題は、比較的解決が楽なものです。本当に難しいのは、そこで活動しているユーザーの心をつかみ、VRコミュニティーの一部になっていくことです。



 そのハードルを乗り越えるには、実際にVRの世界を体験し、その一員となってしまうことが最も近道といえるでしょう。



(堀正岳)


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