人目をはばからず号泣  夫をノコギリで殺害した76歳女性の裁判傍聴記に寄せられた一通の手紙

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2021年12月01日 16:00  AERA dot.

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写真裁判傍聴記を読んだ女性から届いた手紙(提供)
裁判傍聴記を読んだ女性から届いた手紙(提供)
 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、ある事件をめぐるできごとから、女性に対する暴力とは何かを考えた。


【図】女性の自殺が急増?非正規、DV被害、産後うつ…「弱い人にしわ寄せ」の現実
*   * *
 今年3月、76歳の女性が夫をのこぎりで殺害したと自首したニュースが流れた。警察では「長年の恨みがある」と語っていた。事件発生時からすぐ、なぜ凶器にのこぎりを選んだのかが気になり、9月に始まった横浜地裁での裁判を傍聴した。その傍聴記を『週刊女性』に寄稿したところ大変な反響があった。その多くが「彼女は私だ」というものだった。夫からのDVやモラハラの末に夫の死を願うように生きている女性は決して少数ではなく、なかには、私に直接手紙を送ってくださる読者もいた。


 事件はこのようなものだった。


 女性は50年にわたって夫からのDVに苦しみ続けた。夫は毎晩のように酒を浴びるように飲み、「クソババア」「バカか」などの暴言を吐いた。生活費も十分に渡さず、女性が頭を下げてようやくわずかをよこすだけ。女性はスーパーのレジ係や、清掃の仕事などをして子供2人を育てた。


 子供たちが成人する頃に1度は離婚が成立した。しかし、離婚数年後にアルコール依存症になった元夫が栄養失調で倒れ介護が必要になってしまう。アルコール依存症患者を受け入れる介護施設は限られており、また長期の入院を負担する経済的余裕もなかった。


 親戚づきあいは一切なく、結局、女性が自宅で介護するしかなかった。子供2人に迷惑をかけられないという思いで、女性は男性と再婚する道を選ぶ。これが地獄の始まりだった。


 オムツを替えても夫はありがとうの一つも言わず、相変わらず女性をののしるような日々だった。やがてオムツは不要になるが、夫は自室に引きこもってしまう。部屋を出るのはトイレに行くときのみで、風呂も入らず、顔も洗わず、歯も磨かず、下着も替えない。雨戸を閉め切った部屋で一日中テレビをつけゲラゲラと笑い、時に奇声をあげた。そんな生活が17年間続いたのだ。




 2020年10月、通院した病院で女性は肺に影があると言われた。もしかしたら自分が先に逝くかもしれないという不安は、女性を十分に追いつめただろう。精神疾患を患う息子が通院のために月に一度不在になる日を選び、女性は夫の上に馬乗りになりのこぎりで首をひいた。生きがいだった娘の子供たちとの時間もコロナ禍で制限されるなか、孤独と絶望に追いつめられた末の犯行だった。


 なぜ、のこぎりだったのか。


 当初私は、男性に対する強い恨みの表れだと信じていたが、現実は全く違うものだった。女性の家には包丁がなかったのだ。確実に殺せる刃物が、のこぎりしかなかったのだ。


 母親の減刑を願う娘が証言台に立った日、「子供の頃に父母のけんかを止めに入ったとき、父親に包丁を向けられたことがある」と話した。それが原因だったかは分からない。それでも、DV家庭で包丁を隠したり、包丁を捨てたりすることは決して珍しいことではない。裁判官たちは女性が殴られたことがあるのか、けがをしたことはあるかなど暴力の頻度などを確認しようとしていたが、泥酔し暴言を吐きモノを投げたり包丁をちらつかせたりする男が既に凶器なのだ。


 被告席に座る女性は、額を自分の手で殴り、足をじたばたさせ、「できないよー」とうめき続けた。明らかに裁かれるような精神状態ではないはずだったが、裁判官は女性を抜きに裁判を続行することを決め、結果的に8年の実刑を科した。近年、介護疲れの果ての殺人には執行猶予がつくケースが多いが、裁判員らは女性の受けた被害の重さには注視せず、「介護はしていない」という理由から執行猶予をつけなかった。


 この事件について書いた記事を読んだ女性から手紙が届いたのは、3週間ほど前のことだ。そこには美しい字で、こういうことが記されていた。


「たまたま郵便局での所用を済ませたところ『週刊女性』が目に入りパラパラとページをめくりこの記事を読んだ。人目をはばからず泣いた。私と全く同じだ。私も夫の死だけを考える日を送ってきた。この記事を読み、初めて行政に相談に行った。私はもうすぐ殺人者になるかもしれなかった。夫に全て盗られてほとんどないお金から一冊『週刊女性』を買った。本当は100冊買いたいと思う。人生をとりもどすぞ!」



 人生をとりもどすぞ!


 その一文を読み、私こそ、人目をはばからずに号泣してしまった。こんな思いで生きている女性がどれだけいるだろう。包丁を夫の目から隠すように生活をしている人。ずっと心を殺されてきて、夫の死を願うことでしか未来が描けないほど追いつめられている女性。小さな子供を抱え途方に暮れている人。たとえ夫から逃げられたとしても経済的にどう生きていけばいいのだろう……と絶望の淵に沈む人。


 11月25日は女性に対する暴力撤廃の国際デーだった。この日を象徴するパープルの色をまとい、全世界で声があげられた。暴力は拳の力だけを意味するのではない。経済的に支配し、性的に支配し、感情を支配し、心を殺していく暴力がある。そのような暴力に名がつけられたのは、決して遠い昔の話ではない。日本でDV防止法が施行されてから今年でちょうど20年になる。DV防止法が施行されてもなお、救われることのなかった多くの女性たちがいる。


 夫をのこぎりで殺害した女性は裁判長に「後悔していますか?」と聞かれ、視線の定まらない様子でふらふらしながらも、小さい声でこう答えていた。


「悪いことをしたが、後悔はしていない」


 夫の死でしかこの暴力を止めることはできなかった。そこまで1人の女性を追いつめた暴力の正体を、私たちは捉えているだろうか。撤廃するための知を、力をもっているだろうか。そのことが、今、改めて問われているのだと思う。


北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表


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  • この事件は、娘がコロナ禍を言い訳にせず母親を支えていたら起こらなかったかもしれないね。
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