ビビる大木、ピン芸人になってからは“俺以外、全員吉本”の番組で孤独な戦い 「一言も喋らず」終わった番組も

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2021年12月04日 11:21  Techinsight Japan

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写真コンビ解散後は「本当に苦しかった」と語っていたビビる大木
コンビ解散後は「本当に苦しかった」と語っていたビビる大木
お笑いタレントのビビる大木(47)はお笑いコンビ「ビビる」で1995年にデビューすると、『笑う犬の冒険』にレギュラー入りするなど早い段階で人気を博していた。しかし2002年4月に相方が芸能界を引退、ピンで活動を始めたのだがその時が「本当に苦しかった」と話している。

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12月1日放送の『あちこちオードリー』(テレビ東京)に、同じ事務所の後輩であるAマッソの2人とゲスト出演したビビる大木。ワタナベエンターテインメント期待の女性コンビだが、ビビるとはあまり共演経験がないという。今年のAマッソはバラエティ番組への出演がぐんと増え、3時のヒロインの福田麻貴(33)ら事務所は違うが同期の面々と一緒に仕事ができるのがすごく楽しいと語る。一方のビビるは20代後半、コンビを解散してもピン芸人としてあちこちのバラエティ番組に呼ばれたものの、思わぬ壁にぶち当たったという。

「番組は俺以外、全員吉本さん」だったと言い、大阪時代に培ったやりとりや人間関係、絆のパスがあるので、話すきっかけも掴めなかったらしい。「1回もボールが回って来ないまま収録終了なんて、しょっちゅうあった」と当時を振り返り、現場に昔から知っている仲間や気軽に声をかけられる人が誰もおらず、非常に辛かったと話している。そこでビビるはまず人脈作りから始めようと、明石家さんま(66)の楽屋に行き「今度どこかに連れて行ってください、お願いします」と頭を下げたそうだ。事情を知ったさんまは、「俺は事務所とか関係あらへん、行こ行こ」とビビるを食事の席に誘ってくれたという。さんまだけでなく他の事務所の色んな人に世話になったそうだが、「これが一生続くのかと思うと怖かった」とビビるにとってはしんどい事も多かったようだ。彼の話を聞いていたMCのオードリー・若林正恭(43)は、「相当シビアで、孤独な戦いですね」とビビるの当時の苦労を思いやった。

このどうしても超えられない“吉本の壁”については、ぺこぱ・松陰寺太勇(38)が今年4月のラジオ番組『TOKYO SPEAKEASY』(TOKYO FM)で、同じ事務所の先輩であるメイプル超合金・カズレーザー(37)に相談している。トークが中心のバラエティ番組で、売れていない劇場時代のエピソードとかで結構盛り上がるところには「もう入っていけない」と松陰寺が言うと、「もう無理ですよね、MCが吉本の人だった場合は100%無理」とカズレーザーも同意する。MCがそれを求めているから、まずは先輩の芸人が振ったエピソードがウケて、それに後輩芸人が先輩が知らなかったエピソードをつけたしてさらにウケる。「それは鉄壁のガードというか」「こればっかりは人海戦術なので、どうにもならない」とカズレーザーはとうに諦めている様子である。ただ松陰寺は、無邪気に話に切り込んでいける相方のシュウペイ(34)のパワーに期待し、吉本芸人だらけの番組でも自分達の存在感を示したいとしている。コンビで相方がいればこのような作戦もできるが、ピン芸人のビビる大木は自分だけで何とかしなければならず、相当な努力をしたのだろうと想像できるのだ。

画像2枚目は『中山秀征 2021年11月11日付Instagram「今週もクイズイマジネーターありがとうございました!」』のスクリーンショット
(TechinsightJapan編集部 みやび)
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