「今は相手に尽くすことが大きなテーマ」片寄涼太が往復書簡に込めた“人”であるために必要なこと

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2021年12月05日 20:11  ダ・ヴィンチニュース

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写真片寄涼太
片寄涼太

 GENERATIONS from EXILE TRIBEのボーカル・片寄涼太さんと、彼をデビュー前から知る作詞家・小竹正人さん。10年来の付き合いのある「戦友」である2人が『デイリー新潮』上でかわした往復書簡が、『ラウンドトリップ 往復書簡』(新潮社)として書籍化された。コロナ禍で会うことはできなくても、手紙だからこそ引き出されていった想いと、片寄さんの素顔についてお話をうかがった。

(取材・文=立花もも 撮影=内海裕之)

――ふりかえってみて、いかがですか?

片寄涼太さん(以下、片寄さん) 率直に、“書く”ってことが、好きになりました。これまでもブログでちょっと長めの文章を書くことはあったので、ファンのなかにはもしかしたらこうした本を出すことについて「やっぱり!」って思う方もいらっしゃるかもしれないけど、内容は、世間の僕に対するイメージと違うところもあるんじゃないかなと思います。

――ご自身では、どんなイメージをもたれていると?

片寄さん GENERATIONS from EXILE TRIBEとして華やかにステージ上で歌い、キラキラした恋愛映画に出て、実生活でもかなりイケイケでキラキラしてる若者……みたいな? 違うかな(笑)。

――でも確かに、人付き合いがそれほど密ではなさそうだったり、SNSからは距離を置いていたり、想像していた以上に、まわりに流されずしっかり立っている方なんだなと読んでいて思いました。

片寄さん どんな表現をするときも、嘘はつかないようにしているんですけど、今回はやっぱり小竹さんとのやりとりだったっていうのが大きいですよね。自分ひとりで考えて思いつく文章と、小竹さんから投げられたボールを受け止めて、返すために思いつく言葉とでは、全然ちがう。

――まえがきに書かれていた〈この本のなかには《見えない二人》が存在する〉って文章、とても好きでした。続く〈人とは《誰かとの間》にこそ存在するのではないか?〉というのも。

片寄さん 《見えない二人》ってワードはずっと頭のなかに浮かんでいたんですよ。どんなに言葉を重ねても、けっきょく人のすべては語りつくせないでしょう? “自分”とは何か、なんてどこまでいってもわからないよね、っていうのが僕と小竹さんが共有していたテーマでしたし、往復書簡を終えた今も《見えない二人》だったよなあって実感を入れたかった。あと単純に、読む人をわくわくさせたかったんですよね。どういうことなんだろう? って。だって……小竹さんのあとがき、めちゃくちゃいいじゃないですか。

――よかったですね。〈対談の際の私たちは、空も海も見ずに砂浜で一緒にはしゃいでいた子どものよう〉とか、美しい比喩も炸裂していました。

片寄さん 僕がまえがきを書く前にすでに原稿はあがっていたんですけど、もっていかれた! って思いました。さすが、言葉のプロ。往復書簡さえ、すべてこのあとがきにたどりつくための前フリだったんじゃないかと思うくらい、すばらしかった。圧倒的な実力の差を見せつけられて、こんなの読んじゃったら何も書けないよ! って思ったけど、別に勝負をしているわけではないから書きました(笑)。あとがきで小竹さんが「涼太へ」ではじめてくれたのに対して、僕はあえてそれをはずし、あくまで本を読むための導入ですよ……というつもりで書きました。

――すごくよかったです。往復書簡のなかでも〈未来へのタイムカプセルのような感覚で書いている〉とか、これは対談ですが〈本当は愛なんだけど、愛まで行かないから、その言い訳みたいに恋っていうものがなっちゃってるのかな〉とか、片寄さんは素敵な言葉選びをされる方だなあと。

片寄さん 愛と恋の話はちょっとクサくて、改めて聞くと恥ずかしいですね(笑)。でも確かに、僕ってこんなふうに比喩を使うんだな、っていうのは自分でも新鮮でした。関西人なので、たとえツッコミに対する憧れもあるせいだとも思うんですけど。ワードセンスで笑いを起こす、ってすごくカッコいいじゃないですか。僕も、ド直球で伝えるよりは、ちょっとずらした言葉で表現したものが誰かの心に届くといいなって思ったのかもしれません。でもそれって、たぶん、自分ひとりでエッセイを書いていたら生まれなかったものじゃないか、とも思うんですよ。

片寄涼太

――小竹さんの文章に触発された?

片寄さん そうですね。でも比喩だけじゃなくて……〈人とは《誰かとの間》にこそ存在する〉の話に戻りますけど、自分ひとりだけ存在していてもその面白さや魅力ってなかなか伝わらない。自分以外の誰かが世界に存在することによって、言葉も行動も影響されて、自分自身さえ気づいていなかった一面が浮かび上がってくる。誰だって、“人”であるためには、必ず他者が必要なんだっていう、これまで生きてきて感じていたことが、この往復書簡には凝縮されているなって思います。

――往復書簡では、たびたび道ですれちがう人たちとのエピソードに触れていますよね。コーヒーを差し入れしたくなった警備員さんや、ワインショップの不愛想な店員さん。読んでいて、人との交流をすごく大事にされている方なんだと感じました。親しい人との密な付き合い、というのではなくて、自分の目に留まる出会いを、それが一瞬でも見逃さないようにされているというか。

片寄さん わりと運命を信じるタイプなんですよ。……っていうと、ちょっと言い過ぎかもしれないけど(笑)。この場に居合わせたこと、この人と言葉をかわしたことには、きっと何か意味があるはずだ、みたいな考え方が好きなんです。これも何かの縁だね、ってわりと照れることなく言っちゃうタイプ。だからワインショップの店員さんみたいに、これだけ不愛想なのには何かわけがあるんじゃないかとか、考えてみたりもするけど……きらいな人や苦手な人も当然いますからね。そんな、いい人ってわけではないです(笑)。

――タクシーの乗車場で横入りした人のエピソードは、怒ってましたね。

片寄さん そうそう。本当はあのエピソード、もっと怒りをぶちまけて書こうと思ったんですよ。でもそれは読む人にとっても心地いいものじゃないから、やめておきました。それにね、そのタクシーに乗らなかったのも何かの縁かもしれないし。乗ったことで起きるはずだった不運を、僕は避けられたのかもしれないし。というような、ポジティブシンキングで日々を乗り越えています。

――往復書簡では、小竹さんが片寄さんの写真集に寄せた〈きっとみんな、小さな嘘で自分を鎧いながら生きている〉という言葉もテーマのひとつでした。〈大人になるのは良いことだ、と思えるのっていつまでなんでしょうか?〉と小竹さんに問いかけているところは、読んで、そうとう悲しいことがあったのでは……と思ってしまったのですが。

片寄さん ええと、どれでしたっけ……〈いつからか歳を重ねていくことで知りたいことを知っていく悲しさが日々に纏わりついて、リアルな大人の事情とか、妥協とかそういうことばっかりにうんざりさせられて。これっていつまで続くものなのでしょうか?〉……ああ、そういうことか。わかる、わかるよ、涼太!

――(笑)。

片寄さん 心配させてすみません(笑)。これはつまり、歳を重ねていくと知識が増えていくぶん、知らなくていいことを知って、気づかなくていいことにも気づけてしまうようになるじゃないですか。純真に、のびのびと今を楽しんでいたころには、戻れない。どうしたってバイアスがかかってしまうから、物事を素直に受け取れなくもなってくる。それがちょっと、さみしかったんですよね。人生は、ずっとわくわくしたものであってほしいのに、たいていのことには新鮮味がなくなってしまったのも、悲しかった。

――過去形、ということは、今はちがう?

片寄さん その葛藤からは、抜けました。わくわくするための方法を、自分を新たにうみだしていかなきゃいけないんだ、って思うようになりましたね。今は、相手に尽くす、ってことが大きなテーマなんですけど。たとえばライブに対しての姿勢も、以前はちょっと冷めているというか、冷静に物事を見ようとしていたんですけど、今は前のめりでいいんじゃないかと思っている。もっとお客さんの目を見て、もっとお客さんに尽くすことで、僕も一緒に新しい景色を見ることができるんじゃないか、って。

片寄涼太

――お客さんのために尽くすことが、めぐりめぐって自分のためにもなっていくと。

片寄さん そうです。大人になるにつれて、何事においてもある程度の区切りをつけなきゃいけないことがわかっていて、「ここまで」っていうラインをみずから引いてしまっていたけど、それは僕が勝手に決めていた限界であって、本当のラインはもう一歩先にあるんじゃないかとか、自分がその一歩を踏み出せば、わかったつもりになっていた世界の見え方がまた少し変わっていくんじゃないかとか、そんなふうに感じられるようになりました。

――経験と知識を重荷とするのではなく、武器として使えるようになったんですね。

片寄さん ああ、そうかもしれません。もしかしたらまた数年後、「大人になるなんて……」って悩んでいるかもしれないけど、葛藤を繰り返しながら僕は生きていくんだろうなって思いますし、そういうときに今回の本みたいに言葉が残っているとおもしろいなと思いました。今の想いはそこにないけど「わかる、わかるよ!」って自分と握手したくなるような気持ちになる(笑)。そしてそういう、どこか渇いた状態だった僕に潤いを与え続けてくれたのが小竹さんだったのかもしれないなって思います。いろんな意味で、おもしろい1冊になったと思いますよ。読者の皆さんは、僕や小竹さんと直接やりとりをするわけじゃないけど、僕たちの言葉と自分の言葉の狭間で、どんな自分を見つけてくださるのか、とても楽しみです。


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