漫画ライターが選ぶ「2021年コミックBEST10」島田一志 編 『ルックバック 』という収穫

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2021年12月06日 10:01  リアルサウンド

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『ルックバック』藤本タツキ(集英社)

■2021年コミック・ベスト10(島田一志)


1位 『ルックバック』藤本タツキ(集英社)
2位 『東京ヒゴロ』松本大洋(小学館)
3位 『海が走るエンドロール』たらちねジョン(秋田書店)
4位 『チ。―地球の運動について―』魚豊(小学館)
5位 『怪獣8号』松本直也(集英社)
6位 『ダンダダン』龍幸伸(集英社)
7位 『ジーンブライド』高野ひと深(祥伝社)
8位 『藤本タツキ短編集 22−26』藤本タツキ(集英社)
9位 『虎鶫 とらつぐみ―TSUGUMI PROJECT―』ippatu(講談社)
10位 『アントロポセンの犬泥棒』川勝徳重(リイド社)


関連:https://realsound.jp/book/2021/12/post-918677.html/20211206-ranking-01


 2020年、地球全土を襲った新型コロナウイルスの猛威は、さまざまな形で我々のライフスタイルを変えていったが、出版――とりわけ漫画の世界は、数あるエンタメ業界の中では、比較的“打撃”が少なかったとも言える。むろん、各種イベントが中止・延期になったり、書店の営業時間が制限されたりと、まったくコロナによる被害がないわけではないだろうが、それでも、いわゆる「巣ごもり需要」により、コミックスの売り上げ(特に電子書籍)は好調である(注)。


(注)出版科学研究所のデータによると、昨年の電子コミックの売り上げは、前年比31.9%増の3420億円とのこと。(参考:「創」2021年5月号 特集「マンガ市場の変貌」)


 具体的なタイトルを挙げれば、あいかわらず『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)や『呪術廻戦』(芥見下々)といったところが売れているようだが、なんといってもこの2021年、もっとも大きく化けたのは、和久井健の『東京卍リベンジャーズ』だろう(第24巻が発売された9月の段階で、シリーズ累計発行部数は4000万部突破)。


 いずれにしてもこれらの作品は、(もともと人気があったうえ)映像化の成功により、さらなる多くのファンを獲得していったのだという見方もできるが、それ以前に、主人公に匹敵するキャラの立った人物を惜しげもなくどんどん作中に投入していく物語作りが、いま、メジャーの少年漫画のヒットの条件(のひとつ)になっていると考えるべきかもしれない。


■藤本タツキの才能が炸裂『ルックバック』


 さて、冒頭に挙げたのは、私が独断と偏見で選んだ今年のコミックのベスト10である。一応の基準として、2020年12月から2021年11月の間に、第1巻ないし単巻が発売された作品の中から選んだが、(なるべく客観的に選ぼうと心掛けたが)好みが偏っているのは自分でもわかっているので、ご了承いただきたい(ただし、ここで選んだほとんどの作品は、私も含め、「リアルサウンド ブック」のライターたちが、この1年の間に、採り上げてきた作品の数々でもある)。


 以下、簡単にではあるが、上位3作について書いてみたい。


 1位の『ルックバック』は、おそらく、年末年始に各社が発表するコミック・ランキングでも、軒並み上位にランクインすることだろうが、私としても今年最大の“収穫”だと思っている。少年漫画のコードぎりぎりと言っていいような過激な暴力表現を得意とする『チェンソーマン』の作者が、こんなにも繊細な漫画を描けるのかという驚きとともに(ただし、強烈な暴力表現は健在だ)、「何があっても漫画を描き続ける」という作者の力強い意志を感じさせてくれる佳作であった。また、物語序盤で描かれている、雨の中で舞うヒロインのヴィジュアルの美しさは、何度ページをめくり返しても、胸を打たれる。


 なお、8位に選んだ『藤本タツキ短編集 22−26』には、この『ルックバック』の原型的作品「妹の姉」も収録されているので、機会があればぜひ併せて読まれたい。


■2021年は、再起の物語が熱かった!?


 2位の『東京ヒゴロ』は、長年勤めた出版社を退社した、ある中年漫画編集者の再起の物語。松本大洋がフリーハンドで描く魚眼レンズを覗いたような歪んだ世界は、ともすれば、不吉なイメージを読者に与えかねないはずだが、(本作にかぎらず)そういう風にまったく見えないのは、彼が描くキャラクターたちが、常に、その歪みから這い出そうとして、前を向いて生きているからだろう。毎回、ラストに挿入される風景画(主人公たちの心象風景でもある)も秀逸だ。


 そして、3位の『海が走るエンドロール』。不勉強ながら、これまで作者のたらちねジョンはノーマークだったのだが、(話題になっていたので)軽い気持ちで第1巻を読んでみたところ、読み終えた時には完全に作品世界に引き込まれていた。主人公は、夫と死別し、何年かぶりに映画館を訪れた「おばあさん」のうみ子。彼女が、そこで「海(カイ)」という名の映像専攻の美大生と出会ったことで、物語は動き出す。ある時、「うみ子さんさぁ 映画作りたい側なんじゃないの?」と海に言われ、彼女は一念発起、彼と同じ大学に入学し、映像を学ぶことに。第1巻のラスト、まさに船が海に乗り出すかのように、主人公が“いまの自分が本当にやりたいこと”に気づく場面は、なんとも言えない爽やかな感動を読者に与えてくれるだろう。


■先が読めない『ジーンブライド』に期待


 最後に、もう1作、7位に選んだ『ジーンブライド』について、紹介したい。と言ってもこの作品、1巻全体が「長いプロローグ」のような作りになっており、ラスト4ページの衝撃的な展開も含め、いまの段階ではネタバレは避けるべきだろうし、また、そもそもそのネタ自体、非常に説明しづらいものになっている。


 物語のジャンルは、一見、フェミニズムの要素が強めな、ヒロインの日常を描いたある種の「恋愛物」ないし「職業物」のように思える。しかし、タイトルの「ジーン」、すなわち「遺伝子」という言葉も含め、物語の要所要所でSF的な謎がさりげなく散りばめられており、それが第1巻の最後の最後で回収される。だが、そこで何が起きているのかはまったくわからない。


 これはなかなかすごいことであり、単行本1冊分のページ数を費やしても、「何が描かれているのか」、あるいは、「どこに向かおうとしているのか」わからない漫画を、私が評価することは基本的にはない。それでもこの漫画から目が離せないのは、主人公とその相手役の男性のキャラが立っているからか、あるいは、高野ひと深の漫画の「見せ方」が、よほど上手いかのどちらかだろう。いずれにせよ、2巻以降は1巻とはまた異なる印象で、読ませてくれるはずだ。2022年はまず、この作品に期待したい。


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