連載【躍進イタリア五輪代表を支えたおもてなし】 〜畭臀蠡紺碧寮から金メダル5個

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2021年12月06日 15:20  OVO [オーヴォ]

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写真2020年に新設された「所沢紺碧寮」。こけら落としがイタリアキャンプとなるはずだった。
2020年に新設された「所沢紺碧寮」。こけら落としがイタリアキャンプとなるはずだった。

 コロナ禍の下で開かれた東京2020オリンピック・パラリンピック大会。前代未聞の特異な環境の中、各チームはコンディションの維持に神経を使った。特に外国チームにとっては、受け入れ先の自治体が責任を持つ事前キャンプ地での調整が、これまで以上に重要な役割を果たした。そんな状況でも、オリンピックで過去最多の40個のメダルを獲得した国がイタリアだ。2016年のリオデジャネイロ大会直後から、イタリアは入念な準備を重ねてきた。しかし、受け入れるキャンプ地には次々に難題が降りかかり、苦慮の日々が続いた。頭を悩ませながらも最善を尽くし、イタリアの躍進を支えたキャンプ地の真の「おもてなし」を5回にわたってレポートする。

学生寮の新設

 8月1日夜10時前、イタリアチームのベースキャンプ地となった埼玉県所沢市の早稲田大学所沢キャンパスの学生寮「所沢紺碧(こんぺき)寮」の食堂。陸上男子100メートル決勝でイタリアの新鋭ラモントマルチェル・ヤコブスが9秒80で金メダルを獲得した瞬間、テレビ観戦していた大勢の選手とスタッフから歓声が沸いた。その少し前に、走り高跳びで金メダルを取ったジャンマルコ・タンベリに続く快挙だった。今大会、イタリア陸上は男子の100メートル、400メートルリレー、走り高跳び、男女の20キロ競歩で計5つの金メダルを獲得し世界的にも注目を集めた。紺碧寮でキャンプをした水泳、陸上、フェンシング、レスリングの4競技の25選手がメダリストとなったことに、早大、所沢市関係者も沸いた。「紺碧寮で過ごした選手がこんなに活躍するとは。うれしいという一言に尽きる」。キャンプ受け入れ準備に、足掛け5年、心血を注いだオリパラ推進室の高橋久身さんは胸をなで下ろした。

 イタリアオリンピック委員会(CONI)は、16年のリオデジャネイロ大会直後、日本における窓口役を電通に依頼し、事前キャンプ地を探し始めた。陸上競技場、プール、トレーニングジム、体育館などの施設を備え、さらに200人規模の宿泊可能な施設を備えた都内に近い場所が条件。17年3月に早大所沢キャンパスと所沢市役所を訪問したCONIの責任者は、さまざまな条件がそろっていることから、早大での実施を切望した。しかし、難題があった。大学近くのビジネスホテル100室に加え、あと100室をどうするかである。

 イタリアチームの事前キャンプの受け入れは、ボランティアや競技交流も含め、学生にとってのメリットが大きい。早大には以前から、国際研究員用宿舎と学生寮新設の計画があった。所沢市の協力もあり、「所沢紺碧寮」の建設を決めた。CONIと早大、所沢市、埼玉県は17年10月に事前キャンプの覚書を在日イタリア大使館で交わした。

プールの水温問題等、難題が続出

 キャンプ実施は決まったものの、準備は一筋縄ではいかなかった。イタリア陸連は、大会日程に合わせて陸上競技場で日没後のナイター練習を希望。しかし、夜間照明の夏場の点灯は、近隣の生態系への影響が懸念されることから、点灯可能なのは18時半までと自然環境保護団体との取り決めがあった。ここはチームも譲れないところで、早大側に調整を依頼。大学は環境保護団体とCONIに粘り強く説明を重ねるとともに、遮へい板の設置や植樹をし、19時半までの照明点灯で折り合った。合意まで1年近くかかった。

 18年夏、早大と所沢市が合宿準備のためにローマのCONI本部とナショナルトレーニングセンターを視察した時、イタリア水泳連盟からプールの水温について相談があった。この年は記録的な猛暑で、早大の屋内プールは水温調整が効かない仕様であるため、提示した実測値には30度を超えるものもあった。五輪プールの水温は26度。水連から「調整に影響が出る。すべはないものだろうか」という要請であった。

 建物の構造上、冷房を取りつけることはできない。早大競泳部でリオデジャネイロ大会代表の渡辺一平(18年卒、トヨタ自動車)によると、「(室温や水温が高いため)暑い時はターンの折に頭からホースで水をかけてもらって冷やしていた」という。議論の末、学生の健康を考慮して、プールに冷却装置を設置することを決めた。水泳部の奥野景介監督は「気温が高い夏場の練習は、熱中症予防の観点からもありがたい」と水泳部にも朗報となった。

コロナ禍に翻弄され続ける

 紺碧寮が完成したのは20年6月。「国際交流の象徴であるイタリア選手に、こけら落としとして入ってもらう」という想定だったが、コロナ禍で1年延期。五輪実施も危ぶまれる状況の中、最初に運動部の学生が入寮することになった。イタリアがキャンプを実施するためには、一度入寮した学生に五輪期間中の約1カ月半、いったん退寮してもらうしかない。代替のアパートを確保し、イタリア選手団を迎え入れ、キャンプ終了後に再び学生を戻すという、想定外の労力と時間を費やすことになった。

 キャンプ期間中、CONIは寮や練習施設にイタリア国旗の色をあしらった装飾を施し、キャンパスはイタリア一色に染まった。大会直前にはコロナの変異株が発生。「空気感染」を危惧する学内関係者もいて、動線分離を一段と徹底させた。高橋さんは「選手は完全にクリーンな状態で来る」と周囲に説明していたが、大阪府泉佐野市で入国したウガンダ選手から陽性者が出た時は「他人事とは思えなかった」という。

 前例のない緊迫した状況下で、所沢市をはじめ多くの関係者と協議を重ね、海外の事例も参考に、未知数なことばかりだったが考えられる限りの準備を進めた。それでも想定外の事態が頻発。慌ただしく対応しながら、7月9日から8月3日までキャンプを実施、イタリア選手全員を無事に大会本番へ送り出すことができた。所沢紺碧寮内の食堂を出た廊下の壁には、期間中滞在した選手とスタッフ233人が、選手村に向かう前に油性ペンで自筆のサインを残した。「イタリアの成績はキャンプの成功の証。(5年間で残した)これらのレガシーを、スポーツ分野のみならず今後の学術、スポーツ交流にどうつなげ、活用していくか」。高橋さんは、これからが知恵の絞りどころだと強く思っている。 (続く)

<筆者略歴>

中山英子(なかやま・えいこ)信濃毎日新聞の記者時代に、冬季そり競技スケ ルトン競技を始め、2002年ソルトレークシティー、06年トリノ両冬季五輪に出場。 東京大会ではイタリアチームほか事前キャンプに携わる。長野県出身。

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