「誰かがやってくれるだろう」の「誰か」になってしまう…モヤモヤ抱える25歳女性に鴻上尚史が提案した“二択”

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2021年12月07日 16:00  AERA dot.

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写真鴻上尚史さん(撮影/写真部・小山幸佑)
鴻上尚史さん(撮影/写真部・小山幸佑)
 組織の理不尽に同調しても一緒に行動してくれない同僚たちにモヤモヤした気分になると訴える25歳女性。このままか、他の生き方があるかと問う相談者に、鴻上尚史が提案したのは「自分のため」にする二つの選択肢とは?


【相談125】「誰かがやってくれるだろう」の「誰か」になってしまうことが多くモヤモヤします(25歳 女性 うめ)


 私は子どもの頃から「誰かがやってくれるだろう」の「誰か」になってしまうことが多いです。


「誰か」になること自体が嫌なわけではなく、そういうときの周囲の「○○がやってくれるだろう」「自分は関わらなくていい」という無関心さや当事者意識のなさに、つい心がモヤモヤしてしまいます。


 現在、私が働いている会社は、サービス残業が多く、私はそれを改善すべき問題だと思っています。しかし、プライベートに話せば、「あれはおかしいよね」「変えていかなきゃいけないよね」と多くの同僚が口を揃えて言いますが、私のように何か具体的な改善策を考えようとしたり、勤務管理の部署に相談しようとする人は誰一人いません。


 私が自分たちにできる小さな改善案を提案しても、口頭では「それいいね」と言いながら、一緒に実行してくれる人はなかなかいません。


 組織を変えることはできないと諦めてしまっているようです。


 おそらく、多くの同僚が心の奥では、私が一人で「サービス残業は問題である」と会社に訴えていることを悪くは思っていないと思います。


 しかし、同時に「そういう組織から逸脱する行動はあいつに任せて自分たちはおとなしくしておこう」と思っているのではないかと私には感じられて、モヤモヤします。


 私はこれからの人生もこのモヤモヤと戦いながら、みんなの代わりに意見を言う人になるべきでしょうか?


 それとも、他の生き方があるのでしょうか?


 ぜひ鴻上さんのご意見を伺いたいです。


【鴻上さんの答え】
 うめさん。もやもやしますね。僕もどちらかというと、「『誰かがやってくれるだろう』の『誰か』」になることが多いです。


 ある組織に参加して、「これっておかしくない?」と感じ、なんとなく周りに話すと、多くの人が「おかしい」と感じている。じゃあ、変えようと言っても、なかなか周りは動かない。しょうがないので、自分がまず「これ、おかしいと思います」と手を挙げると、その「おかしさ」で恩恵を受けていた人達からにらまれる。でも周りの人は無反応だったりスルーしたりする――ということが何度かありました。




 うめさんと同じように、周囲の「無関心さや当事者意識のなさ」に、もやもやするだけじゃなくて、腹が立ったり、憤ったり、絶望しそうになったりしました。


 自分は無駄なことをしているんだろうか。自分は独りで勝手に盛り上がって、意味のないことをしているんだろうか。でも、プライベートで話をすると多くの人は僕の提案に賛成してくれるのに。ああ、どうしたらいいんだろうと。


 で、ある時、腹を括りました。


 自分はどっちがもやもやするかを考えたのです。


「あきらかにおかしいと思っているんだけど、周りが無関心だから自分も黙った時」に感じるもやもやと、「おかしいと思って言ったのに、周りが無関心だったり人任せだった時」に感じるもやもやを比べたのです。


 そして、「発言しても、周りが無関心だったり人任せだった時」のもやもやより、「自分も周りと同じように黙った時」のもやもやが大きい時は、発言しよう、行動しようと決めたのです。


 どんなテーマでも常に、どっちのもやもやが大きいかを考えて行動するようにしました。


 別の言い方をすれば、「自分が納得してないから発言する」か「周りの人のために発言するか」の違いです。


 僕は、「周りの人のために発言する」のではなく、「自分が納得してないから発言する」ことにしたのです。


 そうすると、自分の発言によって周りが何らかの恩恵を受けたとしても(例えば「サービス残業」の廃止ですね)、それに対して何の反応がなくても、問題だとは思わなくなったのです。


 周りのためではなく、自分が納得しないから行動しただけですから。それぐらい「自分が納得しているかどうか」を大切にしようと思ったのです。


 まあ、性分だと思います。自分で「あきらかにおかしい」と思っていることは、黙っていられないのです。


『ほがらか人生相談』なんてタイトルの人生相談をずっと続けてますから、僕のことをいつも穏やかに微笑んでいるおじさんだと思っている人もいるかもしれませんが、とんでもないです。


 僕は、テーマによっては、周りがびっくりするぐらい簡単にヒートアップします。この連載をずっと読んでいる人なら分かるでしょうが、「ブラック校則」とか「強制的夫婦同姓」とか「同性婚が認められないこと」とか、他にも世間の理不尽さに直面すると、周りが無関心だろうが人任せだろうが関係なく、一気に燃えます。




 もちろん、大人ですから、頭はカッカしてても、言い方は考えます。なるべく、自分の言いたいことは伝わるように、いろんな表現を探ります。


「周りが無関心だから自分も黙った時」のもやもやは絶対に経験したくないと思うから、発言するのです(だから逆に言えば、「周りの人が納得していない」状態でも、「自分が納得している」場合は、発言や行動の必要を感じないということです。でももちろん、他の人の意見を聞いたり、説得されたり、頼まれたりしたら、気持ちが変わることはありますが)。


 うめさん。独りで「サービス残業」を問題にしようとするうめさんは素晴らしいと思います。上司からにらまれることもあるかもしれません。でも、「おかしい」ことを「おかしい」と言ううめさんのような行動が、私達の生きる状況を改善していくんだと思います。


 うめさんの孤独な戦いが、みんなを幸せにするのです。


 おおげさではなく、そう思います。だって、うめさんは自分の個人的な利益ではなく、多くの人がプライベートでは賛成していることを問題にして、行動しようとしているのですから。


 それでね、うめさん。


「私はこれからの人生もこのモヤモヤと戦いながら、みんなの代わりに意見を言う人になるべきでしょうか?」と書かれていますが、「みんなの代わり」と思って発言し続けるのは大変だと思います。


「みんなの代わり」「みんなのため」と思っている限り、期待した反応が返ってこなくて、虚しさや苦しさとぶつかるでしょう。


 ですから僕のように「みんなのため」ではなく、「自分が納得しないから」と考えるのはどうですか?


 自分として絶対にスルーできないこと、無視したり黙ったりしたら、ずっともやもやに苦しめられそうなことを発言し、行動するのです。


「他の生き方があるのでしょうか?」とも、うめさんは書かれていますが、常に「もやもやの量」を比較して発言するかどうかを判断するというのは、ある意味「他の生き方」とも言えるし、今までの生き方の整理だとも言えるでしょう。


 常に考えることは、「周りの反応」ではなく「自分の納得」。そうやって生きていく人生はけっこう素敵なんじゃないかと思います。


 これが僕のアドバイスです。


 ただね、うめさん。周りがどんなに無関心に見えても、うめさんの行動をちゃんと見ている人はいると僕は思います。そして、言葉や態度に表すかどうかは別として、間違いなく「サービス残業をなくそう」と言っているうめさんに感謝していると思います。


 その思いは、きっとどこかでうめさんを助けたり、幸せにしたり、うめさんにポジティブな影響を与えるだろうと思います。僕はそう信じています。


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  • 誰かがやってくれるだろうって思ってるやつを割り出してそいつを 何もしない奴という認定を周知させようwそして居場所を失くさせようw以上w
    • イイネ!5
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